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018夢と現実

駿河は夢を見た。



真っ赤な広い空。


真っ赤な地面。


真っ赤な壁。


真っ赤な階段。


そして、歩く真っ赤な人。



真っ赤な人は女性だろう。

長い髪に、薄い化粧をしていた。


そして、何より女性と思われる理由は彼女の着ている服。


綺羅びやかな、それでいて厳かなドレス。

それはある一点だけを除くとウェディングドレスのようだった。


真紅のように真っ赤な色。

赤はウェディングドレスでも人気の色だ。


腰から裾にかけて広がるシルエット。

ごく一般的だ。痩せているのかキレイな曲線を描いている。


胸が強調されたビスチェ。

胸元の加工は種類が多いが、これでは彼女の胸は零れ落ちそうだ。


スカートから後方に引きずられたトレーン……


そう、トレーンがおかしい。


ドレスのスカートを長く見せる広い裾。


華やかな刺繍が施されたり、可愛いフリルがつけられたりする。


古くはトレーンが長いほうが高貴だとされていた。




彼女が引きずるそのトレーンは、


艶やかな桃色をしていたが、


何故か生々しく、


模様というより、


細い何かが巻き付いているような。




なんとなく。


なんとなくだ。


なんとなーく、彼女の前方に回る。




美しいドレス姿。


だけど、


よく見ると、


ドレスに切れ目が入っていた。


縦にながーい切れ目が。




はみ出してる。




切れ目からはみ出したその何かは

彼女のスカートへと繋がっていた。



中には他に何があるんだろう。


私は後方に繋がる何かより、

中にある何かが気になった。



だから、覗いてみる。

女の人が恥ずかしがるかもしれないから、ささっと手早く覗こう。








…………なかった。


なんにもなかった。



なかった。




ふと、見上げると女性と目が合う。



どこかで見た顔だ。



どこかで……





※※ ※




意識を戻した駿河を迎えたのは月明かりだった。


夢の役割。1985年Winsonらはその理由を『記憶の再生と再処理過程で生じる』と仮説を立てた。その後、逆に『不要な記憶を消去するために見る』という説などが報告されている。古くは『明らかな生物学的意義はない』と言われていた。それらの仮説はどれが正しいか未だ証明されておらず、よって、明確な答えは出ていない。

1900年、Freudは『夢には深層心理が反映され,夢は願望を満たすためのもの』と考えたという。2008年Schredlらは夢の価値観が高いと認識されれば、覚醒時に記憶が保持されやすいと報告した。しかし、一方でREM睡眠時に覚醒することが要因として大きいと報告される例もある。


何とも言えない夢をはっきりと覚えていた駿河は、できれば願望や価値観などではなく、単純にREM睡眠時に起きただけだと信じたかった。



まだ陽は登っていない。


駿河は左腕の時計を確認する。

時刻は日付も変わって1時15分を示していた。


倒れる前の記憶――茜と呼ばれたフルフェイスの女、そして菊理くくり那美。



フルフェイスの女。先日病院で暴れていた彼女がどのようにして、何のために比良坂邸に現れたのか。それは現時点で推測することは叶わない。わかっているのは、彼女が富士崎由比と面識があるということ。そして、菊理くくり那美と同行していることの2つだけだ。付け加えるなら、富士崎由比に対して敵対的である。


