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017実家

友達の家から帰ってくるとき、

学校から帰ってくるとき、

忘れ物をして戻ってくるとき、


面倒だなと思いながらも軽い気持ちで出入りしていた玄関の扉。


駿河が比良坂駿河であれば今でも受け入れていただろうそれは、

富士崎由比である今の駿河を固く拒んでいる。


ケーブルをつなぎ、PCを操作する二人を横目に

駿河は自分が比良坂駿河でないことを寂しげな瞳で改めて再認識していた。




「こっちは完了です」

「ご褒美に蹴ってください」


思いの外、早い展開。

 慣れた手付きの二人に、駿河は素直に喜べないことを思い出す。


「そういえば、二年前はよくも邪魔してくれたな」


二年前、菊理くくり那美18歳とのデートにおいて、駿河は自宅にて性交寸前まで成功していた。それをクラス全員がかりで阻止されたのである。そのときも比良坂邸の門戸を開け放ったのもこの二人だった。


眉間に皺を寄せ、ゲシゲシと足蹴にする駿河。


「ああ、JCの蹴り」


残念なことに片方にはご褒美になっていた。

仕方ないので、駿河はもう一方を蹴る。


「なんで小生だけ!」

「こっち、こっち。カモーン」


ひとしきり蹴ると、駿河は夜中に人の家の前でやることじゃないと反省する。


「さっさと戻ってろ」


再度、二人の尻を蹴ると、駿河はドアノブに手をかける。







2年ぶりの実家の空気、それはかつて駿河を迎えていた温かいものではなく、冷たく、ややほこりっぽいものだった。


靴のソールが床に積もるホコリを潰し、ブーツの跡が白く残る。


旧3年1組の標準装備の一つである漆黒のタクティカルブーツ。そのソールは普及率の高い靴の足跡と相違ないように改造されていた。



左手にはめられたG-SHOCKに似た腕時計の竜頭を回す。

淡く輝くリング状の輪。

それは月明かりと相まって、十分な視界を確保できていた。



 靴を脱ぐと靴下の跡からDNAを採取され、特定されるおそれがある。

 そのため、駿河は靴のまま式台を上がる。



玄関の脇にあるのはカレンダー。

ページは二年前の五月六月を表している。


一歩、二歩。

駿河は歩みを進める。


左手にあるリビングの扉が開いている。

駿河が最後にこの家で過ごしたのは初夏だった。

視界に入る薄手のレースのカーテンは、そのときの姿で垂れている。


一歩、二歩。

駿河は歩みを進める。


二階へと続く階段。

その脇へと駿河は近づく。


階段脇には扉がついていた。

一見、デッドスペースを活かした収納と思われるその戸を開ける。


姿を表したのは階下に繋がる階段。

先程の二階への階段と異なり、コンクリートのような硬い素材で作られている。


カツカツカツ……


駿河は迷わず下る。



階段の先に現れたのは金属製と思われる分厚い扉。




扉の向こうはセーフルームやパニックルーム等と呼ばれる避難室。比良坂邸の地下に備えられたそれは、平時では電気水道、ガスも供給されており、簡易的なシャワーも完備しているセーフハウスと言える代物だった。



扉にはインターフォンと数字の入力パネル。

外部からの接続口の類は全く無い。



 駿河は口ずさみながら四桁の数字を入力する。


 「いい風呂……1・1・2・6っと」


パネルはずいぶん使われていなかったのだろう。

手袋の指先に白くほこりが付着する。



 OPENと点灯するのを待つ駿河。

 しかし、彼を迎えたのはEERORの表示だった。



「は?」


困惑する駿河。

この扉のパスワードは外部から変更できない。

操作するためには内部、セーフルーム内から行わなければならなかった。


パスワードを知るのは、駿河と母親だけのはず。


真っ先に駿河が思いついたのは、母親が事件後、ここのパスワードを変更したこと。失踪中に戻ってきたのか、パスワード変更してから姿を暗ましたのかはわからない。溜まったほこりから最近ではないことは確かだ。


そして、次に思いついたのは、先の案に加えて、母親がこのセーフルーム内にいること。セーフルーム内にはその目的上、長期の滞在に耐えうる食料が保存されている。加えてライフラインは供給されており二年近い滞在も可能といえば可能だ。


後者であれば、インターフォンから会話が可能。

しかし、今の駿河は比良坂駿河ではない。

富士崎由比、少女の姿で果たしてどのように会話する。

自分は比良坂駿河と主張するのか?

