第五出動 月花解放プロジェクト、始動! ②
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翌朝の六時少し前。
冬が近い朝方の気温は冷えとともに肌に痛覚まで与えてくる。
制服姿だと「未成年です」と大っぴらにアピールしてるも同然でさすがにまずいので、銀次と優の二人は私服で現場に赴いた。
二人の視界に入っているのは『ももいろヘルス』。
看板からはまばゆいネオンの光線が自己主張強めに放たれている。
銀次は月花の母親の名刺と、参考がてら写メをもらっている。
店の近くの建物横で屈んで張っているのは、当然月花母が目的だ。
「だから村野は連れてこなかったのか」
「賑やかしのあいつがいたらうるさくて時雨の母親を見逃す可能性があるからな」
村野ワールド全開のトークショーはツッコミどころ満載で、店に向けた集中力が切れて月花母を見逃す懸念があった。
「君一人でよかったんじゃないの?」
「二人の方が見逃す確率が下がるし、それにほら、道連れってヤツよ。罰だからよ」
「とんでもない奴だな……」
銀次の物言いにげんなりした優は眠気のせいで普段の毒が口から出てこなかった。
「そろそろ出てくる頃だとは思うが……」
銀次が『ももいろヘルス』の営業時間を調べたところ、終了時間は午前六時と表記されていた。
「ちょくちょく女の人が出てきたね」
「だが、時雨の母親じゃねぇ」
六時を回ると店からは退勤した女性がちらほら出てくるが、肝心の月花母はいない。
「おい、まさか見逃したんじゃないだろうな?」
七時を回った頃、業を煮やした優が銀次に詰問した。
「あ? だったら連帯責任だろ。一方的に批判すんじゃねぇ」
二人小声で言い争っていると――
「あなたたち、ストーカー?」
一人の女性が二人の前で仁王立ちになっていた。
少しきつめな、表現を変えるとクールビューティーな顔立ちの女性だ。
見た目だけでは風俗嬢とはとても思えなかった。パンツスーツの出で立ちはどちらかと言えば事務方の雰囲気を醸し出している。近頃の風俗嬢はこんな感じなのだろうか。
銀次はスマホの画像と女性を見比べて、
(この人が時雨の母親だ)
(ほう。写真よりも実物の方が美人だな)
優と小声でささやき合った。
「何をコソコソ話してるの?」
月花母が二人の眼前までやってきたものだから、勢いにビビった優は両手をパタパタさせた。
「僕たちは高校生ですよ。ストーカーならおばさんなんかじゃなくて若い子にしますよ」
「お、おいっ……!?」
「むぐぅ!?」
優の毒舌が炸裂し、銀次は失言した彼の口を覆う。
「警察に通報した方がよさそうね」
月花母はおばさん呼ばわりされたことは意にも介さずに鞄からスマホを取り出した。
「いえいえ俺――僕たち、怪しいものじゃないんですぅ!」
「ク、クリフィア学院の生徒です」
クリフィア学院というワードに、スマホを動かす手が止まる。
「クリフィアの生徒が私に何の用かしら?」
「僕らは月花さんのクラスメイトです」
「あら、月花の……」
娘の名前を耳に入れた月花母はスマホを鞄にしまった。
「お母さんに聞きたいことがあって待ってました」
「私に?」
銀次は月花母の涼しくも鋭い視線に怯むことなく口を開いた。
「お母さんは自分の娘に興味がないんですか?」
想定外な質問だったのか、月花母の視線は鋭利さを失った。
「藪から棒な質問ね」
「差し出がましいようですが、お母さんがやってることはネグレクトだと思いますよ。もっと自分の娘さんと真摯に向き合ってくれませんか。飯を食わせて体を大きくさせるだけが母親の役割じゃないでしょ」
「ウチの事情も知らないくせに、ネグレクトとはずいぶんな放言ね」
銀次の持論の押し付けに、月花母の眉がぴくりと軽く跳ねた。
「そもそも、あなたにお母さんとは呼ばれたくないわね」
「僕もそう思ってたところです。おばさんが妥当でしょう」
「……それも癪ね」
優がドヤ顔で断言するものだから、月花母は気の抜けた顔で、
「私は時雨四季よ」
自らの名を名乗った。
「四季――そういや名刺に書いてあったわ」
「忘れてたのかよ。だから橋本は――」
「なんであなたがそれを持ってるの?」
四季は銀次の手にある自身の名前が刻まれた名刺に視線を送りながら問う。
「月花さんの友人として、どうしても四季さんからお話を聞きたくて娘さんに借りました」
