一人と独りの静電気(短編版)
救いはありません。
「おい!嫌がってるだろ!こんなことしてんじゃねぇよ!!!」
そう言って俺は生徒数名の前に、校舎裏でいじめられていた子を庇うように立ちはだかった。
なんで。
その子が好きだったとかそういう特別な理由は別に無かった。ただ目の前の光景を見過ごすことができなかった。
ただ、それだけだ。
その子に対するいじめは、その日を境に無くなった。
代わりにその日を境に俺がいじめられ始めた。
靴が隠されるのは当たり前。プリントは破り捨てられ、露骨に席を離され孤独を感じさせる。
あっという間にクラスに俺の居場所はなくなっていた。
後悔はなかった。もとよりそうなるリスク込みで助けたつもりだ。
周りに相談はしなかった。そうすることが、いじめている奴らにできる抵抗だと、その時は信じてやまなかった。
そんなのはただの意地だ。なんの意味も持たない、くだらないプライド。
それでも俺は、それが正しいと思っていたんだ。
それが正しかったとか、間違っていたとか、そんなのはどうでもいいんだ。
いじめには耐えられた。自分が正しいことがわかっていたから。実際、抵抗の仕方はともかく、悪いのはいじめてきていた奴らだ。それがわかっていたから、耐えられた。
でも、それは長く続かなかった。
ある日の放課後、忘れ物を取りに教室に戻った俺は見てしまったのだ。
俺の机に、悪口の書かれた紙を入れる彼女を。
かつて俺が助けたはずの、いじめられていた彼女がいじめる側に立っているという事実は、俺の心を折るのには十分だった。
ーーーー
いじめは程なくして発覚した。俺が学校に行かず部屋に閉じこもったため、学校側で調査が行われたからだ。
でも、俺に降りかかる不幸はここで終わらなかった。
いじめとなったきっかけは、元々俺が発端、ということになったのだ。
曰く、俺がある生徒をいじめていたから、仕返しのつもりでやってしまった。俺をいじめていた奴らはそう証言したらしい。
そしてそれを、あの子は否定しなかったらしい。
俺はもちろんは否定した。当然だ。そんなの身に覚えがない。
「反省しなさい!!このバカっ!!」
「あんた、最っ低だね」
母と一個下の妹は信じてくれなかった。父は数年前に死んだ。生きていたら味方についてくれただろうか。俺の言うことを信じてくれただろうか。
泣き寝入りしかできなかった。だって、何を言っても信じてもらえないんだから。家族だってそうなら、他の人だってそうに決まっている。
それが3年前、中学1年の夏の出来事。この出来事を境に、俺は人を信じるのが怖くなってしまった。
だから自分を偽ることにした。最初から、人を信じるのをやめた。
裏切られるぐらいなら、親しくなんてならないほうがいい。
髪を目元まで伸ばし、マスクを常に付け表情を隠した。
高校2年生になった俺は、こうして学校生活を送っていた。
中学はほとんど不登校だった俺は、それでも必死に勉強を頑張った。その甲斐あって、なんとか県内でも進学校と言われているこの高校に入学できた。
入学にあたって、親には反対された。代わりに通信制の高校に通うことを勧められた。それでも俺の模試の成績を見て思うところがあったのか、入学を許してくれた。
あれから親子の仲は最悪と言っていいものだった。お互いに、不干渉。そんな息子と関わるのが嫌なのか、一人暮らしをしたいと言ったら、割とあっさり許してくれた。妹も何も言わなかった。きっと煙たがられていたんだろう。
今の俺はバイトと学業の二足の草鞋。遊ぶ時間とかはほとんどなかった。
遊ぶ相手もいないんだけどな。
誰とも会話せずに学校が終わる。学校から離れたコンビニでバイトをして、帰れば勉強。そんなつまらない毎日を送っていた。
それでも、あの不登校の日々と比べればなんでもない。
これ以上は望まない。望めない。怖いから。
だけどそんな俺の日々は、ある日を境に一変することとなった。
「今日から転入することになった園田恵美です!よろしくお願いします!!」
見間違えるはずが、無かった。
ずいぶん見た目は変わったと思う。一言で言えば、綺麗になった。見違えるようだった。
でも、俺は一目見て思い出してしまう。あの辛い日々を。忌々しい過去の記憶を思い出してしまった。
かつて俺がいじめから助け、俺をいじめていたのは彼女が転入してきた。
「「えっ?」」
しまった。目があった。彼女は驚きに目を見開いていた。
彼女同様、俺もかなり容姿は変わってあるはずなんだが、気づかれてしまっただろうか。
