024またまた死体
「久しぶりですわね、皇」
「……小泉」
旧友同士の再会だが懐かしむ表情の強子に対して、敵意の視線を向ける皇裕太。前者はワイングラス片手に見下ろしていたが、後者は金属製の椅子にきつく縛られていた。港にある倉庫街の一角、小泉家の所有するコンクリートで覆われた無骨な建屋。そこに彼らはいた。
「皇裕太。何であなたは竜胆茜に協力しているのかな?」
横から質問したのは駿河。
もちろん姿は富士崎由比のままである。
「貴様に話すことは何もない!」
「貴様とか生まれて初めて言われたわ……」
裕太は取り付く島もない様子を見せる。
駿河と強子は話し合い、富士崎由比が比良坂駿河であることを伏せて尋問することにしていた。これは素性を明かした後では、富士崎由比に対する反応を確認できないという理由もあったが、一番の要因は彼の仲間である竜胆茜の挙動が良くわからないことだった。
よって、駿河は中身も富士崎由比として振る舞う。
駿河はツッコミを入れていたが、頭の中では冷静に観察していた。
首の筋肉が張っている。奥歯を強く噛んでいる。瞬きの回数が少ない。腕の内側の血管が浮き出ている。血圧の上昇とノルアドレナリンの分泌による症状と想定。典型的な怒りの感情。それもかなり強度としては高い。彼は心の底から富士崎由比を憎んでいる。
彼が竜胆茜と組んでいることから駿河はある程度推測していたが、それでも旧友が見せたこともない感情を自分に向けていることに駿河は内心驚いていた。
先程の竜胆や裕太との出来事だけで、これほどの感情を抱くとは思えない。具体的には竜胆の腹の怪我を執拗に狙ったり、戦闘中に裕太の尻の穴にボールペンを突き刺したりしただけでこれほど怒るとは思えない。
駿河は彼も富士崎由比とミッシングリングで繋がる一人であろうと想定する。
余談だが、倒れていたときにはズボンが染みるほど尻から真っ赤な血を流していた彼だが、軟膏により治療済みである。竜胆茜捕縛隊は誰が彼の尻の穴に軟膏を塗るのかと揉めに揉めていた。
「比良坂駿河君、
私は竜胆茜と申します」
次に駿河は一枚の紙片をひらひらさせながら、冒頭の一部分を読み上げる。
その紙は七割ほどを残している破れた紙片である。
実際は竜胆に大半を奪われたが、あのときの一瞬では、裕太はどの程度の割合が駿河の手元に残っているかわからないはず。そう考え、情報の大半を持っているものと錯覚させるために用意したダミーだった。
手紙に対する裕太の反応から得られる情報は多いはずである。
『竜胆茜が比良坂駿河にコンタクトを取りたがっている』ことを皇裕太が知っているのか。比良坂駿河とは死者を意味するのか、それとも富士崎由比を示すのか。または、生前の高校生のときの駿河のことを指すのか。
竜胆茜が手紙どおりに比良坂静香の協力者なのかはわからない。
少なくとも、竜胆茜が現時点で富士崎由比に宛てて渡したかったものではない。渡すはずの手紙を何故、破ってまで回収しようとしたからだ。
富士崎由比に宛てたものだとすると前提条件が必要だ。例えば、時期が尚早だったり、予定が変わり渡せなくなったりした可能性。このことは否めない。他の前提条件としてはその場にいた人物に伏せたかった場合――
例えば皇裕太に見せたくなかった。
そうであれば話は早い。皇裕太が大きく反応を示してくれるだろうから。
果たして、皇裕太は目を瞑り、沈黙で返す。
「そのまま受け取ると、竜胆茜は死人に連絡を取りたがっていたことになるよね」
再度の駿河の言葉にも彼は沈黙のまま微動だにしない。
目は閉じたまま。口端に力が入っている。
この様子だと皇裕太は手紙の内容に興味を持ってない。かなり高い確度で手紙の内容を知っていると思われる。その上で追加の情報を漏らすまいと決心している。
竜胆茜が比良坂駿河にコンタクトを取ろうとした。それの手紙を竜胆茜は富士崎由比の手に渡らないように阻止した。皇裕太は比竜胆茜の仲間である。皇裕太は手紙の内容を知っており、それと竜胆茜の行動に矛盾を感じていない。
駿河は可能性の高い応えを導き出す。
……おそらく手紙は二年前のものだ。
二年前、当時高校生の駿河に宛てた手紙。
手紙の内容から確実と思われるのは、『比良坂静香がいない場での竜胆茜から比良坂駿河への間接的な接触』のみ。
静香がいれば手紙など必要なく紹介してもらえば良い。おそらくこれは静香が逃亡していたから不可能となった。仮に協力者の話が嘘でも、静香がいれば、手紙を受け取った駿河は彼女への確認が可能だ。だから、竜胆茜の手紙は比良坂駿河が生きている状態で、かつ、比良坂静香が行方を眩ませている状態を前提としている、
そして、比良坂駿河が殺されるのを知らない。もし、彼女が知っていたら、悠長に手紙など認めてなどいないはず。
つまり、『竜胆茜は二年前、比良坂静香の失踪後、比良坂駿河に間接的に接触しようと試みており、彼が殺されるとは考えていなかった』となる。
「何で竜胆と組んでますの? 」
熟考している駿河の耳に入ったのは強子の問い。
それは最初の駿河の問いと同じもの。二人は裕太が富士崎由比に頑なであった場合、旧友である強子から改めて問いただすことを予め決めていた。
「小泉、お前、駿河のこと好きだったよな」
「あばばばばばばば」
返ってきたのは関係のない暴露話。
告白のことは内緒にしていたのだが、周知の事実だったのかも知れない。
「……なのに、何で駿河を裏切った」
続けられた裕太の言葉は様々な感情が込められていた。
困惑、怒り、悔恨、蔑み、疑念、そしてわずかな希望。
対して、強子は怪訝そうな顔を浮かべている。
どちらもとても演技とは思えない。
二人の発言と反応を真実と仮定しても可能性はいくつか考えられる。
竜胆に吹き込まれた裕太が誤解している。富士崎由比と一緒にいることで裏切り者扱いになっている。裕太の発言が嘘なら駿河と強子の不和を狙ってのものだろう。
どれも十分に可能性があるため、駿河は流すことにした。
ヴーヴー
スマホのバイブ音。
通話のためか、強子は部屋の隅へと駆けていく。
次の質問をしようと一歩裕太の前にでた駿河。
しかし、叫び声がそれを妨げた。
「何ですって!」
何事かと振り向き、彼女の動向を見守る駿河。
心配そうに見ている彼を彼女は手招きした。
「二階堂が死にました。彼も内蔵をバラバラにされてます」
「二階堂が?」
蒼白な顔で告げられた言葉に思わず駿河は聞き返す。
ヴーヴー
再度のスマホのバイブ音
駿河の見守る中、電話の声を聞く強子の顔はますます青白くなっていく。
聞き終えた彼女は、即、駿河の方を向く。
泣きそうな顔で彼女は直前に聞いた内容を彼に伝えた。
「臓器が抜き出された遺体が発見されましたわ」
「それはさっき聞いた」
「違うのです。別の、遺体」
次回『025レッツクラッキング』
《こちらが現場の写真になります》
「うわあ」
「なななななななななななな」
「これは酷い」
「スップラッター」
あなたの脳裏に神戸の妄想が焼き付く




