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025レッツクラッキング

 《これよりサイレントヒル市ホースデプス町の第二殺人事件の合同捜査について説明します》


 「意外とクリアに聞こえるもんだな」


 巨大モニタに映る盗撮映像。

 それを駿河は興味深げに見つめている。



 駿河達がいるのはもちろん警察署の会議室ではない。いつもの小泉家のリムジンである。いつもと違うのは車内の隅に積まれた機材があること。彼らはそれらを用いて警察内部の情報をリアルタイムですっぱ抜いていた。


 「人間の音声領域の波長パターンだけをクリアにしてるんです」


 解析が得意なできる男、城島時男。

 彼は『旧3年1組犯罪三銃士』である。アイコラからパネマジまで彼の写真の加工技術は多岐に渡る。光彩認証や静脈、指紋のコピーまでお手のものであった。現在、アニメーション学園でCGの技術を学んでいる。


 「クラッキングの方も褒めて。普通じゃこうは行かないから」


 ハッキングが得意な、やってしまう男。ワン・フー。

 彼も『旧3年1組犯罪三銃士』である。飛び級で大学に進学した彼は、ハッキングやクラッキングを得意とし、最近ではハリウッド女優のスマホからリアルタイムで無修正のエロ動画をかき集めてはUSBメモリに記録し大学の友人に配っている。電子錠など彼にとってはないに等しい。


 そして、ある意味やりきった男、山城銀次。

 彼も『旧3年1組犯罪三銃士』であった。ピッキングからスリ、車上荒らしとその器用さを生かした技術はプロ顔負けであった。彼は現在、刑期を終え、奥さんと子供と暖かな過程を築いている。先日、旧クラスメイト全員にLINEで『もう犯罪に手を染めない』と宣言し、皆から祝福されていた。そんな事情もあるので彼はこの場にいない。



 「あーすごいすごい」

 「とってもぞんざい。だがそれが良い」


 駿河はワン・フーを適当にあしらい、画面に注目する。




 《被害者の身元は不明。年齢は30歳前後と思われます。死後硬直も見られないことから本日未明に殺害されたものと見られます。遺体発見時刻は本日17時。場所は比良坂静香宅前となります》


 「また俺ん家かよ」


 殺人事件の現場保存は、鑑識の調査が一通り終われば開放される。しかし、その期間は一般的な家屋ではおおよそ3日であり、その期間は立ち入ることが許されない。地下室もある比良坂邸では一週間程度の立ち位置禁止期間が見込まれ、そのため駿河は現在でも地下のセーフルームに入ることができていない。


 その上、今回の件での期間延長は確実である。


 これではいつになったら、セーフハウスに行けることになるのかわからないと駿河は頭を抱える。



 《第一発見者は角之上キヨ94歳。彼女は中西黄泉人殺人事件で第一発見者であります。現在ショック状態に陥っており、発見時の詳細は伺えていません。臓器は切り取られ現場に散乱しているのですが、損傷が激しく全て足りているのかは調査中です》


 「キヨ婆さんショック死してないよな」

 「前回も相当グロかったけど、なんか不穏な発言ですよ……足りてるかわからないって」


 報告する警察官の不吉な発言に、一同は息を飲む。



 《こちらが現場の写真になります》


 「うわあ」

 「なななななななななななな」

 「これは酷い」

 「スップラッター」


 巨大モニタが映しているのは侵入の際にも通った比良坂邸の玄関の扉。しかし、その戸は赤く染まっている。そこに、くの字に曲がりもたれかかる遺体。髪は短髪、歳は20代から30代くらいだろうか。彼の腹には開腹というよりもくり抜かれたという表現の方が正しいと思われるようなグルリと空いた穴。その中は空っぽで骨が見えている。中身はどこへいったかというと、周りに巻き散らされていた。扉や壁の高い位置にも血痕がある。いや、血痕というより臓器が投げつけられた痕という方が正確かもしれない。


 「リーダー。これ写真解析して足りない臓器とかわかったりする?」

 「AIに学習させれば大丈夫だと思います。ちょっと時間がかかるかも知れませんよ」

 「必要なら計算領域を広げますが」

 「いえいえ。そちらは十分すぎるほどです」


 ニューロンネットワークを用いたAIによる画像学習システムのアルゴリズム構築。それは城島の得意分野でもあった。彼は臓器の写真を次々取り込み、格子メモリに折りたたんだデータを格納していく。



 《なお、この遺体の左上腕部内側にカタカナで『スルガ』とメッセージが書かれていました。そして右の爪に同皮膚の組織が確認されています。おそらく死亡数時間前に残されたダイイングメッセージかと》


