020不明な繋がり
■第二章
『私』という連続殺人鬼と一般人との違い。
殺人鬼と恐れられる『私』とあなたの一番大きな違いは、殺人を犯していないことです。
説明のために人の『好悪』の感情に関しての話をします。
『好き』の反対は『嫌い』ではなく『無関心』だという人もいますが、私は違うと思います。やはり『好き』の反対は『嫌い』でしょう。
もし、±50を示すことができる『好悪』の『天秤』があるとするなら、『好き』は『+30』~『+50』であり、『嫌い』は『-30』~『-50』と私は考えています。
『-30』~『+30』は『好悪』が希薄すぎて『好き』も『嫌い』もないでしょう。つまり、どちらに傾いているか本人にもわからない状態にあり、これに該当するのが『無関心』ではないでしょうか。
単語として表される人の感情の多くはこのように天秤の両側に偏っており、
中央付近は本人にも判断がつきにくい状態にあります。
読者の方々に以下の質問をします。
よろしければ、考えてみてください。
あなたは、犬が『好き』ですか?
あなたは、読書が『好き』ですか?
あなたは、運動が『好き』ですか?
あなたは、暴力が『好き』ですか?
あなたは、戦争が『好き』ですか?
私は犬が『好き』ですので『好き』を選んでくれていると嬉しいですが、犬が『嫌い』な読者もいるでしょう。
読書が『嫌い』な人がこの本を読むことは稀だと思います。
運動は半々くらいでしょうか。体育の授業ならもう少し運動よりかは『嫌い』に偏るかもしれません。
暴力は『嫌い』な人が多いと思います。
……戦争は『無関心』が大半でしょう。
何故なら、『好悪』が区別付くほど戦争を知っている人は稀なはずだからです。
もし、戦争に対して、どちらかに偏った意見を答えている人がいるとしたら、それはそう思うように教育を受けているか、受け取った情報を鵜呑みにしているだけだと思います。
そのこと自体は過去の過ちを繰り返さない教訓として決して悪いことではありません。ですが、それはあなたの『好悪』とは別物です。
あなたはあなたが実際に戦場に立ったことがないのであれば、あなたが本当に『好き』なのか『嫌い』なのかはわからないはずです。
まあ、私は戦争が『嫌い』なのですが……
もう一度、読者の方々に以下の質問をします。
よろしければ、考えてみてください。
あなたは、猫が『好き』ですか?
あなたは、美味しいものを食べることが『好き』ですか?
あなたは、女の子のショーツが『好き』ですか?
あなたは、臭いものが『好き』ですか?
あなたは、殺人が『好き』ですか?
猫は勝手気ままなところが良いですよね。
美味しいものを食べるのが『嫌い』な人はいないでしょう。『美味しい』という言葉は『好悪』の情報が含まれた状態ですから、余程の事情がなければ『好き』を選んだと思います。
女の子のショーツが『好き』な人は『好き』を選ぶかもしれませんが少数派でしょう。
臭いものも『臭い』という言葉自体が『嫌い』側にベクトルが生じていますね。ですが、特殊なフェティシズムをお持ちの方は逆に『好き』に付けるかもしれません。
さて、私は殺人が『好き』です。
この手記を手に取ったということは、読者の皆さんはこの回答を予想していたと思います。
ところで、殺人は、名詞ですが、言葉の意味として行為も含みます。
一度、意味を分割しましょう。
あなたは、自分が人を殺す行為が『好き』ですか?
あなたは、他人が他人を殺す行為が『好き』ですか?
この二つはどちらも殺人について聞いています
他人が他人を殺す行為には、直接的、間接的どちらも含むので、それも分割しましょう。
あなたは、自分が人を殺す行為が『好き』ですか?
あなたは、他人が他人を殺す行為を直接見ることが『好き』ですか?
あなたは、他人が他人を殺す行為を、メディアなどを通じて見聞きすることが『好き』ですか?
ここまで分解すると、実は二番目、三番目を『好き』な人は、それなりにいます。
古くは数多くの国で殺人は娯楽だったことからもわかるかと思います。
さて、話を少し変えましょうか。
あなたは、殺人が『好き』ですか? という問いに対して、『好き』と答えるのが異常と思ってしまった人。
あなたは、そうだと教え込まれているだけで物事の本質を考えようとしていないだけです。
再度、問題を提起しましょう。
あなたは、自分が人を殺す行為が『好き』ですか?
