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019自然不自然

「ぷ……プランキング?」

「ア スティフ」


何故か英語、しかもスラングで震えながら聞いてくる城島。

グラスを持つ手は震えており、床に水がこぼれ落ちていた。


「ディジュー キル ヒム?」

「ノーてか、何で急に英語なんだよ」


同じく英語で聞いていたワン・フー。

彼は駿河に対して蟷螂拳の構えを取る。

こちらは完全に悪ノリである。


「ああああああ、比良坂! あなたはいつも! いつも!」

「落ちケツ、きょんきょん。俺はいつ」

「な・に・か、言いました?」


唯一、日本語で聞いてきた強子だったが最終的には肉体言語になった。


マンディブル・クロー。

クローとついているが、実際には口の中に手を突っ込む荒業。アメリカのプロレスラーであるミック・フォーリーの得意技である。強子の小さな拳が駿河の口内を蹂躙する。


「おっほー。JCのイラマ」





※※ ※


強子のリムジンに戻ってきた駿河。安堵の表情で迎えた三人に、駿河はまずこれを見てくれと、スマートフォンで撮った動画を大画面のTVモニターで映して見せた。もちろん、映っていたのは比良坂邸のプラプラと揺れてた惨殺死体である。


強子はブランデーを吹き出し、呆然とモニターを見つめるとそのまま停止した。

『三銃士』の城島時男はブルブルと震えだし、同じく『三銃士』のワン・フーは強子の口から吹き出されたブランデーを舐めだした。

軽いパニックである。



駿河は立ち上がると、三人にゆっくりと説明する。

二人は大人しく聞いていたが、もうひとりは不適切な発言をしたためか、昏倒することとなった。




「警察、警察に連絡しましょう」


四人の中で唯一の良心、城島時男。通称リーダー。

彼は話を聞き、第一発見者としてすべきことを提案する。


「俺たちが殺人犯にされる」

「フルフェイスの人物が家の中にどのようにして入ったのかがわからないのでは、確かにそうなりかねません」


しかし、それは即、二人に否定される。

自分も捕まりたくはないためか、城島は案を取り下げる。


「窓のガラスを割ったとか?」

「無理。家の窓は全てクロスワイヤーが入ってる」

「では、どうやって家の中に入ったのでしょう?」


三人はフルフェイスの侵入経路について考えを出し合う。

結局のところ、こちらと同様で入り口のドアからセキュリティを外し入ったのではないかという推論に落ち着いた。



「外から死体を見つけたことにして通報するのは?」

「庭は荒れ果ててた。敷地の外からは死体は見えないと思う。庭から見つけたと言うのなら、足跡くらいは付けに戻らないといけない」

「戻りたくないでござる」


再びリーダーが警察に連絡を取れないかと発言するが、駿河に否定され、また口を閉じることとなる。




「フルフェイス! 全国のフルフェイスを捕まえましょう」

「強子。お前、実はまだ混乱しているだろ?」


話し合いがうまくまとまらないのか、突飛な意見も出てきた。


「スケープゴート。生贄を出頭させましょう」

「だから誰を……」


またまた突飛な提案。しかし、三人は少しの沈黙の後、同じ方向を見る。

三人の視線の先にいるのは昏倒しているワン・フー。



「……いやいや流石に」

「……だよな」

「……ですね」


三人は笑っているが、やや不穏な空気が流れていた。



フルフェイスの人物の手がかりは、外見の他にもう一つある。

それは那美の口からでた『茜』という名前。

しかし、その名はこのメンバーで共有されていない。


駿河が『那美が比良坂家にいた』という情報を故意に伏せているからだ。彼は理由がわかるまではこのことを言わないと決めていた。

よって、『茜』と呼びかけた人物がいないため、自然に説明するには、その名の非共有を選ばざるを得なかった。




