035プロローグ
『私』が目を覚ましてから半年、
吉良康介にパラサイトを投与され、富士崎由比の体で長い眠りから覚めて半年が経過した。
眠りから目覚めた『私』は富士崎由比のふりをした。何故なら『私』であることが好まれる可能性は極めて低いから。
スマートフォンの記録から、できるだけ早く、そして正確に富士崎由比の人物像をモデリングする。
無事、 『私』は富士崎由比を演じきった。
しかし、それはミスだったようだ。
移植した臓器の細胞記憶からの人格の再現。その実験の最中であり、この体は富士崎由比だが、精神は別人となることを研究員、吉良康介らは想定していた。
そして、その実験自体は一度成功していた。七瀬誠の体で。彼の精神は比良坂駿河という青年のものになっていた。
私はその応用過程の被検体のようである。移植前のレシピエントが既に他の臓器を移植されていた場合、どのような反応を示すか。それを調査するための。
レシピエントは富士崎由比、ドナーが比良坂駿河、そして移植された古い臓器が『私』である。
成功とされるのは、比良坂駿河の意識があること。
富士崎由比を演じた『私』は失敗例となる。
演じなくても実験は失敗していることは間違えないが。
このまま富士崎由比を演じても良いが、失敗例のままというのも居心地が悪い。
そこで一計を案じてみることにした。
七瀬誠、被検体の先輩。
彼の精神は一介の高校生であり、周りは知らない大人ばかりである。好意的に接するだけで『私』に依存するだろうと予想していたが難航する。富士崎由比が比良坂駿河の死亡の原因であったからだ。
計画を後ろ倒し、ゆっくりと時間をかけて情報を聞き出すことにする。心臓が弱く幼少から苦しんでいたことなどで同情を誘いながら。
その結果、友人を、家族を、趣味を、秘密を。靴紐の結び方から大切な人との思い出まで、 『私』は比良坂駿河を得ることに成功する。
気づけば半年が経過し、
富士崎由比に対する研究員の興味も失せていた。
「俺は駿河」
『私』は鏡に向かって繰り返す。自己暗示。駿河の情報はもう揃っている。邪魔なのは『私』の情報。それを意図的に脳の深いところに眠らせる。
七瀬誠が富士崎由比に見せた拒否反応。比良坂駿河の記憶の中でもあれは問題になる。 『私』は比良坂駿河の記憶にある富士崎由比についての情報も潜ませることにする。
記憶をいくら封印しても言語や技術を完全に封印することは難しい。危険に陥ったときの防衛本能などもこれに含まれる。記憶喪失でも会話が成り立つのはこのためだ。これらについては諦めざるを得なかった。
さて、こうしてできるのは富士崎由比の体を持ち、創られた比良坂駿河の精神を持つ舞台女優。
『私』の技能、判断力や冷静さを持つなら、舞台に立ったとき、彼女は富士崎由比のふりをするだろう。
これで研究員達が最も望んだ、『実は富士崎由比のふりをしていた比良坂駿河』の出来上がりだ。しかし、吉良は気づかないだろう。彼は観察者としては三流だ。
気づくとしたら、あの娘。あれは支配者の目だ。表層を比良坂駿河にしたら僅かなボロが出るはずだ。疑問に思うどころか、揺さぶってくるだろう。案外、大胆にも接近してくるかもしれない。まあ、それはそれで面白い。
さて、最後に。
吉良。これはお礼だよ。
この国で生きることを許されなかった『私』に新たな生と楽しみを与えてくれた君に対しての。
運が良かったら、また君と会えるだろう。
そのときは飾ってあげる。
そして、『私』は心の扉に鍵をかける。
TO BE CONTINUED……008転生
次回『036総力戦』
体力の温存を考えず全力で廊下を駆ける由比。
その後ろから迫るマチェット。
《クラッキング完了。援護は任せて駆け抜けてー》
院内放送を利用して聞こえてきたのはワン・フーの声。
あなたの脳裏に神戸の妄想が焼き付く