ただし、被対象はすべての人類に嫌われており、その行為は社会的に許されています。
先の質問に対して『嫌い』と答えた人の大半が、殺した行為の後、社会的制裁を加えられることや、遺族や自分の家族などが悲しむことを理由とあげていたと思います。それを取っ払いました。
行為に関しては、その行為を行った後のあなたの周りの認識、社会的影響、下地としての教育の影響を受けます。これらを取り除くと、経験していないことの殆どが『無関心』に含まれるはずなのです。経験してないのですから。
殺人なんか、食べてみると美味しかった。やってみると面白かった。その程度の認識なのです。余談ですが、サイコパスとは先程の周りの認識や教育の影響を受けにくい人たちのことです。簡単に言うと、とりあえずやってみようと禁忌に踏み込みやすい人たちになります。
少しそれましたが、大切なのは食べてみないこと。やってみないことなのです。
何故かというと、それが『好き』だった場合、白い目で見られ、涙され、罵られ、石を投げられ、罰せられるからです。
殺人鬼と恐れられる『私』とあなたの一番大きな違いは、殺人を犯していないことです。
冒頭と同じことを書きましたが、違う印象を受けてもらえたら幸いです。
■第三章
なぜ、『私』は被害者を臓器で飾り付けるのか。
『私』が被害者を臓器で飾り付ける理由は、お礼です。
これを説明するには、芸術に対する人の脳の働きを説明しないといけません。
人は単純なものには『無関心』になり、複雑なものに対して『不快』をいだきます。その間に『快』があります。
『快・不快』に関しては先程の『好悪』ように両端に偏在していないのです。
『単純』から『複雑』まで、『-50』~『+50』と示すなら、『-30』~『-50』は『無関心』であり、『不快』が『+30』~『+50』です。そして、『0』が『快感』、『0』に近いほど『快』を感じます。そのため――――
「そろそろつきます」
小泉家所有のリムジンのソファ。そこで横になって本を読みふけっていた駿河は強子に降りる準備を促される。
「何です? 殺人鬼? 気持ち悪い」
駿河がどんな本を読んでいたのかと確認する強子。
「教育の賜だな」
本の知識を早速活かし言葉を返す駿河。
彼は人から聞いたことを我が物顔で話す技術に長けていた。
駿河は制服の皺を伸ばす。
事件のこともあり徹夜明けの翌日の夕方。本来であれば眠気のピークを迎えていそうな時間帯。それにも関わらず駿河は元気満々だった。日中熟睡していたからだ。
いつもより顔が白い強子。
同じく徹夜明けの彼女は授業をしっかりと受けており、そのため若干の疲労感を感じていた。目の下の隈を化粧でごまかしている。
二人を載せた車が止まったのは、巨大な木造の門の前。
門には表札がかけられており、そこには四万十組と京円書体で大きく書かれていた。
二人を迎えたのはジャケットを着た男。パンツにはアイロンの痕がくっきり縦に伸びており、身なりに気をつかっているのがうかがえる。歳は30くらいだろうか。
「どうぞ」
男の促す言葉に従い、駿河達は敷居をまたぐ。
石畳を抜けた先は大きな平屋。
駿河たちは式台を上がり、長い廊下を男の後に続く。
ここまでの案内の道中、駿河が主に考えていたのは対談するときの姿勢。
正座は5分と保たない駿河は、どういうタイミングで女の子座りに切り替えるかと思考を凝らしていた。
通されたのは金色が目に優しくない応接間。ガラスのテーブルを挟むように革張りのソファが向かい合っている。壁に接した棚には光り輝く謎のオブジェが飾られていた。
正座が必要なくなり安心した顔を見せる駿河。
強子は彼に目をやり、またくだらないことを考えているとため息をつく。
座るように促される二人。
駿河は深く腰をかけ、足をバタバタしていた。
席の前に飲み物と和菓子が置かれる。
「中西黄泉人。あなたのところの人ですわよね?」
「……ああ」
話を切り出した強子に向かいの席に座る男はぶっきらぼうに答える。
男の名は二階堂俊。四万十組の若頭である。最近は丸くなったが二年ほど前までは喧嘩っ早く、手がつけられない状態だったらしい。駿河は強子に車内でそのように説明を受けており、同時に絶対に喧嘩を売らないように何度も念を押されていた。
そして、質問にあった中西黄泉人とは、比良坂邸にあった遺体の名前である。
彼は四万十組の組員であることがつい先程、確認できた。警察情報のためその確度は高い。小泉家がその四万十組と友好的な関係が築けていることもあり、駿河たちは直接話を聞きに行くことになったのが訪問の経緯となる。
「二年前から行方不明だ。サツにも同じことを答えた」
初ヤクザ。迫力半端ない。
暴に免疫のない駿河はそんなことを考えていた。
そんな駿河をちらちらと見る二階堂。何か珍しいのだろうか。