駿河は思い出したかのように胸と背中に手を当てる。

多少痛むが、動けないほどではなかった。

あの後、駿河は放置されたということだろう。



菊理くくり那美。二年の月日で大人びていた。フルフェイスの女を『茜』と呼び、親しげにしていた。二人の関係性はわからないが、友好的な関係と思われる。


那美への連絡を躊躇したことが悔やまれる。

駿河は明日、いや今日にでも那美へ連絡を取ることを心に留める。



一頻り倒れる直前のことを整理すると、駿河はあたりを見回す。


倒れる前と倒れた後での周囲の変化は多く、それらはすぐに目についた。



傷だらけである。

壁も、床も、扉も、階段の手すりも。


鋭利な刃物でも振り回したのだろうか。


いや、振り回しただけではない。


駿河は廊下の床に血痕を見つけた。

それは玄関へと続いている。


争いでもあったのか。



現状を分析している駿河の鼻に臭気が運ばれてきた。


金属のような匂い。


玄関の方に向けて、

一歩、二歩と進むたびに、

その匂いは強くなる。


駿河は慎重に匂いを辿る。


匂いの先は玄関ではなくリビング。

フルフェイスが潜んでいた場所だ。


扉の角が欠けていた。

ここも傷だらけである。

どのような刃物で斬り付けられたのだろうか。



駿河は扉をくぐる。




室内には鼻にツンとくるほどキツイ匂いが充満していた。




目につくのは、対面の大きな、外に出るためのテラス戸。



そして、そこに浮かぶ月明かりを背にしたシルエット。



それは、プラプラと揺れており、



飾るように細長いものが巻き付いていた。



ぴちゃり、ぴちゃりと垂れる音。



雫の先には液体が広がっている。

そこだけは月の明かりを反射し、綺麗に赤く輝いていた。





駿河は左手のライトをそれに向ける。



そこには、一人の男が吊られていた。



「くっ……」


半ば覚悟していたにも関わらず、悲鳴を上げそうになる駿河。


彼は小さな胸を抑え、


ゆっくりと鼓動を数える。


ゆっくりと。


冷静になれと駿河は自分に言い聞かせていた。




――覚悟さえ決まれば、頭は思いの外冷えてくる。


駿河は生つばを飲み込み、男に近づく。



30代くらいだろうか。

細身で不健康そうだ。

着ているものは何度も洗濯をしているのかヘタっている。


精悍そうな顔つき。

髭はそられており、清潔感がある。

口は吊られているためか、大きく開いていた。


首を結ばれ、カーテンレールに繋げられている。

結んでいるのは何重にも巻かれたワイヤー。

細く頑丈なのか、首を傷つけている。


腹が縦に割かれている。

そこから腸を取り出され、全身に巻かれていた。


割かれた腹の中身は空。

腸以外の臓器が切断し取り出されている。


後頭部に大きな窪み。

これが直接の死因かもしれない。


レースのカーテン越しに庭に目を向ける。

二年間放置されたのか荒れ放題の庭。

隣家からの目撃は難しいだろう。



周囲を見回す。

気になったのは、ソファの下の不自然な血溜まり。


駿河は不審に思い、裏に回って確認する。


視界に入ったのは乱雑に捨てられた中身。

それの切断面は何度も刃を押し込まれたのか潰れている。




一通り、検証を終えた駿河は思考を巡らせる。



聞いていた比良坂駿河の現場と一見、状況が酷似している。


しかし、いくつかが異なる。


 一番の違いは趣味の悪いオブジェ。

わざわざこれを作ったからには理由があるはず。


見せしめ?

合図?

誰に向かって?


もう一つは、無意味に取り出された内蔵。

見つけてくれと言わんがばかりに投げ捨てられている。

比良坂駿河のときは見つかっておらず、また、移植可能な技術で切断されている。




おおよその把握が済んだところで、

駿河は自分が致命的な状況であることを認識する。


まずい。


この状態で俺が生かされた理由は容疑者に仕立て上げるためかもしれない。



そう考えた直後、もう一つの漏れている確認事項を思い出す。


地下……地下にもう一度行くか?

駄目だ。

これが工作でなく本当に争った跡だったら、

音を聞いた近隣の住人に通報されている可能性もある。

そもそも犯人に通報されている事も考えられる。

下手したら待機している強子たちも巻き込んでしまう。

今は急いで離れるべきだ。




葛藤する状況に判断を下した駿河は、足早に実家を後にした。


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