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030竜胆茜

 7月4日に行った比良坂邸への侵入。


 あの日、あの夜から連続する事件が始まった。


 そして、あのときは開かなかった扉の前に再び駿河は立つ。



 変更するパスワードのナンバーを他者に委ねることはあるだろうか。いや、それは考えにくい。よって、パスワードを変更したのは中西黄泉人ではなく比良坂静香。

 パスワードを赤の他人に教えるだろうか。場合によってはあり得るかもしれない。だが、今回の場合は敢えてパスワードを教えないことによって、中西がセーフハウスの外に出にくい状態を作ることができる。一度外に出ると、再度入るにはパスワードの入力が必要になるからだ。だから、比良坂静香は中西黄泉人にパスワードを教えていない可能性が高い。実際入力パネルはホコリが被っていた。

 家の中に他人がいる状態で出かけて帰ってくる。そのときにインターフォンを鳴らして中から開けてもらうか、それとも自分で鍵を開けて入るか。久方ぶりなら連絡を入れるかもしれない。だが、鍵は自分で開けるのではないだろうか。


 駿河はあの日、あの夜、扉を開けたのは比良坂静香だと推測する。


 そして、それは駿河を除くと長い間使われていなかった入力パネルを比良坂静香だけが操作したということだ。一方であの日、駿河はパスワードを入力したが、そのときは手袋を付けていた。つまり、パネルに残された指紋は静香のものだけになる。



 「何をしているのですか?」


 強子は駿河がパネルの前で行っている作業を覗き見た。


 「指紋の確認」


 駿河は応えながら、パネルに振りかけた白いアルミニウム粉末をメイクブラシで落としていく。


 人の指には汗腺と呼ばれる穴が無数にあり、そこからはタンパク質や脂質を含む汗を出している。一方で人の指には細かな凹凸がある。指が物質に触れる時、実際は指の凹凸の凸部だけが触れている。よって、凸部の形状に沿ってタンパク質や脂質が触れた物質に残る。アルミニウムやカーボンといった物質はそれらに付着するため、粉末を振りかければ、凸部の形状が浮き出てくる。


 入力パネルにあの夜扉を開けた指の痕が浮き上がる。


 示された数字は『0』。



 「……0だけですね」

 「だね」


 ボソリと喋ったのは城島時男。

 彼に相槌を打ったのはワン・フー。

 二人は『旧3年1組犯罪三銃士』である。

 こういったことはもう一人の『三銃士』である山城銀次の得意分野だが、彼は犯罪とは手を切ったのでこの場にいない。



 「まさか……」

 「あり得るのだろうか」

 「そんなわけないよねー」


 三人は脳裏に浮かんだたった1つの回答に対して否定的な意見を口々に述べるが、駿河の母親ならあり得るのではと考えていた。


 駿河は無言で0を4回押した。



 パネルの表示が切り替わる。

 『OPEN』


 「さあみんな入ろう」


 駿河は皆の顔を見ずに、真っ先に室内へと足を進めた。




 ※ ※ ※


 「広いですね」

 「と言うか白い」


 生まれて初めてセーフハウスに入る二人は興味津々だった。


 白一色の世界。とは言っても人が住んでいたからか、ところどころ色あせているところもある。TV、ソファ、リクライニングチェア、テーブルと普通のリビングと違いがない。壁にはお酒が入ったガラスケースもあった。