 続く報告を耳にしたとき、一同はピタリと動きを止めた。



 そして、ゆっくりと駿河に顔を向ける。


 「比良坂。いつかやるとは思ってましたが……」

 「まじで比良坂氏ですか?」

 「本当でも良い、むしろ本当が良い」


 「なわけねーだろ。黙れ」

 「JCの侮蔑の目、逝きそう」


 駿河は一括したが、一人だけは喜んでいた。



 「今回の名無しの権兵衛さんの遺体は、先日の吊られたものと比べると何というか雑ですね」

 「車で運んでぶちまけた感がある」

 「血液もわざわざ運んできたのでしょうか」

 「血痕の解析もしてみますね」


 二度目ということで慣れるのも早いのか、各々で写真を分析し意見を出し合う。そんな中、有益と思われる情報について、城島は並行して流体シュミレーターを走らせる。


 「これ、門から扉に向かって、バケツのような容器で撒いてますね。こんな感じです」


 個別に開かれたウインドウに表示されたのは3Dテクスチャ。そこでは青一色の男がバケツを両手で持って、中の液体を放り投げていた。


 「便利なもんだな」

 「血痕は飛散の具合や、色から判別データが揃ってますから。それにこの扉方向に向かっている細長い飛沫。明らかに門の方向から伸びてます。警察もすぐに気づくと思いますよ」


 城島の説明は理路整然としており、被害者は殺された後に運ばれ、臓器ともども血液も遺棄されたと四人は判断した。



 「この名無しの権兵衛は人物照合とかできないのか?」

 「もう検索しましたがヒットしませんでした。あれの欠点はリストにない人物の照合は無理なことですね」


 最後に中西の件とは異なり、警察側の捜査でも時間がかかりそうであることが示唆された。



 今できる議論はここまでかと駿河はグラスに入ったオレンジジュースを飲み干す。議論が白熱したためか、注がれてから時間が経過したジュースはやや生温かい喉越しだった。


 「ところで無しの権兵衛って言いにくいですわね」


 強子も一旦議論は終わったと認識したのか、軽口を叩く。


 「俺たちの間ではミスターYとするか」

 「Xじゃないのですか?」


 想定していなかった駿河の返答内容に思わず突っ込む強子。


 「ミスターXはすでにいる」

 「誰ですかそのX!」


 ミスターX。それは公園で駿河と某ノートごっこをやった謎の人物のことである。なお、情報は共有されていない。





 今回、駿河達が小泉家の情報を使わず、直接的に警察の情報を得ようとしたのは大きく二つの理由があった。一つは得られる情報の鮮度。早ければ早いほど良い。そしてもう一つは小泉の家を介したときに情報が削られる可能性があったこと。これについては、先の富士崎由比の調査を断られたことが大きい。





 「そろそろ始まりそうですぞ」


 城島の声にモニタ前に再び集合する面々。

 彼らは発表に耳を傾ける。



 《これよりサイレントヒル市ホースデプス町の第三殺人事件の合同捜査について説明します》



 「ナッツ。ナッツはどこ?」


 慣れすぎた男、ワン・フー。

 もはや映画を見るように捜査報告に瞥見する。



 《ガイシャの身元は、指定暴力団四十万組の若頭、二階堂俊32歳。死亡推定時刻は胃の内容物から本日16時頃と思われます。本日12時頃昼食を食べているのを多くの目撃者が確認しています。その後の行方は現在操作中。遺体発見時刻は本日16時。場所は聖フォレスティア女子高等学校の部活棟、美術部の部室となります。第一発見者は吉原しずく13歳》


 「今、なんて言った?」


 想定外の情報に駿河は吃驚する。


 「ナッツ。ナッツはどこ?」

 「お前の発言じゃねえ!」


 あまりの衝撃に頭のメモリに余裕の無かった駿河はワン・フーを殴る。


 「ありがとうございまぁす」


 殴った後に、そういえば喜ばせるだけだったと駿河は少し後悔した。



 問題点は3つ。一つは現場が由比の所属する美術部であること。これはまだ良い。二つ目が死亡推定時刻と遺体発見時刻とが同じであること。このことは遺体発見現場が殺害現場であった可能性を示唆する。三つ目、吉原しずくが発見者であること。二つ目と合わせると下手したら彼女は殺害現場を目撃したことも考えられる。



 《臓器は切り取られ現場に散乱。ただし肺は見つかっておりません。こちらが現場の写真になります》


 映されたのは凄惨な一室。


 しずくはこの現場を見て、大丈夫だったのだろうか。



 「リーダー。写真取り込んで」

 「はい!」


 「肺の切断部、肺動脈の方の拡大」

 「かしこまりましたー」


 淡々と進む会話。この間、駿河は並行して『遺体発見場所』と『比良坂』、そして『富士崎由比』について考えていた。


 第一の中西殺害事件。比良坂邸で発生。第二のミスターY殺害事件。発見場所は同じく比良坂邸。ここまでは比良坂に関係する。だが、第三の二階堂殺害事件。発見現場は聖フォレスティア女子高等学校の美術部。こいつだけが『比良坂』ではない。同様に『比良坂』を『富士崎由比』に置き換えた場合は、第一、第三は関係するが、第二のミスターY殺害事件が結びつかない。


