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026新藤羽衣

 「由比、なぜ隅で着替える? 」


 今日も今日で元気いっぱいのアーイシャ。


 軽い悪ふざけのつもりだったのだろう、彼女は駿河の制服を奪い取った。

 しかし、由比の体を見た彼女は絶句する。


 小さい頃から手術を繰り返してきた体はその痕が痛々しく残っており、その凄惨さからどれだけ彼女が苦しんできたかを如実に表していた。



 「これは予想外」


 アーイシャの口から出た言葉に苦笑する駿河。


 「気にしないで」


 駿河は実際気にしていない。そもそも駿河は手術をしていない。過去は違ったのかもしれないが現在の体の性能は歳相応だろう。気を失ったのは竜胆に不意を突かれた一撃を食らったときだけだし、そもそも裕太の家では竜胆とそれなりに戦えている。そして、精神が男のためか綺麗な体でありたいとも特にそこまで思っていなかった。



 「おそろい」


 アーイシャはそういうと自分の体操服をめくり上げた。


 視界に入ったのは、綺麗な小麦色の肌。そして縦にうっすらと長く走る縫い痕。


 「やめなさい」


 駿河は即アーイシャの体操服を勢いよく降ろした。



 故・比良坂駿河18歳。こんなちんちくりんの中学生に反応するような男ではない。しかも今は同じ女子中学生の姿だ。法律的も問題ない。だが、何となくじっと見るのは倫理的にダメだろうと判断してのことである。




 ※ ※ ※


 両足をピンと伸ばして、互いの靴底をピタリと合わせる。

 膝は伸ばしたまま手を伸ばして握手。


 いつもは吉原しずくと一緒にやっていたストレッチ。彼女は体が硬かったので駿河の負担がとても大きかった。しかし、今日の相手はアーイシャであり、彼女の体は由比並に柔軟だった。


 「いーち。にーい……」


 吉原しずく。彼女は今日、風邪のため休みである。とはいっても事実は異なるのだろう。彼女は昨日の二階堂惨殺現場の第一発見者である。一般的な女子中学生があんな現場に遭遇したら二三日は寝込むことになるだろうから。


 「なーな。はーち……」


 今度は立ち上がって、両手を握って後ろへ向かって引っ張り合う。こちらのストレッチはアーイシャより吉原しずくのほうが強かった。そう言えば、しずくは柔軟性E、パワーA、コントロールE、スタミナBの脳筋系ステしていたなと駿河はふと思った。


 「アーイシャの……」


 背中を合わせての持ち上げっこの最中、アーイシャが話しかけてくる。


 「アーイシャの中ではウンムが生きてる」


 ウンム。アラビア語で母親という意味だ。


 先程の傷のことだろう。

 あの傷は臓器移植の痕なのだろうか。


 「臓器移植?」


 少し考えたが、駿河は素直に聞いてみることにした。


 「そう。ウンムの心臓」


 臓器移植が可能なのは兄弟で25%、両親で1%、他人では0.001%と言われている。1%、その確率は決して高くないが、赤の他人と比べると1000倍ほどの数値でもある。


 「ウンムはアーイシャの国では聖母」


 中東では女性の地位は高くない。そんな中でのその呼称はかなりすごいのではないだろうか。


 「ユイの中では誰が生きている?」


 駿河はその言葉を聞いて電撃が走った。


 比良坂駿河を当時小学生の富士崎由比が刺したと仮定した場合。その理由は? それは自らへの臓器移植が約束されていたからとすると納得がいく。もしそうならば、この体に駿河の臓器があることになる。一方で矛盾することもある。比良坂邸のときに何故、気絶していた富士崎由比は臓器を抜き取られなかったか。一件目と二、三件目で犯人が違うのか? 比良坂邸で殺害されていた中西は臓器が抜き取られていない。あのときは準備が不十分だっただけ? 仮定が多すぎる。


 富士崎由比が臓器移植していたかを調査するのは最優先だ。


 仮定の議論をこれ以上進めるよりも、疑念の確実な確認をすることを駿河は決める。


 駿河はアーイシャに「ごめんなさい」と詳細を濁して応えた。

 日本では親族でも無い限り、臓器移植のドナーの情報はレシピエントに渡ることはない。もし由比が臓器移植をしていたとしても言えなくてごめんなさいと言う意味でも受け取れるように。





 ※ ※ ※


 最近、帰り道でいろんな人に遭遇する。


 駿河はそんなことを考えていた。



 駿河の眼の前には一人の男。


 整った顔の20代の男性。彼は真夏なのに長袖のジャケットを着ている。困ったことに彼の声に聞き覚えがある。先日公園で話しかけてきたミスターXだ。更に困ったことにその人物は二年前駿河をつけ回したパトカーの運転手でもある新藤 羽衣ういでもあった。更に更に困ったことにその人物は駿河に生命の危機が迫っていると言う。



 「次に殺されるのは、俺かお前の可能性が高い」

 「藪から棒になんですか」


 とりあえず、駿河は以前突きつけられた台詞を言ってみた。


 「二階堂と七瀬がやられた」


 七瀬? 

