010友人
大きく大胆に赤い絵の具を滑らせる。
キャンバスに書かれていた一羽の青い鳥を中心とした風景。
その羽が、止まり木が、空が、大地が赤く染まっていく。
「どうして赤なの?」
疑問の声に少女はピタリと筆を止める。
「赤は……生き物の色だからです。内蔵も血液も……外はどんなに彩っていても生物の本質は赤でできている」
「そう……先生はよくわからないけど、画はすごく良くなっているわ」
教師と生徒との間で交わされた会話。
少女、富士埼由比は教師の言葉に少し困った顔をする。
6月11日。駿河は約ひと月もの間、富士埼由比として少しの逸脱も許さず過ごしていた。
彼がその行動に至った大きな理由は二つある。
一つは未だに捕まっていない殺人犯だ。何かの拍子に駿河が由比の中で生きていると知ったら、殺しに来る可能性がある。今の駿河に殺害現場についての記憶がないが、犯人はそれを知るすべがないからだ。
二つ目は由比の中身が駿河の記憶で意図的に書き換えられた可能性について捨てきれなかったから。その場合は富士埼由比の体は見張られていることが考えられる。目的はわからないが、確立した技術でもないだろうし、結果を確認するはずだと考えた。
しかし、このままでは停滞しているのも事実。
かといって、富士埼由比14歳が比良坂駿河・故18歳の家族や友人に近づくのも不自然極まりない。
駿河がやきもきしている中、行幸が起こる。
「あら、キレイなドレスね」
「お姉さまの誕生日パーティーに着ていく予定なの」
聞こえてきた声に胸を踊らせる駿河。
ゆっくり、ゆっくり深呼吸する。
「わたしも出席することってできないかな?」
駿河はかけた声が裏返らなかったことに安堵した。
比良坂駿河・故18歳の友達で、身を守ることもでき、秘密裏に調査することも可能。クラスメイトとの連絡はもとより、国家権力も味方になる。そんな人物は一人だけだった。
――――国会議員の孫にして娘、小泉強子19歳
彼女とのコンタクトが駿河にできる最善の方法だった。
そして、由比の友人である永田弥生14歳こと、『やーちゃん』は強子を『お姉さま』と呼ぶ親しい関係である。
やーちゃんに頼んでも良いがそれは最後の手段。駿河はできるだけ自然な形で強子19歳と接触したかった。
「白百合先輩をギャフンと言わせてくれたら良いよ」
返ってきた考えもしていなかった応えに、駿河は頭を抱えることになった。