「本当のところはどうなのかしら」
「……二年! ほど、前に貸した」
駿河は彼の言葉の区切る場所に違和感を感じる。
横に座る強子は全く気にしていない様子であるが。
「誰に?」
強子の問いを受けて、二階堂は再度ちらちらと駿河に視線を向ける。
「……言えねえ」
絞り出すように出た声。
「お祖父様に」
「爺さんに!……言われても、言えねえ」
最後の手段、『おじいちゃんに言っちゃうからね』に対しても、頑なに応えを拒む二階堂。語勢を強めたタイミングで、彼は駿河に目だけを向けていた。
「ヤス! お嬢様のおかえりだ。見送りしろ」
話すことはないとばかりに帰りを促され、眉間に皺を寄せる強子。
駿河は彼女の性格から徹底抗戦も辞さないかと思ったが、強子は思いの外、素直に従った。
「トイレお借りしても良いでしょうか」
「ちょ……」
玄関で駿河は急に股間を押さえてもじもじする。
女子中学生の仕草としては問題ないが、この場で中身を知る唯一の人物である小泉強子は若干引き気味である。
駿河が言い出したタイミングは強子が既に靴を履いた後。
わざわざ靴を脱いでまでついてこないだろうと駿河は想定してのことだった。
強子の抗議の視線を無視して踵を返す。
廊下の曲がり角、その手前で駿河は壁に背をつける。
そして、じっと反応を待つ。
「よう」
反応を待っていた駿河の耳に聞こえてきたのは軽い挨拶。声の元は曲がり角の先、駿河と同じく壁に背をつけているのだろうか。姿は見えない。
「よう」
先程までの重苦しい口調と打って変わったためか、思わず同じく軽い語調で返事をしてしまう駿河。
廊下の先から苦笑しながら現れたのは二階堂だった。
「見られて良いの?」
「組の者には構わねえよ」
先程までの会話中の視線、言葉の区切るタイミング。
それを駿河は打診や確認の類と捉えていた。
富士崎由比と二階堂には個人的な繋がりがあり、富士崎由比が連れてきた小泉強子は富士崎由比が知ることを質問している。そんな違和感。
であれば、席を外して一人になれば、どういうことか聞きに来るだろうと駿河は推測した。加えて言うなら、強子が由比と二階堂の繋がりを知らないということは、故意に伏せられたものの可能性が高い。表立った関係なら、必ず耳に入る。あの家はそういう家だ。
ただし、組の内部の人員にまで伏せられた関係かがわからないため、廊下の角を利用し、一人の視界に二階堂と由比の二人が入ることがないように駿河は気を使ったのだった。
そして、先程の二階堂の発言から、強子には伏せないといけないことの確認が取れた。
「要件は?」
「中西の貸し先」
シンプルな問いにシンプルな回答で返す駿河。
「何だ。まじで聞きたかったのか?……俺はてっきり」
てっきりなんだろう。
その言葉の先に、富士崎由比と二階堂俊の関係性がある気がする。
知り合いという関係性を装っている駿河は歯がゆい気持ちでいた。
「研究員だ。ほら、あそこ、学校のそばにあるだろ、あのでっかい」
思ったより回答が遅い。
強子への回答を渋ったのは、答え自体に問題があるからじゃないのかもしれない。
「……ほら、嬢ちゃんも知っている――」
学校のそばの研究所は駿河の母の勤め先でもあった。
駿河は二階堂の言葉の先を、吉良康介と推測した。
果たして。
「――比良坂静香」
続けられた言葉は、駿河の母親の名前。
想定外の答えに絶句する駿河。
……………………は?
吉良じゃなくて、母さん?
ヤクザと?
どういうつながり?
駿河の中で湧いて出た疑問が渦巻く。
しかし、眼の前の男に母との繋がりを聞くことはあまり好ましくなかった。
その理由は二つ。
一つは話の流れから、富士崎由比が知っているはずの情報を質問する可能性が高いこと。二つ目は絞り出されるようにして出てきた言葉から、二階堂が正確に覚えていないかもしれないこと。
二階堂は、駿河にとって色々と喋ってくれる好意的な情報源だ。彼にいらぬ疑念を持たせるのは得策ではない。
駿河はその質問を言葉にしないことに決める。
「終わりか?」
二階堂の問いに、駿河はふと、ある名前を思い出す。
「いや、もうひとつ。竜胆茜って知ってる?」
「竜胆?……いや知らねえな」
残念ながら、こちらの質問は不発のようだ。
問いは終わったと認識した二階堂は、駿河に謝意を伝えた。
「嬢ちゃんには俺は感謝しているんだ
もちろん爺さんにも感謝している。
でも、嬢ちゃんのお陰で間に合った。
今、ガキの面を拝めてるのも、嬢ちゃんのおかげだ」
二階堂は富士崎由比にとても感謝していた。
いや、ヤクザと女子中学生がどういう関係なんだよ!
理由の分からない駿河は、後ろめたさと疑問で頭の中がいっぱいになっていた。
ワードで文章書いてたのですけど、なろうだと冒頭のスペースがぐちゃぐちゃになっていることに今更気づく。後でまとめて直します。orz