 キョロキョロしている二人を横目に、駿河は手をあげてゆっくり振り下ろす。


 カチャっと音がして、目の前の壁にPCのデスクトップが映し出された。そして、床には赤い光でキーボードが投影される。


 「こんな感じで手を振り下ろしたら、画面とキーボードが出る。室内に27箇所あって、どこでも同じPCに繋がるようになってるから」


 「ピンホールプロジェクタ27個って豪華すぎって、キーボードこれですか」

 「USBないの?プロジェクションキーボード好きでない」


 実作業担当の二人はUIの重要性を解く。


 「これしかない。母さんがズボラでさ。持ち運ぶ気がなかったんだ。本体は壁の中。まあ、その御蔭で警察に持っていかれることもないし」

 「そうですわね」

 「ああ」

 「ああ」


 駿河のぼやきとも弁明ともとれる言葉に頷く三人。脳裏によぎるのは先程の入り口のパスワード。





 ※ ※ ※


 「7月4日の玄関の扉の開閉記録があったよ」


 ワン・フーの言葉に駿河達は集まる。


 画面に表示されていたのは時間と名前、そして着信確認と書かれた文字列だった。


 『23時14分 SURUGA HIRASAKA

      090-****-****着信確認

      080-****-****着信確認

  23時42分 SHIZUKA HIRASAKA

      090-****-****着信確認

      080-****-****着信確認    』


 「このアステリスクは何?」

 「電話番号……」


 強子の疑問にボソリと呟くように口を開く駿河。


 そして、突然彼は叫ぶ。


 「あああああああああああああ、畜生」




 「偶然、竜胆と出会ったんじゃねえ。たまたま鉢合わせたんじゃねえ。竜胆が警戒してたのも当たり前で。って、誰だ。誰が金払ってやがる」


 駿河は何かを振りほどくかのように吼える。


 「駿河落ち着いて。わたくしたちにわかるようにゆっくり説明して」


 強子は彼を優しく嗜める。



 彼は小さな胸を手で押さえて、

 ゆっくりと鼓動を数える。

 ゆっくりと。


 しばしの後、目を開けた彼は振り向き、三人の顔を見た。

 そして、言葉をはっきりと紡いだ。


 「俺たちが、呼んだんだ」


 三人は顔を見合わせていた。




 「俺たちがあの日、玄関の扉を開けたとき、比良坂静香と比良坂駿河の携帯に、『比良坂駿河が家の玄関の扉を開けた』と連絡が入った」


 城島は説明する由比の顔から視線を動かせないでいた。


 「だから、比良坂静香は竜胆らを連れて、この家へやってきた」


 ワン・フーは大人しく聞いている。


 「だが、呼んだのは竜胆達だけじゃなかった」



 駿河は一呼吸置く。神妙な顔をし、再度三人に視線を向ける。


 「比良坂駿河の携帯電話を持つ人物がいる。着信確認したってことは電源が入ってる。そいつもこの家にやってきた」


 駿河は苦虫を噛み潰したような顔をする。


 「扉の開閉記録は二回。つまり、この人物は玄関の戸を開けられなかった。だから、家から出てくるところを待ち伏せた」


 画面に映し出された家の見取り図。

 駿河の指はその図の玄関の脇を指差す。


 「竜胆達は玄関の戸を開け帰ろうとするところを襲撃される。応戦しながら家に逃げ込む。開いた扉から屋内へ入る第三の人物。彼らは竜胆達を追い、刃物を振り回す。廊下の傷はそのときについた。竜胆は負傷、中西は死亡。竜胆達は何とか逃げ出した。残されたのは中西の遺体と眠る富士崎由比、そして第三の人物。少女は何故残されていた? 扉は何故、二回開かれた? 状況からこの人物は富士崎由比が竜胆茜と敵対しており、故・比良坂駿河の認証を用いたと推測した。何故このような状況になったかはわからないが、少女を生かしておいても問題ないことに気づく。なぜなら少女は自分たちが家に入ったときには気絶していたから。このまま少女が警察につかまろうが、自分たちに繋がる話は出て来ない。だから、第三の人物は少女を殺さなかった」


 次々と見取り図を指差しながら、推測を語る駿河。それは飽くまでも推測にすぎない。だが、三人は彼の推測があたかもそのときその場で起きた出来事であるかのように容易に頭に思い浮かんだ。