「とにかく明日からは自然に過ごそう。死体なんて見てませんって感じで」

「どういう感じですか……」


今夜の議論を切り上げようと駿河は提案する。


「学校もいつもどおりですわね」


三人は頷き合う。


「死体の調査はしない。死体なんて見てません。だからな」

「いつから調べますの?」

「世間に知られてから、遅くても2~3日後には、死臭から警察が動くはず。

通報されている可能性もあるから、早ければ夕方くらいだと思う」


 一つの調査方針はこれで固まったことになる。

 わかったとばかりに強子は口端を上げる。



「フルフェイスの容疑者も同じタイミングにしますか」

「そもそもフルフェイスだけでは調べようがないんじゃ……」


こちらは難航しそうだと、三人揃ってため息をついた。



駿河はフルフェイスの『茜』について考えを巡らせる。


『茜』は富士崎由比と面識があり、そしてその関係は友好的ではない。中学生の少女を本気で蹴るというのは生半可な敵愾心じゃない。そもそも彼女が何者で、どのようにして比良坂邸に入ったかもわからない。

彼女があの男性を殺したのだろうか。だとしたら、何故殺害後にあのような工作をしたのだろうか。争ったような跡もどういう過程で付いたのかがわからない。そのまま受け取ると、『茜』と遺体の男性が争ったのだろうか。


現時点での情報ではこれ以上彼女の目的も動線も導くことはできない。駿河はそう結論付け、思考を切り上げる。


と、ここで彼は那美のことを思い出す。



那美が何故、比良坂邸にいたかは議論することができない。

飽くまでも那美が現在どうしているのかだけの確認。

これを聞くことは自然だろうか?

……自然だな。元彼氏だし。


深く考えずに自己解決してしまった駿河は行動に移す。


「那美ってどうしてるかな?」

「藪から棒に突然何ですか?」


不自然だったらしい。


「何か隠してませんか?その顔、見たことがあります。比良坂あなたいつもそうですよね。そもそも、事件に巻き込まれるというか事件を引き起こすあなたのその悪運は何とかなりませんの?わたくし常々思っていましたの。しかも、今回は刑事事件ですわよね。よく考えると以前にも刑事事件が会ったような気がしますが、それは気の所為としておきましょう。それで何でしたっけ。そうです。あなたに反省の色が見えないことについてです。確かにわたくしも家屋の侵入までは面白そうだって思いました。でも……」


ストレスが溜まっていたのだろう。

強子の口は止まることを知らない。


予め由比の両親には強子の家に泊まると伝えてあるため問題ない。しかし、想定以上に夜更かしさせられることは現時点で間違えないと言える。駿河は翌朝、目の下に隈を作らないかと懸念する。今の駿河はテニスや歌で注目を集めており、僅かな違いでも気づかれ、追求されるおそれがあるからだ。


「ああ、駄目だ。絶対に……明日……不自然になる……」


未だ続く強子の説教を子守唄に、駿河はウトウトと眠りに落ちかかっていた。





※※ ※



駿河は終日保健室で爆睡した。


富士崎由比の体が弱かったためか、特におかしな追求もなく、目立った点としては何人かのクラスメイトが放課のたびに様子を見に来るくらいだった。むろん、駿河は寝ているから、後になって保険医から聞いた話である。


駿河は学校からの帰り道、スマホを何度も確認する。

警察が比良坂邸の殺人事件の調査に乗り出したら連絡が入ることになっている。未だ連絡が入っていないということは、まだあの遺体が見つかっていないということだ。


旧3年1組標準装備は指紋や靴跡、汗などの体液からのDNA検査など、身元を特定する検査を多岐に渡って防ぐことができる装備である。だから、現場に証拠は乗っていないはずである。気がかりなのは、昏倒していた期間。あの期間に、例えば手袋を脱がして指紋をつけるなど細工をされてしまっていてはどうしようもない。