「――そう。で、質問の答えだけど、親が子のことを考えるのは当然でしょ?」
銀次の質問に答える四季の言葉は怒気がこもっていた。
「口ではなんとでも言えますよ」
「……そうね。確かに私には持論を証明する術は持ち合わせていない」
銀次の反論に、四季はあっさりと折れた。
「けれど、他所の家族にどうこう言うのも違うと思うけれど」
「確かに」
頷いたのは銀次ではなく優だった。
「もういいでしょ? 仕事終わりで疲れてるからそろそろ帰るわね」
「仕事が仕事だけに突っ込んだ話はやめておきましょう」
「おい!」
銀次は意味ありげに笑う優の胸を叩いた。
「家まで追いかけてこないでしょうね?」
「そんなに暇じゃないんで」
優が手を振ると四季は二人に背を向けて歩き去った。
四季を見送ると、
「テメェ、マジで空気読めねぇな。もはや天然の域だろ」
「僕は嘘が吐けない素直な人間なんでね」
銀次は優の物言いに反論したい気持ちをグッとこらえて思考を巡らせる。
「あの感じならちょっとした調味料で化学反応が起こせそうだな」
四季の口から月花への想いが吐かれることはなかった。彼女が語ったのは単なる一般論だけだった。
だが銀次は一寸の光が残っているとみた。
「他所の家庭に口出しするのはナンセンスだぞ、橋本」
「分かってる。だから間接的にちょっかい出す」
「結局干渉するんだよなぁ……」
銀次の獲物を狙うような挑戦的な笑みに、優は呆れた形相になった。
「四季さんが時雨の元まで来ざるを得ない作戦を考えるぞ。テメェも手伝え」
「なんで僕まで……」
「テメェ、ここでいいところ見せないとワーストレンジャーの一員としては最低評価だぞ」
「む……」
「さいっていなお荷物メンバーだ。まぁ? できねぇなら? 無理にとは言わねぇけど」
優も今のところワーストレンジャーとしてほとんど貢献していないと自覚していた。
「分かったよ。あまり僕を舐めてくれるな」
人差し指で眼鏡のブリッジ部分を二回押し上げると、優は瞳孔を光らせた。
優の協力を得た銀次は一気に身体中から力が抜けた。
「それにしても、あー眠ぃ」
「それは僕の台詞だ。まったく、付き合いきれないよ」
銀次と優は二人してあくびを繰り返しながら自宅へと帰った。
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そして。
作戦決行の時は来たり。
今日は四季がオフの日だ。自宅にいることは月花が確認した。
ワーストレンジャーの面々は公園に集結している。
午後九時。気温も下がり、吐く息は白い。四季も起きている時間帯だ。
「お母さん、来るかな……」
「必ず来る。俺が保証する」
銀次には四季が舞台に上がってくる確信があった。
月花には家を出る前に母親に一通のNINEを送ってもらった。これだけで作戦の半分は完了だ。
「月花、これを装備しろ。わたしの魔力が宿っている」
「ありがとう、百瀬さん」
月花は真紀が用意したモノを受け取った。
冷えた夜の公園で待つことしばし――
「……主賓のお出ましだ」
「うそ――」
「はぁ、はぁ……月花!」
血相を変えた四季が公園まで走ってきた。
吐く息が白いほど気温が低いにも関わらず、四季の顔からは汗が流れている。
「お母さん……」
「つき――あなただったのね。月花の友達の男の子っていうのは」
母親はキッと銀次を睨む。
そう。
銀次の指示で、月花には「友達の男の子から公園に呼び出されたので行ってくるね」とNINEで送ってもらっていたのだ。
四季が公園まで駆けつけてきたのはNINEに反応したからだ。
「ゲヘ――月花ちゃーん。オレたちと楽しい遊びしよ~」
鉄平がわざとらしくアホなチャラ男を演じるが、演技ではなく地なのではと思わせてくるから大したものだ。
鉄平の隣に立つ銀次は月花にガンを飛ばす。
「時雨……お前、母親にチクりやがったな!?」
「だって、帰りが遅くなるかもだったから……」
「こいつはお前のことなんか全然心配してねぇよ! そんな奴に余計な情報を与えるな!」
銀次は四季を指差して怒声を上げた。
「でも」
「でもじゃねぇ! ったく、お前うぜーんだよ!!」
顔を真っ赤にした銀次はそう吐き捨てると、月花の腹部に蹴りを入れた。
「――っ! 月花! 月花ぁっ!!」
蹴りを入れられた月花は地面に倒れ、その場でうずくまった。