 聞いたことがない人物。

 しかし心当たりはあった。

 それはミスターY。


 考えを巡らせていた駿河に続けられる新藤の暴露。


 「残りは、俺とお前と小泉だけだ」



 何故、強子が富士崎由比の情報を小泉の家から得ることができなかったのか。多分、これがその解なのだろう。おそらく、小泉家の誰かも駿河の臓器を移植されている。小泉家の誰か、二階堂、七瀬、新藤、そして由比。この5人がグルだ。


 二年前の5月14日。比良坂駿河を追っていたパトカーの運転手は新藤。事故に合わせたトラックの運転手は二階堂の部下。止めを刺したのは由比。そして、情報を操作したのは小泉。


 だから、二階堂は強子に二年前の情報を渡さなかった。だから、二階堂、新藤の両名は由比との関係が表に出ないように気を使っている。だから、三銃士の報告にはあった新藤の名前が、強子の報告では出なかった。トラックの運転手は比良坂駿河にぶつけることだけを命令されていたから由比を知らないのは当たり前。


 二階堂の台詞が思い起こされる。

 『爺さんに!言っても無駄だ』

 強子の祖父自身が移植された本人かはわらかないが、おそらく詳細を知っている。

 『俺はてっきり』

 あの野郎。俺が強子にうっかり話を漏らさないか確認しに来たと思ってやがったな。


 『胸の調子はどうだ?』

 帰路で話かけてきた吉良の言葉。吉良も何かを知っている。

 胸にある移植可能な臓器は、肺と心臓の二つのみ。

 二階堂が肺なら、由比は心臓か。


 『……キラか? 』

 公園での新藤の疑問。新藤も吉良の知古だ。

 HLAフリーの薬の出どころは吉良なのかもしれない。


 『何で駿河を裏切った』

 裕太が強子に向けた罵倒。比良坂静香は駿河の母。竜胆茜は静香の協力者。皇裕太は駿河の親友。菊理くくり那美は駿河の恋人。あいつらから見たら、由比はもちろん、強子も敵だ。


 『次に殺されるのは、俺かお前の可能性が高い』

 次のターゲットに小泉が含まれていないのは厳重に守られているからか?





 導き出された臆度は頭を悩ませるものだった。


 俺の立ち位置、完全に悪役じゃん!

 何でこんなことに!


 駿河は全てぶち撒けてしまいたい衝動に駆られる。

 しかし、それを必死に抑え込んだ。



 「なんで、二人は殺されたの? 」


 感情を噛み殺し、猫なで声で駿河は聞く。


 「わからんが、おそらくSがらみだ」


 新藤の口から出た新たな単語。


 「Sって」

 「良いからついて来い!」


 新藤の怒鳴り声が辺りに響き渡る。

 買い物帰りの主婦も何事かと振り返っていた。


 注目を浴びるのはまずいと、すぐさま判断した駿河。


 「パパ。そんなに怒らないでよ。歯医者行くから」


 彼は眉間に軽く皺を寄せ、困った顔を作りながら言葉を告げる。

 そして、優しく新藤の手を握った。


 「ごめん。パパも悪かった」


 流石に新藤も冷静になったのか、駿河に合わせて演技する。










 コンクリートで打ちっぱなしとなっているビル。


 新藤についていった駿河はそこの一室に案内された。


 扉を開ける新藤。

 彼の握るドアノブには鍵穴もついてない。


 駿河は鼻をつまみながら彼が扉を開ける様子を観察していた。


 「立地が悪い」

 「中は臭わないから」


 建物のすぐ脇にあるゴミの山を見ながら文句を言う駿河。

 そして彼を諫める新藤。



 扉の内側は5m四方ほどの広さになっていた。畳でいうと14畳くらいだろうか。窓一つなく、あるのは天井隅にある換気口のみ。外への扉を除くと戸は1つ。開けてみるとユニットバスだった。ここにも天井に換気口。


 確かに匂いはしない。


 「こちらに来てくれ」


 縄張りを確認していた猫のような駿河が呼ぼれた場所は建物の入り口。


 ドアノブには内側からかけられる鍵、いわゆるサムターンがついていなかった。


 「ドアノブを握ってくれ」


 言われるがままにする駿河。


 ピピッとノブから音がする。


 「念のため二重認証にした。これで俺と君の二人が必要だ。一人が握ってから、もう一人が30秒以内に握らないと扉が開くことはない」


 それだけ伝えると、ようやく心に余裕ができたのか、新藤は大きくため息をつく。


 「これで殺人事件が起きれば密室殺人の出来上がりですね」

 「不吉な事を言うな」


 油断を許さない駿河のボケ。

 コンビ漫才のように新藤は即ツッコミを入れた。






 落ち着いたところで、新藤は駿河に話しかけてきた。


 「今度はこちらが聞きたい」


 その言葉に駿河は心の中で身構える。


 富士崎由比しか応えられない類の質問だとかなりの問題だ。もしからしたらこの部屋で近接戦闘をしないといけないかもしれない。警察官採用試験において柔道、剣道の段位は加点要素だ。新藤もそれらの段位を持っている可能性は高い。耳が潰れているからおそらく柔道の段位は持っている。



 「エルとはどんなやつだ?」


 続けられた新藤のその一言。その一言で駿河が今まで脳内で行っていた近接戦のシミュレートが全部吹っ飛んだ。エル。それは駿河が新藤と公園で会ったときについ、ボケてしまったネタの名前だった。


 「ええと、本名イズマエルって名前のすごく強いやつ。肩とか腹とかにデスマスクを縫い付けてる」


 冷たい汗をかきながら焦る駿河。彼は思いついたことをそのまま言葉にする。説明のために用いたのは某トラマンネクサスに出てくる宇宙怪獣。


 「そいつは、出会いたくないな……」


 新藤は根が素直なのか、単純なのか、駿河の言うことを真に受けていた。





 「じゃあ、エ」


 駿河が先程の質問の続きをと思ったときに異変が起きる。



 気体の抜ける音とともに室内に充満する白い煙。




 まずい。ガスか。




 気づいたときには駿河は微睡みに落ちていた。



次回『027密室』

 「本日の夢は司会のワシ、小泉源三郎と」

 「解説の私、朝霧 みずちで進行させていきます」


あなたの脳裏に神戸の妄想が焼き付く

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