「ちょっといいかな?」


歩きながら思考に没頭していた駿河を呼び止める声。

どこかで聞いたことがある声に駿河は歩みをやめる。


振り返る。

立っていたのは吉良康介。

駿河の母親と同じ研究を行っていた研究員である。


女子中学生の富士崎由比に吉良康介が話しかけてきたことに疑問を覚える。



「先日はすまなかった。知らないふりをして」


先日……病院でぶつかったときを表しているのだろう。

あのときの一瞬の反応。

確かに違和感があった。


駿河は中学生と研究員、どのような知り合いなのかと勘ぐりながら、頭の中にある吉良の情報を修正する。


「そんな。それに、そういう約束でしたから……」


基本的にはふせさせられた関係。それは年齢差からも間違えない。

やつの几帳面そうな性格から、少なくとも一度は無関係を装うようにと口にしているはず。駿河は正答を模索する。


気になるのは、先日は伏せて、今は表にしたこと。

タイミングに理由があるのか。それは時間的な変化なのか、それとも人員的な変化、はたまた状況的な変化なのかもしれない。


ふと周りに目をやる。

あのときにいた中東から来たのではと思われる二人組がいない。

これはあの時からの変化のひとつだろう。


しかし、フルフェイスの『茜』といい、吉良といい、何故、富士崎由比のことを認識しているのだろうか。接点が全くわからない。


駿河は答えの出ない問いに憤りを感じる。



「あ。ああそうだね。そうだった」


吉良の回答は肯定。

これまでの会話は合格点というところだろうか。



「こちらへ」


吉良は一言告げて背を向けた。

駿河は情報を得るためにも彼についていくことを決める。


向かった先には一台の車。

ドアノブにふれるまでもなく、後部座席のドアは開き、主と客を迎える。


吉良は駿河に車へ乗ることを促す。



駿河は乗る前にちらりと運転席に目をやる。

運転手は中東人ではない。

彼らは不在なのだろうか。




連日のリムジン。昨夜のそれと異なり、革張りのソファは車の進行方向を向いていた。


「ウーロン茶くらいしか無いが良いか?」

「あ、はい」


とりあえず、緊張しているふりをすることにした駿河。

彼は昨夜、別の高級車では我が物顔で四人がけソファに寝そべったりしていた。片手にはメロンソーダにバニラアイスを浮かべて。



由比の挙動を見つめる吉良。


「あのことだが」


そして、不意に話し出す。


「あわわわわわわわわ」


バタバタしながら左右をせわしなく確認する駿河。


指示語が問題だった。


『あのこと』という指示語は『あなたも知っていること』というニュアンスを含む。そして、駿河は『あのこと』を知らない。

しかも、明らかに外で話すことをためらった。外界と隔離しての切り出しから駿河はそう捕らえる。


駿河は濁すべきと考え、挙動不審な態度を取る。

『あのこと』は私とあなただけの秘密ですよねというニュアンスを含めて。



「そうだな。すまない。どこに人の耳があるかわからないからな」


謝罪。そして肯定。ということは『あのこと』の会話は中止なのだろうか。話したいことの一つではあるが最優先ではないのかもしれない。



「あれから……胸の調子は大丈夫かい?」


一見、由比の体を気にしてのことかと思うが、話の脈絡がない。そして、『あのこと』の話を切ってまでされた話にしては、何かがおかしい。


「以前よりしっかり鼓動しています」


胸。胸部。胴部のうち腹部より上で頭部に繋がる部分をまとめてそう呼ぶ。呼吸や循環器を司る器官が多い部位だ。由比の呼吸器が問題あるという節は見られないことから、駿河は循環器のことだろうと推測した。そして胸にある循環器は心臓である。


「……それは良かった」


半ば当てずっぽうの応えだったが、当たったのだろうか。それにしては、吉良の反応は薄い。正解ではあるが、求めていた応えとは違うような。

駿河は小学生の頃、『疲れたときに座って休むものは何だ。カタカタ三文字で答えなさい』という問いに『ホテル』と書いて三角をもらったことを思い出した。


「ありがとうございます」


「……どういたしまして」


礼に関しても同様の反応。

彼が求めていた応えとは何なのだろうか。




「そうだ。突然だが、殺人鬼の暴露本を手に入れてね」


女子中学生を車に連れ込んで何を言っているのだろうかこの男。


「臓器を全部取り出して、それで遺体に飾り付けをしたらしい」


「――っ」


駿河は思わず吉良の瞳を覗き込む。

彼はじっとこちらを無機質に観察している。


この会話、明らかに昨夜の殺人現場を表している。

何故、吉良が知っている。

警察発表もなされていないはず。

少なくともつい先程まではその連絡が来ていない。


一番濃厚なのは、吉良がフルフェイスの女『茜』から状況を聞いた可能性、次点で吉良自身が昨夜のあの場にいた可能性だろうか。


『茜』の仲間と仮定して、このような話をしてきた目的は何だろう?