「どうしました?」
「あっ、先生。い、いえ。何でもないです」
そう言って彼女は、自分にあてがわれた席に着いた。
ーーー
一週間が経った。その間、俺と彼女が関わりあうことは何もなかった。
やはり気づかれたと思ったのは気のせいだっただろうか。ならいいんだけど、どうも嫌な予感は消えてくれない。
彼女は早くもクラスに馴染んでいた。いわゆるトップカースト。そんなグループの輪に混じって、今も友人たちと談笑していた。
片や人気者。片や俺は。なんか情けなくなってきた。
けれども、向こうが何もしてこないなら俺も何かをする気はない。平穏が続くなら、それ以上俺は何も望まない。
ーーー
彼女が転入してきた二週間が経った頃のこと。事件は起きた。いや、シチュエーション的にそれは事故といった方が正しいかもしれない。
「「あっ」」
教室の角にて、彼女と鉢合わせてしまった。
お互い気まずい雰囲気のまま、固まってしまう。
やはり、気づいているのではないかと、そう思えてならなかった。そんな表情を彼女は見せていたからだ。
「ごめんなさい」
空気に耐えきれなくなって、俺は謝罪を挟んでその場を離れようとした。
「あっ!ま、待って!!」
その時、その場を離れようとした俺の手を、彼女は引き止めるように掴んだ。彼女にしては、大したことじゃなかったかもしれない。
「っ!!!触るなっ!!」
でも俺にはそうじゃなかった。俺は反射的にその手を払ってしまった。
「っ!」
そんな俺に、彼女は怯えるような仕草で、一歩その場を後ずさった。そしてぺタンと、その場に座り込んでしまった。
俺は今どんな顔をしているだろうか。怒った顔か?それとも,泣きそうになっているのか?昂った感情下では、そんな自己分析もままならなかった。
(終わった)
どこか客観的に、どこか他人事のようにそう思った。
大勢の人間が見ていた。きっとまた、あの頃に戻ってしまうと、それが俺にはわかってしまった。
仕方ないじゃないか。俺だって悔しかったんだ。彼女に対して、俺は劣等感を感じていたんだ。
あの時からずいぶん変わった彼女を見て、「何でお前が」って。
気にしないふりしたって、負の感情は常に俺の中に渦巻いていたんだ。
「あっ!ま、待って」
俺はその場を逃げ出した。耐えられなかった。これ以上あそこにいたら、それこそ止まれなくなる。
結局その日は早退した。荷物も持たず、俺はその場を逃げ出したのだった。
ーーー
それから一週間。俺は学校を休んだ。また不登校に元通りだ。
でも、高校は中学とは違う。このままでは待っているのは退学処分だ。
それに今回は、以前と違っていじめはない。学校側に俺を鑑みる理由は存在しないのだ。だからどこかのタイミングで学校には行かなければいけないのだが。
(だめだ、怖い)
怖かった。またあの日々が始まると思うと、俺に一歩踏み出せるだけの勇気はなかった。
結局その日も学校には行かなかった。
ーーー
「どうしたの、お兄ちゃん……?」
翌日、俺の家を訪れたのは、妹だった。どうやら学校から俺が一週間休んであることを聞いて、様子を見にきたらしい。母は仕事で来れなかったらしい。
「別に、体調が悪いだけだ」
「嘘つかないでよ。学校で何かあったの?」
嘘は分かるらしい。本当のことは信じてくれなかったくせにな。
「うるさいな。関係ないだろ」
「か、関係ないって何よ。そんな他人みたいに言わないでよ……」
そうだな。はっきり言わせてもらうか。
「帰ってくれ。過度に関わらないでくれよ、迷惑だから」
「なっ!そ、そんなこと言わないでよ!!何でよお兄ちゃん!」
久しぶりに聞いたな。お兄ちゃんって。あの日を境に言わなくなったくせにな。
幸は泣いていた。それを見て思ったのは、ふざけるなってこと。泣きたいのはこっちだっての。
程なくして幸は帰った。去り際に、また来るからと言って。
どんよりとした空気の残る部屋で、俺はカップ麺にお湯を注いで、無言で食べた。
ーーー
彼が学校に来なくなってから、一週間が経った。理由はわかってる。どう考えたって私のせいだ。
手を振り払われた時、当然だと思った。彼にお礼を言う資格すらない事実に、改めて打ちのめされはしたけれど。
転入してきた日、彼を見た時は心底驚いた。転入してきた理由は、親の転勤が理由だ。まさか、こんな偶然があるものなんて。
クラスには早く馴染むことができた。
それもこれも全部、元を辿れば彼のおかげだというのに、私はそのお礼すら一週間の間に言うことができなかった。
