029トリック
「もう見慣れて来ましたね」
「何の感慨もわかない」
新藤の殺害現場の動画を見ての感想である。
小泉邸の客間の一室。駿河達はそこで、これまでの全ての情報の共有と新藤殺害現場の検証を行っていた。なお、今回の捜査にあたり、小泉家の全面協力を得た城島とワン・フーは過分な機器をここぞとばかりに買いまくり、結果として部屋はサイバールーム化している。
「新藤も腎臓でしたっけ。切断面調べますね。はい、やっぱり腎臓でした。例の電気メスで間違えないです」
「警察の方だけど、新藤羽衣はまだ探されてもいない。七瀬誠は身元不明のまま。新藤の現場に落ちていた壊れた機械は小型マイクスピーカー。型番はこれ」
「お前ら、手慣れてきたな……」
次々とテキパキ対応していく城島とワン・フー。もはや現役のFBI検察官よりもその腕は上かも知れない。
「そんなことより」
「それどうにかならない」
二人が文句を言いながらちらりと目を向けた先は小泉強子。駿河にもたれ掛かって笑顔で駿河の左腕をがっしりと抱きしめている。目尻は下がりっぱなしで、たまに駿河の顔を見たり、頭を押し付けたりしている。
「端的に言うと、抱いたらこうなった」
「端的すぎ!」
「身も蓋もない!」
昨夜、泣き縋る強子を駿河はそっと抱きしめた。その後、上目遣いに甘えだした強子。許すと言った以上、駿河は男らしく徹底的に許した。気づいたらベッドの上で組んず解れつとなっていた。何でこうなったのだろう? その解は駿河にとって事件よりも難しいものだった。
※ ※ ※
「ごほん。これからどうしますの?」
「やっと元に戻ったか」
「あんな小泉氏見たくなかった」
「完全にメスの顔してたよね」
悪態をつく二人を睨みつけ黙らせる強子。
しかし、その後、駿河にだけ笑顔を見せていた。
「今度は密室殺人ですよ」
「まあ中西も密室といえば密室でしたが」
「今度こそ比良坂氏が犯人と予想」
「でも現場に凶器がありませんでしたよね」
新藤殺害事件の密室殺人について盛り上がる三人。
しかし、駿河の一言でその議論は終わりとなった。
「それはもう解いた」
「はやっ!」
驚愕するワン・フー。
駿河はお前のクラッキング技術の方が遥かにすごいよと思っていた。
「どうやって犯人は中に入ったのですか?」
「扉は新藤が開けた。外から開けるのが不可能。中には俺と新藤の二人。新藤が開けたのは確定だ」
まあ、そこまでは普通に考えられると納得する一同。
次の疑問を口にする。
「新藤は睡眠ガスで寝なかったの?」
「薬は何でもそうだが、大人と子供で必要な量が全然違う。富士崎由比が寝たらガスを止めれば良い」
「でも、部屋から出たら殺されるんだろ? ガスで寝たほうがマシじゃん。臓器狙っているなら毒ガスってことは無いだろうし」
「出ざるを得なくしたんだよ」
「どうやって」
「それ」
駿河は一つのウインドウに表示されたカタログを指差す。
それは先程、ワン・フーが調べ上げたマイクスピーカーのものだった。
「犯人はそれを換気口から室内に投げ入れた」
「脅迫でござるか?」
「いや」
城島の推測を駿河は否定する。そしてその理由とは。
「もっと確実な方法がある」
「それは?」
「音だよ」
駿河は続けて説明する。
「犯人は換気口から睡眠ガスで富士崎由比を眠らせた。そして小型マイクスピーカーをいくつも換気口から投げ込んでハウリングを起こす。新藤は故意か偶然かは知らないが、その一つを踏みつけた。現場に残っていたのはそのときの床の傷と、その残骸だ。ついでにいうと、新藤もガスで少しは眠くなっていたかもしれないから覚醒させる意味もあったんだろ。ちなみにガスで一度完全に寝たら簡単には起きられないから俺が起きることはなかった」
「おお。なるほど」
「扉から出てきた新藤を刺す。凶器はナイフの三倍程度も幅がある刃物。それを腹部に突き刺した。血が出るから刃物は腹に刺したまま。ドアは留め木で止めておく。あとは臓器を抜いて飾って終わり」
説明をし終えると、駿河は刺すポーズをする。
「二階堂は?」
知り合いでもあったため、強子は少し緊張気味に聞いてくる。
「担当の刑事に知り合いいる?」
「いますわよ」
「じゃあ、胃のDNAを調べろって伝えて」
淡々と進む会話。最後が意味を説明せずにアクションの指示だけだったため、疑問の声が上がる。
「どういうこと?」
駿河はけだるそうな顔で説明する。
「それを説明するには死亡推定時間の見積もりからになる。死後硬直は20時間以上立たないと出ない。紫斑は血液が流れ過ぎると起きにくい。直前の食事した時間がわかっているから、警察はおそらく胃の内容物の消化具合を主として死亡推定時刻を見積もってる」
「だから?」
駿河に説明を促すワン・フー。
「同じタイミングで死んで胃が切り取られているやつがいるだろ。多分だけど胃のすり替えだ」
「ああ!」
「なるほど」
合点がいった一同。
