第五出動 月花解放プロジェクト、始動! ⑥
「みんな――その、お願い。大平さんを攻めないで。私のために、やってくれたこと、だから」
月花の懇願に教室内は一瞬静まり返るが、
「そうだよな……」
「だからって他にやり方はあったろ。時雨さんが嫌な思いをしたのは事実だ。利口なやり方なら他にいくらだって――」
クラスメイトたちの反応は賛否両論だ。再び大平への苦言を語りはじめた者もいる。
――すると。
「「「!?」」」
ドカンとけたたましい衝撃音が教室全体に響き渡った。
全員が一斉に音の出所を見ると、銀次が自分の机を蹴り倒していた。
「時雨の告白は失敗に終わった。大平の行動も褒められたモンじゃねぇし、他にやりようがあったのは確かだ」
銀次はクラスメイト全員に視線を流す。
「けどな――」
右足を倒れた机に置き、鋭い眼光で、
「何もしねぇ連中が、何かを成し遂げようと足掻いた奴らを安全圏から叩くのはお門違いだ!! 文句あんなら、同じ土俵に上がってきやがれってんだ!!」
渾身の怒声を上げた。
大平の悪口でざわついていた生徒たちは全員口をつぐんだ。
「――時雨! 言いたいことがあんなら今この場でぶちまけてやれ!」
月花はこくんと頷き、大平の席まで歩み寄った。
一同の視線が月花と大平に集まる。
「大平さんは、確かに乱暴なことをしてくれたよ。それがきっかけで私は失恋した。はじめから成就するはずもなかった相手に玉砕したよ。滑稽だよね」
月花は道化のように自虐的に笑う。
「けれど、同時に失恋のほろ苦さを教えてくれた。結果云々はどうであれ、勇気を出して、自身の言葉を相手にぶつけることの大切さを教えてくれた」
大平の行動がなければ何一つ経験できなかったことだ。
「クラスでの自分の評判に傷がつくと分かっているのに、私のために、賽を投げてくれた」
彼女のやり方は銀次と同様、自らが泥を被るやり口なのが歯がゆいが、それでも感謝の気持ちを抱くことを厭わない。
「私は感謝してる。おかげで、以前よりも、自己主張ができるようになった。私に足りなかった部分を教えてくれて、そこを克服したいと思わせてくれた」
大平の煽りは月花の心に火をつけたのだ。
「まぁでも、確かに? クラスのみんなが言う通り――」
ここで月花はいたずらっぽい笑みを浮かべて、
「大平さんって、女王様気質で性格悪いよね」
大平を指差して、はっきりと述べた。
「なっ――」
月花からの思わぬ口撃を受けた大平は口をわなわなさせて動揺している。
かつての二人とは立場が逆転していた。
「ふふっ、仕返し」
月花は再度いたずらっぽく微笑んで、大平の鼻先を指で軽く触れた。
けれど、目的は大平に意趣返しして懲らしめることではない。
大平は顔を赤くして唇を噛んで、
「なによ……あんた、時雨さんのくせに生意気……ムカつく」
普段通りの強気な声色ではなく、か細い声で言葉を絞り出した。
「それでも、悪いところはハッキリ駄目だと言ってくれて、落ち込んでる時は激励もして寄り添ってくれる――そんな人、今までいなかった」
「い、いや、私はさ――」
「だから私は、大平さんにお願いがあります。お、大平さん。こんな私ですが、お友達になってくれませんか――?」
「は、はぁ?」
月花の告白のような言い回しに、大平は耳まで真っ赤になっている。
「ふ、ふん。勝手にしなさい!」
「じゃあ、勝手にするね」
月花の顔からは眩いばかりの笑顔が弾けた。
それは陽だまりよりも暖かくて、今現在が冬であることを忘れさせてしまうほどの光に満ちていた。
青春って、時には痛くて苦しくて、毎日常にハッピーとはいかないけれど、自分の行動次第でどんな日々になるかは変わってくる。
「はぁ。バレてんじゃ誤魔化しても意味がないわね」
観念した大平は大きく溜息を吐いた。
「そう、ね。私はあんたに複雑な気持ちを抱いてたわ。愛憎と言ってもいいくらいにね」
「やっぱり、そうだったんだ」
月花もうすうす勘づいてはいたが、大平には二面性がある。月花憎しで攻撃する一面と、彼女の性格に同情し寄り添ってくれる一面。
「あんたの言う通り、私の一番の主張はあんたには傷ついてでも戦う度胸を身につけてほしかったのよ」
大平は心情を吐露しはじめる。
「女は愛嬌って言うけれど、あんたはそんなガラじゃないじゃない? 度胸の方が性に合ってると思ったのよ。まぁ、結果的にはお節介の押しつけになっちゃったけど」
「そんな、お節介だなんて」
大平の持論に月花は首を横に振る。迷惑だったなんて、今はこれっぽっちも思っていない。
「自立してほしかった。困難に立ち向かう強さを身につけてほしかった」
大平の本心がついに露わとなった。
「あんたが立川君にホの字だと気づいたのは、前に図書室に行った時よ」
○○○
以前、本を借りに図書室に行ったのよ。
お目当ての本を見つけたので受付の図書委員のところまで持っていった。
――その時、
(視線を感じるわね)
後ろを振り向くと、
(時雨さんか)
時雨さんがこっちを見ていた。
いや。
見ているのは、図書委員の立川くんだ。
時雨さんは立川くんに熱視線を送ってることに気づいたわ。
(なるほど、ははーん。そういうことか)
あれは、誰がどう見ても恋する乙女の視線よね。
高嶺の花の恋愛事情、面白そうじゃない。
――けど。
(全然進展ないじゃない。時雨さんはなに足踏みしてんのよ)
友達でもなんでもない、むしろ憎たらしい子のことなのに、歯がゆい気持ちになっている自分がいた。
(高嶺の花なら動けばイチコロでしょうに――)
そこまで思って、気がついた。
高嶺の花だから動けないんじゃ?
高嶺の花だから、誰とも触れ合えないんじゃ?
「ねぇ、立川くん」
「ん?」
だったら、高嶺の花じゃなくて。もっと親しみやすい存在に変われば。
道端に咲く花であれば、他人と関わる機会に恵まれるかもしれない。
あわよくばタンポポの種にでもなれれば、様々な可能性が生まれる。
「時雨さんってよく図書室にいるよね」
「そうだね」
私は本を返すついでに立川くんに話しかけた。剣道部の同士なので彼に話しかけることに抵抗はなかった。
「あの子、どう思う?」
「中学からの知り合いだけど、いい子だと思うよ」
立川くんは彼らしい穏やかな笑みを浮かべた。
「――ただ」
「ただ?」
でも、すぐに心配そうな面持ちで時雨さんを一瞥した。
「誰かと深い関係になることに対して臆病になってる節があって、そこが心配だな」
「……そっか」
もしかしてあの子、中学の頃から立川くんのことを……?
あの子が、一歩踏み出すきっかけになれば。
ううん。
踏み出すどころか、私が思いっきり押して足を無理矢理動かしてやるんだ。
高嶺の花は誰も触れられない場所に佇んでるから一人ぼっちなんだ。
スカした花は、誰とも戯れずに枯れてしまうんだから。
そうなる前に、私が――
●●●