私は中学の頃からずいぶんと変わった自覚がある。
容姿にも注意を払うようになったし、自分磨きも怠らないようにしてきた。
それでも、彼を裏切った性根は簡単には治らなかったようだ。
当然か。なぜなら私は一度逃げているからだ。
謝罪ができなかったのではない。しようと思えば機会はたくさんあったはず。
要するに私は逃げていたのだ。
あの日、いじめられていた私を助けてくれた彼に、周りに脅されたからといっても、決して許されないことをしてしまった。
それなのに私は彼がいなくなった学校で、まるで被害者ヅラしてのうのうと生きてきた。
彼の態度から、勝手にあの時のことを無かったことにした。彼が追及してこなかったことに、甘えていたんだ。
結果、事態は最悪に。あろうことか彼の善意にすら応えることができなかった。
これで2度彼を裏切ってしまったことになる。単に数だけでは測りきれない罪が私にはある。
私には償いをする責任がある。自己満足かもしれないし、単に迷惑かもしれないが。
もう一度彼に会わなければ。
ーーー
「彼は悪くないんです。実は昔にーー」
手始めに、私はクラスメイトの前で自分の罪を告白した。あの場面を見ただけでは、きっと彼が誤解されてしまう。
そうなれば彼には居場所がなくなってしまう。絶対にそれは避けなければいけない。
思いの外、話は簡単に信じてもらえた。
わざわざ自分を落としてまで、彼の味方をする必要がないと、そういう経緯で信じてもらえた。
彼の名誉は、守ることができた。
でも、肝心の彼は学校にはこなかった。連絡しようにも、彼の連絡先を持っている生徒はいなかった。
いよいよ残された手は、直接家に行くことしかないが、個人情報として住所は教えてもらえなかった。そもそも、休み始めて一週間だ。体調不良なら、まだありえない長さじゃない。
特別に教えてもらえたことだが、彼は一人暮らしらしい。親御さんには連絡が入れてあり、様子を見に行ってくれているようだ。
私の不安は募るばかりだった。
ーーー
「家の事情で転校することになりました」
さらに一週間が経ったある日だった。ホームルームで先生はそう告げた。
私の中で、何かが崩れ落ちる音がした。同時に、後悔が襲いかかってくる。
まただ。また私は間違えた。かつて私のことを思って行動してくれた人を、また裏切った。
転入してきた日に、謝れていれば。彼の態度に甘えて、のうのうと生活していなければ。
裏切ったのは私なのに、彼よりいい学校生活を送る資格なんて、私にはなかったのに。
後悔が押し寄せてくる。でもそれを取り払える唯一の人間は、もう会うことは叶わなくなってしまった。
ーーー
「だから言ったでしょう。あんたには無理だって」
「ちょっとお母さん・・・。そんな言い方しなくても・・・」
「ーーはい」
俺が学校に行かなくなってから10日。俺は実家に帰って来ていた。
自分からではない。親に呼び戻されたのだ。
「これからは通信制にしなさい。世間体が悪いから形だけでも高校は出てちょうだい」
「ーーはい」
もう、何かを言い返す気力もなかった。
自分がここまで弱いことを、俺は忘れていた。少しはうまくやれているつもりだったけど、いざ彼女が目の前にくると、負の感情を抑えきれなかった。
もう、あそこに戻るのは俺には無理だ。大人しく親の言うことを聞いておけばよかったんだ。
別に彼女を恨んじゃいない。きっと彼女にだって俺をいじめるにたる理由があったんだろう。それも大体は予想がつく。
でも、理屈と感情は別だ。理解できるから、それが許せるかと言ったら、俺にはできなかった。
その様が、これ。
今だって自分が悪いとは思っていない。でも、もっと上手くできたんじゃないかって、周りの態度がそう思わせるんだ。
部屋を出ていく母の顔には、明らかに失望が浮かんでいた。やっぱり俺は、堂々と生きていくには不器用すぎたらしい。
「・・・お兄ちゃん。・・大丈夫?」
幸が心配して顔を覗いてくる。
ああ、だめだ。これにだって、俺は「今更何を言っているんだ」なんて思ってしまう。
人の優しさすら、俺には受け止めることができない。
俺は、誰よりも出来損ないだったみたいだ。
「・・・・・」
「っ!!お兄ちゃ・・・」
俺は幸を無視して横を通り過ぎた。呼び止める声も気にせず、そのまま家を出た。
外はもう暗くなっていた。ただ一人、世界に取り残されたようだった。
きっとそれは、間違っていないーー
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