殺人事件を通報したのかの確認?

気にするくらいなら由比自身をどうにかする。


由比が比良坂邸にいた理由の確認?

あの場で捉えて尋問したほうが手っ取り早い。


駿河は考えるが、これという答えにいたらない。



駿河はあまりやりたくなかったが、疑問に疑問で返すことにする。


「なんでそんなことを聞くのですか?」


話の流れからすると、類似した会話は初めてのやり取りのはずだ。

であれば、由比の好みの話ではないという形で片付けることが可能と思われた。


「……いや、君も興味あるかと思ってね」


「興味あるように見えます?」


更に疑問で返す。

疑問に疑問で返す行為はあまりやりすぎるべきではない。相手を苛つかせるだけならまだ良いが、こちらが意図的に会話をやめたがっていることも伝えるからだ。


吉良に気分を害したような反応は見られない。

まるでカマキリが獲物の反応を伺うように、じっと見つめている。



……これは意図して伏せた事に気づいていると考えたほうが良い。

駿河はうまく切り返す方法を計算する。


「興味があるなら、読んでみると良い」

「……え?」


呆然と本を受け取る駿河。

たしかにそれは殺人鬼の暴露本である。

奥付を見ると発行年数は5年くらい前。


素で本の会話をしていた?


まさかの偶然の可能性に駿河の思考は停止しかかる。




「そう言えば、完全に私事なのだが」


そこへ吉良が写真をテーブルの上に大きく広げた。


写っているのは、『茜』と思われる人物。

フルフェイスの姿と素顔とがある。


赤い髪のツリ目のお姉さん。二十歳くらいだろうか。



「彼女の名前は竜胆茜、私たちは彼女達を探している」




『茜』……名前まで一致した。

『竜胆』……どこかで聞いたことがある。



 ――――『あれはリンドウではない』


……思い出した。

吉良のセリフだ。

中東人の女に向かってアラビア語で。


『吉良が竜胆茜を探している』これが本当である可能性はとても高い。今日の会話だけならフェイクの可能性もあった。しかし、病院の発言と合わせるとその可能性はほぼない。駿河がアラビア語を由比が理解できると認識しているはずがないからだ。


ということは、昨夜の現場に吉良はいなかった?


それに気になる点がある。それは『彼女達』と複数形にしていること。

『達』に那美が含まれている可能性が考えられる。吉良の立ち位置がわかるまでは竜胆茜の行方がわかっても知らせるべきではないだろう。



駿河の思考がまとまりかかったところで吉良が会話を切ろうとする。


「見かけたら連絡をほしい」


ワンクッション置くか。

駿河は障りのない情報で一当てしてみることにした。


「この人知っています」

「……本当かい?」


 驚きを隠せない吉良。


「吉良さんと会ったときに病院で」

「あ、ああ」



吉良は目に見えて落胆した。

つまり、吉良はあのとき茜が病院にいたことを既に知っていたということになる。



――『アスタラビスタ、ベイベー!』


茜が悪態をついていたのは吉良に対してかもしれない。


駿河はあのときに竜胆に石でも投げておけば良かったと後悔した。




「最近、変わったことはないか?」


吉良と話すと会話がよく飛ぶ。

自己愛が強いのだろうか。

そういう人は会話をよく飛ばすと聞いたことがある。



「変わったこと? 転校生が来たことくらいでしょうか」

「転校生?」

「アーイシャという名前の」


トントンと進んだ会話。その最後で吉良はピタリと止まる。

よく見ると、わずかに目元がヒクついている。


これは苛立ちだろうか。

吉良は本日、一度も見せなかった感情を顕にした。





※※ ※



吉良と分かれた帰り道。


強子からの連絡が入る。


『*****************』


そのままだと意味のない文字列。


旧3年1組用の暗号解読ソフトを起動するとそれが意味をなす。



『死 体 が 発 見』


『身 元 も 判 明』




どうやら、想定しうる中でも最速で事態が進展しているらしい。





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