「おそらく二階堂は食後にすぐ殺されている。学校の監視カメラの映像で13時から15時くらいに入った大型の荷物を持った複数人がいるはずだ。車なら警察が調べているだろうし、おそらく徒歩。内臓と血液を抜けば、意外と人の体は小さくまとめられる。普通は偏った紫斑の出方で折りたたまれたかわかるんだが、今回は血液の大半が抜かれているからわかりにくい可能性が高い。さっきも言ったが死後硬直は起きる時間ではないから、遺体がカバンの型に固定されることもない。強いていうなら紫斑がうっすらと偏って出ているかも知れない」
説明が終わるやいなや、強子は警察内部の知り合いに連絡を取る。
「中西殺害事件は?」
「わからん」
駿河は考える時間もなく、お手上げのポーズを取る。
「わからんって」
「ただ、あの日、竜胆は室内に潜んでおり、確認せずに攻撃した。つまり竜胆にとっての敵があの家にいることを知っていたんだ。その理由が最後のパズルのピース。それが見つかるまでは軽率な判断をするべきではない」
駿河はその秘密もあと少しだとばかりにニヤリと笑う。
その後は細かな確認が三件続いた。
「裕太は?」
「進捗なしよ。何も喋らないみたい」
「素性を明かしてみる?」
「いや、短期間では逆なでするだけだろう」
裕太の件は保留。
「二年前のことを知りたい。お前らが那美と調査していたときには竜胆も一緒にいたか?」
「調べてたのは、なみちんと裕太とクラスの数人くらいだよ」
「二週間くらいの間でしたし」
「わたくしは……」
「ああ、小泉氏は手術だったのか。あの時クラスでは好きな男子が死んでショックで寝込んだって噂になってました」
「なななな」
二年前に竜胆がいなかったことの確認を行い、
「七瀬誠と竜胆茜が本当に病気を患っていたか知りたい」
「病院をハッキングしたら竜胆は出たよ。円錐角膜。思春期にかかりやすい病気。完全に見えないわけじゃないけどぼやけて見える。コンタクトとかでも補正できない感じらしい」
「七瀬は?」
「今のところない。たまに風邪を引いてるくらい」
「もう少し当たってみてくれ」
七瀬の調査は継続とした。
「犯人は?」
「単独犯じゃないから犯人グループが正しい」
「じゃあ、犯人グループは?」
駿河は問いに対して、ホワイトボードに2つの集団を書いた。
『グループA。竜胆茜、比良坂静香、菊理那美、皇裕太』
『グループB。吉良康介、中東風の女、中東風の男』
「おそらく、このどちらかだ」
「どっち?」
ワン・フーの質問に、駿河は影を落とした顔で応えた。
「現状の俺の分析ではグループAの方が、可能性が高い」
彼が選んだのは母親、友人、元恋人の含まれる集団。
主観的には選びたくない方であった。
『中西殺害事件の立ち位置』と駿河はボードに書き説明する。
「中西殺害事件のときの目撃。裕太を除くグループAは全員現場にいたものと思われる。グループBはいた形跡がない」
「同じく中西殺害事件の中西の潜伏先である地下のセーフルームを開ける方法はパスワードの入力かインターフォンによる呼びかけ。グループAはどちらも可能でグループBはどちらもおおよそ不可能」
「この件は完全にグループAですか」
強子はボソリと呟く。
他二人も顔に影を落としていた。
次に駿河はボードに書いた『臓器を抜く理由』という文字をコンコンと叩き説明しだした。
「臓器を抜いた理由はグループBのほうが考えられる。次のクライアントが付いた可能性があるからだ。しかし、二階堂と新藤を殺害すれば小泉と敵対することになる。吉良は俺の分析によると小心者だ。果たして彼がこんな暴挙を行うだろうか」
「合理的な目的があるグループBと比べて、グループAの理由は感情的なものであると考えている。友人の、恋人の、息子の臓器を取り返したいという。しかし、この場合は電気メスまで用いて移植可能な状態にする意味がわからない」
「どちらも微妙なのね」
最後に、駿河は『富士崎由比に同じ様相の惨殺死体を見せる理由』と書いた文字をクルッと丸で囲んだ。
「最後に飾り付けた目的だが、明らかに富士崎由比に見せつけるためだ。四回とも富士崎由比と関係する場所。しかも、そのうち二回が現場に放置されていたんだぞ」
駿河は腕を組み、不機嫌そうにぼやく。
「各グループでそれが何を意味するのかを考えると、グループAには理由がある。直接的に比良坂駿河を殺害した由比を精神的に追い詰めるためだ」
「めっちゃ元気だけどね」
説明の途中でワン・フーが突っ込む。
「一方、グループBの場合では、こじつけに近いかもしれないが、富士崎由比が特殊な被検体であるため確認するという目的が考えられる」
「特殊?」
「富士崎由比は10年前に一度目の移植手術を行っている。例えば次のクライアントが過去に移植済みなのかもしれない。それで何らかのデータを取りたかったとか」
「うーん。グループAかな」
しんみりする一同。
彼らは旧友たちが凄惨な殺害現場を作っているとは考えたくもなかった。
「まだ決まったわけじゃない」
駿河は立ち上がる。
「情報が少ない中西殺害事件は、これから得られる情報でひっくり返る可能性も高い」
そして、皆の顔を見つめる。
「行くぞ! 残りの謎を解き明かしに」
次回『030竜胆茜』
駿河は叫び、頭をかきむしる。
そして、言葉を続けた。
「竜胆茜……あいつも!
あなたの脳裏に神戸の妄想が焼き付く