それは愚行だ。

モニター越しでの説得、しかも何らかの理由で姿を隠している今、応じる可能性は決して高くない。






 ゴトッ!


迷う駿河の耳に入るのは何かが倒れるような音。


セーフルームの内外は音が漏れにくい。

駿河の周りに倒れるものはない。

したがって、音は必然的に上階から聞こえてきたことになる。



家の中に入ってから、何か倒れるようなものに触れたか?


駿河は自問する。


扉を開けたため風が入り、それが原因として不安定だったものが時間を置いて倒れる可能性はゼロではない。


しかし、それが果たして、今起こりうるだろうか――



希望的観測は捨て去るべき。



様子を見に行くことを決めた駿河は左腕の上腕部から一本の金属棒を取り出す。

金具を押すと、その棒は3倍ほどに伸びた。

特殊警棒。旧3年1組の標準装備の一つである。


次に竜頭をひねり、ライトを消す。


そして目を強く瞑った。



音を立てずに深呼吸を3回。


ゆっくりと目を開ける。


先程のライトがあったときほどではないが、

明かりのない暗闇に放り込まれたほどでもない。

駿河は闇に慣らした瞳を確認する。


足元はコンクリート。

油断すると音が鳴る。

駿河は慎重に階段を上がる。



閉じられた廊下へと続く扉の隙間からわずかに光が漏れている。

それは蛍光灯のような強い光ではない。

おそらく月明かりだろう。

今日は空気が澄んでいた。



ゆっくりと、わずかに扉を開ける。

覗いた様子では、降りる前と変化はないように思える。


右手の警棒を構える。

左手で体が十分に通れるだけ扉を開く。



……何も起こらない。


地下から登ってくる人物を狙うなら、間違えなくここだろう。


駿河は少し安堵する。



一歩、二歩。

駿河は歩みを進める。


右手にはリビングへの扉。

隙間から見えるレースのカーテンはそのままだ。



――――隙間?

扉は完全に開いていたはず。



異常を認識した瞬間、駿河に向かって伸びる影。


鈍器で殴られたかのような感触が駿河の胸に突き刺さった。


「うぐっ」


肺から一気に抜ける空気。


呼吸ができない。


衝撃でむき出しそうなくらい剥いた目。


そこに写り込んだのは脚。



下方からの蹴り。


身長に低く構えていた駿河より、更に低みからの蹴り。

突き上げるように伸びた後ろ回し蹴りが駿河の胸を直撃したのだった。




斜め下方から跳ね上げられた駿河。


勢いそのままに宙に浮く。

 

視野は地面から天井へとぐるりと廻る。


駿河は痛む胸を無視して、とっさに頭を守る。


襲う衝撃。



駿河は激しい音とともに背中から廊下の壁に打ち付けられた。




「誰だ……このやろ……」


朦朧とする意識で悪態をつく駿河。



「いよう、悪いな。由比ちゃん」


耳に入ってきたのは女の声。



駿河は必死の思いで、声の元へ顔を向ける。


視界の端に捉えたのはライダースーツ姿でフルフェイスを被った女だった。



たしか……病院……

由比おれ……のことを……知って……いる?


駿河は必死に現状の分析に努めようとする。

しかし、胸と背中の痛みがそれを許さない。



「茜、大丈夫?」


続けて聞こえてくる声。

それは比良坂駿河にとって聞き覚えのある声だった。


那美!


心臓を鷲掴みにされたかの様な衝撃。


駿河は驚きのあまりなのか、肉体が限界を迎えようとしているのか、声を出すことができなかい。


二年の月日からか、肩にかかるくらいの長さだった髪は背中まで広がっている。化粧を変えたのか目が一回り大きくなっていた。そして、以前あったときよりも痩せている。しかし、彼女はまごうことなく菊理くくり那美だった。


間違えない………那美だ!

なぜ………なぜ、こんなやつと………


押してかき集めていた意識が散っていく。

駿河の意識はもう保てない段階まで低下していた。



「……れた………しってことで……しくー」


最後に聞こえてきたのはフルフェイスの女の悪態のような言葉。



 人を馬鹿にしたような口調。



 それに反応することなく、駿河の意識は沈んでいった。




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