001告白
「好きです、やらせてください!」
運命の木。新城学園高等学校の裏手にある小高い丘にそびえ立つ樹齢百年ほどの杉の木のことだ。偉い人から寄贈されたその木は、新城学園高等学校の生徒を何百人も花粉症へと誘っていた。
そんな戦犯ものの杉の木だが、何年か前の男女がその木の元で想いを成就したため、運命の木などと仰々しい別名をつけられている。
そして、今日も一人の男子高校生が一人の女子高校生に告白?をしていた。
「は?」
やや怒声を放つ女子高校生。
健康的な小麦色の肌は制服の袖元から垣間見る白い肌とのコントラストから、陽に焼けた活発な印象を醸し出していた。
「ま、間違えた。やりたいです、やらせてくださぺぷしっ!」
「そっちを修正するなや!」
女子高校生の右フックは綺麗な弧を描き、男子高校生の顎をとらえた。
ひしゃげた顔面でその苦痛を表現する男子高校生、彼の名は比良坂駿河。今年18歳になった新城学園高等学校の高校三年生。背は180cmくらい、顔は出来は中の上といったところだろうか。こちらもやや日焼けをしており、平均的な男子高校生よりも筋肉質な見た目から、何かスポーツでもやっているような印象を受ける。
その見た目スポーツマンな彼は白目をむいて、その場に膝から崩れ落ちる。
「こらこら、あーしの許可なく勝手に死ぬな」
襟元を掴まれ、涙目の駿河君。
掴んでいる女子高生、彼女の名は菊理那美。駿河と同じ18歳、新城学園高等学校の高校三年生だ。身長は160cmくらいだろうか、駿河と比べて頭一つ分は小さなシルエット。薄く化粧された顔は若干釣り目だが整っており、明朗な性格から男女問わず人気があった。
「ほれ、TAKE2!」
「なにこれ、なんの嫌がらせ! どうせ裕太とか隠れて様子見てるんじょると!」
ショートアッパーは最短距離を駆け抜ける。
その軌道どころか起点の影も形も見えなかった駿河は空を見上げて後ろに反り返った。緑がかった汚い鼻水が宙を舞う。
比良坂駿河が菊理那美に告白した理由は、主に顔と体。
彼の悪友、皇裕太からこっそり見せられた二年次の水泳の授業の盗撮写真。そこに映っていた菊理那美の腰から尻にかけての曲線と日焼け痕のコントラスト、それが彼のアイデンティティを刺激した。
写真を見てからの駿河の勢いは凄まじく、ほぼ初対面の彼女にラブレターを書き、運命の木の元に呼び出すのに成功。ここまではよかったが、彼女を目の前に告白の台本が記憶の彼方へ飛び去ってしまったのである。
「あーしのどこが好きなの?」
「腰! ちがう、尻!」
「どっちもダメ!」
パンパンと音を立て那美の右手が往復する。手首のスナップが効いていたのか乾いた音が小気味よく響いた。
「本当なんだ。嘘はついてない。俺にどうしこかっ!」
「直球すぎるわ!」
突き刺さるリバーブロー。ボディへの攻撃は一発二発では倒れることはない。首だけで支えられている頭と違い内臓は腹筋によって守られている。しかし、肝臓を直接的に狙ったその拳は駿河の顔を歪ませるのには十分だった。
「そういうときは一目惚れとかで良いの。
一目惚れです。
はい、リピートアフターミー」
「おえっ……ひ、一目、」
その後リテイクされた告白シーン。その数43。
流石にそこまでやり直された告白は前代未聞であり、
もしこの場を見守る人がいたら、青春の一ページの覗き見というより、格闘技の観戦気分だったと思われる。
春の気まぐれな風がその場を横切り、桃色の花弁が宙を舞う。
少女の髪も春の風に乗せられる。
髪の隙間からほんのり赤く染まった耳が告白の結果を物語っていた。