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12/40

012ギャフン

 「0-15」


 パワーがない。スピードもない。スタミナもない。

 あまりの肉体の格差に駿河は舌打ちする。


 「0-30」


 だが、手足のコントロールは正確だ。おまけに目が良い。

 その証拠にサーブでのミスは打点の瞬間までは一度もない。

 致命的なのは握力のなさ。


 だから駿河はスピードを殺すことに決める。


 「0-30」


 代わりに加えたのはボールの回転のコントロール。

 捉える一瞬にスピンを加える。

 しかし、それも手首のスナップが弱いため、限度がある。


 手首の負担を下げるため、足りない分を全身の筋力を用いて回転を生み出す。

 幸い由比の体は柔軟であり、肉体の繊細な操作にも長けていた。


「0-40」


全身の関節から生み出される力をインパクトの瞬間の回転に集める。



雷雨の中の柳のようにしなるフォームは――


「え? ひ、15-40」


 ――赤鳶のように縦横無尽な旋回を生み出す。




 地面に当たった直後、進行方向から直角に自分から逃げるボールを見送る楠木翼。小学校2年生からテニスを習っていた彼女は、初めて見るボールの挙動に困惑する。


「30-40」


 駿河でもない。もちろん由比のものでもないプレイスタイル。

付け焼き刃だったが、思いの外この回転を重視する方法は今の駿河に適していた。


しかし、問題がないわけではない。


「でゅ、デュース」



 駿河はボールを地面につきながら、翼を見つめる。


 汗をかいてない。

呼吸を乱してもいない。


今の駿河にはスタミナがない。しかも、全身を用いる回転スタイルは体力を想定以上に消費する。関節への負荷も高い。今は大丈夫だが、時間が経過するにつれ、その優位性が失われるのは明白だ。


駿河は逡巡の迷いなく、彼女を泥沼に突き落とすことに決めた。




 楠木翼。13歳。身長およそ152cm、体重50kg弱と思われる。平均的な体格。筋力は平均よりやや高く、フォームや大きな歩幅からコートカバーは広めと想定。スプリットステップからの反応はやや遅い。努力と経験から得られたプレイスタイルは基本に忠実であり――そのため動きは読みやすい。


 彼女のラケットがボールに届くかどうかわからないギリギリを計算する。彼女には必死に球を追ってもらわないといけない。

返る球の範囲を計算する。私の動く範囲は最小限にする。そして再び彼女の届くギリギリに返す。

摩擦を計算する。湿度を計算する。空気の抵抗を計算する。回転の低減率を計算する。翼の体力の低下を計算する。己の体力の低下を計算する。


 試合の最中に得られたデータから、偏差やばらつきがどんどん低減していく。情報の確度は上がり、机上の確率が目の前の現実になる。



 「ハァハァハァ……グスッ……ハァハァ」


 気づけば、視界の中心には息も絶え絶えの翼の姿。

 彼女の全身の筋肉、特に大腿部は乳酸不足に陥り、悲鳴を上げていた。

 波打つ鼓動、流れる汗は止めどなく、おぼつかない足元は震えている。

 目尻には溜まる涙。


 周りを見渡すと、ギャラリーは呆然と目を大きく見開いていた。

 静寂に包まれた空間。


駿河は女子中学生をやり込めたという事実もあり、少し居心地が悪く感じる。



「ありがとうございました」

 「待ちなさい!」


 何故か敬語で礼だけ告げてこの場を去ろうとした駿河。

そして彼を呼び止める声。



 「テニス部に入りなさい」


 声の主は白百合まゆ15歳、本命のターゲットだった。試合を見学していたらしい。


 都合が良いとばかりに駿河は彼女との試合を取り付けようとする。



 「あの……」

 「テニス部に入りなさい」


 「白百合先輩?」

 「テニス部に入りなさい」


 「えっと……」

 「テニス部に入りなさい」


 壊れたレコードのように繰り返される言葉。


 どうやら、この世界の金持ちは自分の要望だけを貫き通す人種ばかりのようだ。


 そう思った直後に、自分も初めてのデートでは似たようなものだったかと二年前の、駿河にとっては最近の出来事を思い出し苦笑する。


 スキスキスキスキ……だっけ。


 …………


 …………


 まさかな。

 頭の中で否定しながらも、駿河は言葉を口にする。


 「ギャフンって言ってくれたら入ります。部活動は毎日とはいきま……」

 「ギャフンギャフンギャフンギャフンギャフンギャフン」



 「やべえ、こいつ昔の俺にそっくりだ」


 目的を達成した駿河はそんな感想を漏らしていた。


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