028勇気
現場に駿河を迎えに来た強子の車。
中に入る駿河を迎えたのはいつもの強子ではなかった。
夏日だというのに自分の体を抱きしめ震えている。
顔は真っ青だ。
彼女は、駿河に何かを告げようとしては、それをやめていた。
「ちょっと寄ってもらいたいところがある」
あまりの様子に、駿河は新藤の件の相談よりも、強子のことを優先することにした。
※ ※ ※
新城学園高等学校の裏手にある小高い丘の上。
「許す。たとえそれがどんな事実でも、俺はお前を許す」
夜空を見上げながら、小泉強子に比良坂駿河は宣言する。
おそらく彼女は家の誰かが駿河の臓器を移植されたことを知っている。
しかし、その事実を知ったのは警察の捜査本部を盗撮したとき。それまでは知らなかった。だから、彼女はその全てを知るわけではないのだろう。
「後は……俺は富士崎由比の両親に事実関係を確認する。これは由比として今を生きている俺のケジメでもある」
続けて別の宣言。
彼は視線を夜空から強子へと移し、その返答を待つ。
強子は座り込んで、ずっと地面を見ていた。
でも、駿河が何も言わなくなったため不安になり、彼が立っていた場所にちらりと目をやる。そこには先程までと同じ少女の姿があった。
その少女の瞳はずっと強子に向けられていた。
その強い瞳に映るのは弱々しい自分。
これが自分なのか?
いや、違う。
自分は――――
強子は決意し、立ち上がる。
「わたくしは……わたくしはお祖父様に全てを確認します」
消えた瞳は光を取り戻し、自分よりも小さな少女を映し出す。
新城学園高等学校の裏手にある小高い丘の上。
そこは一人の少女が少年に恋をし、告白を行った場所でもあった。
あのときと異なり街は夕日ではなく文明の灯火に彩られている。建物は増え、緑は少なくなった。遠景には高速道路。少年と少女が通っていた学校も、今や新しい校舎を建築中である。
あのときの少年は、気恥ずかしさに少女を傷つける発言をした。
しかし、今は少女を元気づけ、その失った灯火に火を付けた。
あのときの少女は、夢破れ瞳を涙で濡らした。
しかし、今は涙を拭いて、強い眼差しで少年を見つめ返す。
街の明かりとともに夜空の星も彼女たちを見守っているようだった。
※ ※ ※
「パパ。私は臓器移植をしたの?」
噛み締めた奥歯、真剣な眼差し。
娘の見せたこともない強い決意に父親は覚悟を決めた。
「由比は何度も手術をしているが、二回とても大きな手術をしている」
「あなた」
由比の母親は咎めるような視線を送る。
父は首を横に振って、それを否定した。
「10年前、目の手術をしている。それまでは目が見えなかった。そして二年前、心臓の手術をしている。それから元気に過ごせるようになった。その二つは由比の言うように移植手術と呼ばれるものだ」
駿河は富士崎由比という少女を哀れに思う。
そして、想定通り『二年前』の心臓移植手術に胸に落ちるものもあるが、同時に疑問もあった。中西殺害現場でも新藤殺害現場でも、富士崎由比は何故、臓器を抜かれなかったのだろうか。
「これまで内緒にしていたのは、お前が小さかったからだよ」
父は娘を優しげな瞳で見つめる。
「由比も気づいているだろうけど、普通の子供は小学校に通っている」
この言いようだと小学校にすら通えていなかったのか。
駿河は内心驚愕すると共に、一緒の小学校の友人がいないわけだと納得した。
「手術後、日に日に元気になっていく由比を見て父さん達は本当に嬉しかった。そのとき、母さんと二人で話し合って昔の写真は全て捨てた。あのときの自殺未遂まで起こした由比を思い出したくなかったからだ。写真がないのは父さん達の心が弱いからだ。許してくれ」
自殺未遂。
思い起こされるのは昨日の夢の出来事。
『もう、嫌なの。痛いの、嫌なの……』
少女はずっと泣いていた。
頬はコケ、髪は剃られ、体は弱々しく、胸の痛みだけが続いていく。
彼女はどれだけ苦しんだのだろうか。
※ ※ ※
昨夜と同じ高校の裏山。昨夜と同じ二人。昨夜と同じ街。昨夜と違うのは天気。今日は雨がシトシトと降っていた。
傘をさして向かい合う二人。
黒い傘をさした年上の彼女は、昨日よりも弱々しく見えた。
地面を見つめ、歯を食いしばる。
彼女は、小泉強子は震える声で言葉を紡ぎだした。
「吉良康介。彼に接触しドナーを作り出すよう依頼したのはお祖父様です」
雨の音に負けないように。自分の弱い心に負けないように、少女は大きな声を上げる。
「二階堂、新藤に話を持ち出したのもお祖父様です。もう一人、膵臓の移植を希望していた方にも持ちかけていますが、そちらは取りやめになりました」
吐き捨てるように足早に告げられる告白。
「5月14日、主に動いたのは二階堂の部下です。すぐにでも手術が必要なほど彼の容態は悪化していました。新藤は彼に協力。お祖父様は救急車を手配していました。事故後に駿河を即乗せられるように」
握りしめた拳は震えている。
彼女の両の目からは涙が溢れていた。
「結果は失敗。駿河は軽症でした。でも、病院には一人、計画を知ってるレシピエントの女の子がいました。彼女がその夜に駿河を刺しました」
膝も震えだした。
それでも彼女は言葉を続ける。
「そんな予定はなかった。一度解散したレシピエントは夜に集められてなかった。だから、駿河を生かさなければならなかった。遺体の痕は延命措置を行ったことを隠すため。移植が取りやめになった膵臓は刺されたときに傷ついたから」
一層強くなる雨の音。
負けじと強くなる彼女の声。
「移植されたのは他にも七瀬誠と竜胆茜」
黄色い傘の少女の眉がピクリと動く。
だけど、少女は口を挟まないことに決めた。
今まで地面を向いていて話していた強子。
彼女は歯を食いしばり、黄色い傘をさした由比を見る。
彼女は力の限り叫ぶ。
「最終的に臓器を移植したのは六人!
富士崎由比が心臓!
二階堂俊が肺!
新藤羽衣と七瀬誠が腎臓!
竜胆茜が角膜!
そして……
そして……小泉強子が……肝……臓」
最後には消えそうな声。それでも、彼女は最後まで言い切った。
彼女は傘を投げ捨て、天を仰ぐ。
「う……うわああああああああああああああああ……」
悔恨の慟哭が雨の夜に響き渡る。
次回『029トリック』
新藤殺害事件の密室殺人について盛り上がる三人。
しかし、駿河の一言でその議論は終わりとなった。
「それはもう解いた」
あなたの脳裏に神戸の妄想が焼き付く