 全ての『遺体発見場所』に関係性があるとしたら、そこに結びつくのは『富士崎由比』の中にいる『比良坂駿河』だけとなる。




 「これですかね」


 散らばる臓器の中から城島が探し出したのは一枚の拡大映像。それは心臓の写真だった。心臓から伸びる太い血管。その先にある切断面はまっすぐなめらかで、切り口がやや盛り上がっていた。


 「アーク放電痕か」


 アーク放電痕。電気メスは通常のメスと異なり、プラズマで焼き切る。そのため、切断部がミリ単位で盛り上がる。対して、他の臓器の切断面はやや潰れている。こちらはメスですらない、ナイフなど外科手術用ではない刃物で切断されたことがうかがえる。


 「もう少し拡大しろ」


 駿河は切断面に違和感を感じて、細部の確認を促す。

 そこに映し出されたのは糸だった。


 「縫合痕?……ああああ、くそ。マジかよ!」



 駿河は拳を握りしめて叫ぶ。


 「気管支の切断部の写真!」

 「は、はい」


 怒りを押さえられない駿河。指示にも怒気が孕む。

 三人は彼のあまりの様子に声をかけられなかった。


 城島が再度探し出した写真。

 そこには、同じように焼けた痕とともに縫われた痕が残っていた。



 「……過去に移植した臓器を狙って取り出してやがる」

 「オーマイガ」

 「そんな」


 冷たい空気が場に漂う。



 「ミスターY。ミスターYの臓器の切断面は?」

 「あ、解析が終わってます」


 城島のキーボードを捜査する音がカタカタと静まり返った車内に響く。



 そして、開くウインドウ。


 先程の現場写真だが、それには各臓器の部分が赤や青の枠で重ねて表示されている。


 「無いのは片方の腎臓ですね」

 「写真に映ってないだけの可能性もありますわ」

 「ま、まあそうですが」


 城島に対し、何故か否定的な意見を出す強子。

 彼女の顔色はこの場の誰よりも青くなっていた。



 そして、続けられる次の報告。


 「あ、腹部大動脈っぽいのがありました」


 モニタに映されたのは腹部大動脈の映像。腎臓に繋がる大きな血管だ。そこに見られるのは先ほどと同じ手術痕。


 「間違えない。犯人の目的は過去に移植した臓器だ。あと、考えるまでもないけど、二つの殺人は同一犯で確定」


 駿河は顔の向きをモニタから強子へと移す。


 「強子。二階堂が移植手術したの、いつだかわかるか?」

 「……二年前の5月15日ですわ」

 「え、小泉氏、それって」


 比良坂駿河が亡くなったのは5月14日の夜。

 そして、肺の臓器移植までの時間は8時間。

 ここまでの偶然はありえない。



 「でも。違います。絶対に違います。HLAの事前確認の時点で適合するはずがないのです。ありえません。ありえるはずがない!」


 捲したてるように弁明する強子。


 HLA。Human Leukocyte Antigenの略。日本語ではヒト白血球抗原。HLAは細胞の持ち主が本人か否かを判断する免疫機構だ。臓器移植の際にこれが他人と判断すると拒絶反応が起きる。

 駿河もそのことは理解していた。だが。


 「仮に。仮にだ。拒絶反応を完全に抑える研究がされていて、比良坂駿河の臓器にはそれが働いたとしたら、どうなる?」


 駿河の問いに、強子は自分自身をギュッと抱き、座り込む。

 蒼白を通り越して真っ白になっている顔は、いつもの美しい様相とは異なり、彼女の精神が限界に来ていることを醸し出していた。



 「では、比良坂氏を殺したのは二階堂とミスターY?」

 「いや」


 「今回の犯人の目的はひらりんの報復?」

 「その可能性もあるが、臓器移植の順番を待つ別のレシピエントかも知れない」


 「バラバラにしたのは?」

 「憎しみのあまりとか?」

 「偽装が目的である可能性の方が高いと思う」



 強子を横目に続けられる議論。

 今回の三件の殺人事件。どのようにして殺害されたのか、誰が行ったかなどはまだ定かではない。しかし、二件の犯人の目的の一つが比良坂駿河の臓器であることは確定と考えて良いだろう。そして、二年前の駿河殺害に対しての動機が見えてきた。


 「変なところで二年前の俺の事件に繋がっちまったな」



 駿河は感慨深げにグラスを覗き込む。

 水面には一人の少女の姿が写り込んでいた。


 「嬢ちゃんのお陰で間に合った……か」



 この推論を事実とするなら浮かび上がるもう一つの推論。





 「二年前の俺の死体についてた傷は、両手首と両足首、肘の内側と膝の裏側。背中に小さな傷。それに首の頸動脈だったか?」


 「合ってますお」




 「その背中の小さな傷。調べてくれないか?




  当時小学校6年生の少女が付けることができる傷なのか」


次回『026新藤羽衣』

 「次に殺されるのは、俺かお前の可能性が高い」

 「藪から棒になんですか」

 とりあえず、駿河は以前突きつけられた台詞を言ってみた。


あなたの脳裏に神戸の妄想が焼き付く


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