 駿河は顎に手を当て、犯人像までもを描こうとする。


 「翌日に確認しに接触してきた吉良が本命か。だが、中西の遺体の状況は手がかかりすぎている。現場にいたことを確認することだけが目的とは思えない。まだ何かあるはずだ」


 まだ、全てを謎解くには鍵が足りていない。

 駿河はそのように判断した。





 ※ ※ ※


 「……プロジェクトS」


 城島時男の小さな声。


 しかし、室内には四人しかおらず、確認作業に没頭しているせいか、その小さな囁くような声は駿河の耳に入った。


 「エス?」


 聞いたことがある単語に駿河は疑問の声を上げる。


 『なんで、二人は殺されたの? 』

 『わからんが、おそらくSがらみだ』


 殺される前の新藤との会話。

 そこにエスという単語が確かに存在していた。



 「見せてくれないか」


 駿河に促され、城島は詳細を表示する。



 そこにはこう書かれていた。


 『プロジェクトS -Share-


  ドナーにSを投与することにより、

  ヒト白血球抗原HLAを不定状態にし、

  レシピエントの拒絶反応を完全に抑える』



 「移植されている時点でわかってはいましたが、本当にあったのですね」


 強子はお腹をさすりながら寂しげな表情を浮かべる。


 「比良坂氏の想定どおりでしたね」

 「確認できたことは大きいんじゃね」


 城島とワン・フーも言葉に勢いがなかった。



 城島は皆の表情を確認した後、次項目を表示させる。


 『プロジェクトShareは成功した

  以降は国との共同研究になるため、

  本データは機密レベル【極秘】と変更し、

  情報セキュリティレベルを上げるものとする

  本研究は次の段階プロジェクトRへ移行する』


 「プロジェクトR?」


 駿河たちが予想していたのはHLAフリーと彼らが呼んでいたプロジェクトSまで。それ以上の研究がなされていたことは想定していなかった。


 城島はプロジェクトRの詳細を表示させる。


 それを見て、頭が理解したとき、四人は絶句した。


 「リンカーネーション……」

 「ちょい待って、これって」

 「ひらりんのことじゃ……」



 『プロジェクトR -Reincarnation-


  プロジェクトSの副産物

  S服用時に、一部の被験者のみ臓器に

  存在する細胞記憶が励起してしまうことを

  確認。この反応が起きた場合をS2

  (Share to Standby)と呼称する


  S2においてレシピエントにP(Power-on)を

  投与すると細胞記憶の活性化が生じることを

  確認。レシピエントの記憶は消失し、

  ドナーの死亡時までの記憶だけが

  表出することを確認

  この状態をReincarnationと呼ぶことにする』



 「細胞記憶……心臓の?」


 駿河は由比の胸に手を当てる。



 何故『比良坂駿河』の精神なのか?

 何故、『富士崎由比』の体なのか?

 その答えが指し示されていた。



 「……この状況が故意に作られている?」


 駿河の消え入るような呟き。


 その言葉に三人は声をかけることができないでいる。



 強子は意を決して、駿河を抱きしめる。


 それは彼をおもんばかってのことだったが、駿河は精神的なショックよりも状況の計算を優先させていた。


果たして、得られた計算結果は――



 「だとすると、比良坂駿河が複数いる可能性がある」


 駿河の言葉に、ワン・フーと城島は強子に顔を向ける。その目は見開いていた。

 強子は高速に何度も首を横に振ることで応える。



 次の計算結果が出たとき、駿河は――


 「ああああああああああ、畜生!」


――駿河は叫び、頭をかきむしる。


 そして、言葉を続けた。


 「竜胆茜……あいつも!




  あいつも……比良坂駿河だ!」


次回『031本当の敵』

 気づいたことの重大さに思わず眉間に皺を寄せる駿河。

 強子は彼の様相から彼の母が犯人ではと邪推してしまった。

 「違う。二年前と同じなんだ」


あなたの脳裏に神戸の妄想が焼き付く

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