Clerk
「ところで本題に戻りますが、クレオさんにはご連絡を?」
麺を器用に吸いながら、彼はひと息ついた。用意されていた冷水を飲み干す。
「それに関してはもう連絡済みだ。当たり前だろう。彼も、その手の話であればお安い御用と胸を張っていたよ。どうやらITとやらに強いらしい。なんとも昨今の流行はパソコンやスマートフォン等の機械を十分に触れることらしいからね。我々みたいな、使いこなすのがやっとな年寄りには辛い世の中になりつつあるよ。おや、どうしたんだい?そんな苦虫を噛んだような顔をして」
話を聞きながら、わたしはゼァマを食そうとスープを一口いただいたのだが、これが酸っぱいどころの問題ではなかった。レモンをまるごと口に含み、そのまま噛み絞ったかのような強烈な酸味である。
口直しに冷水を飲んでから、わたしは口を開く。
「……すみません、あまりの味にもはや痛みさえ感じてしまいました」
「ええ?僕はそれほどでもなかったがなあ。君は酸っぱいものが苦手なんじゃないかい?現代における吸血鬼というタイトルで論文を出そうかなあ!」
嫌なところを見られてしまったものだ。
普段からこのようにおしゃべりな彼だが、世間話が大変好きなように見える。何年ものとなりを歩いてきたが、口を開けば七割がどうでもよい話ばかりなのである。一時期、聞いているふりをして適当に相づちを打っていたら大変怒られてしまったことがある。しばらく立腹していたが、三日も経たぬうちに平然といつものごとくおしゃべりをしだした時には、わたしは呆れてしまった。
「そういえば。クレオさんはどのような噂を流したのでしょう?」
押され気味であった世論を巻き返したくらいだ。さぞ都合の良い相手の不祥事があったに違いない。
ロスは鞄からスマートフォンをとりだし、わたしにも見えるようテーブルの中央に置いた。画面には先ほどミハイルにも見せたグラフが載ったページが開かれている。支持数が39%辺りにまで上がっていた。
「いい調子ですね」
わたしがコメントとすると、画面はつぎに若者が集うSNSへと変わった。そこにはニュース記事の引用やら、それに対するコメント、誹謗中傷、賛美などさまざまなものが混ざり合っていた。
「これを見てくれ。この記事。もちろんこの個人サイトはクレオが急遽、今日作ったものだが不思議なことにみなこのサイトが昔からあったかのようなに利用している。疑う人はいない。おかげで記事はどんどん拡散されていっている。肝心の内容だが、僕はここに来るまでに実はいろいろ考えていたんだ。というのも対抗馬のアレキサンダーという男、どこかで見覚えがあると思ったら我々の住む街、ピエモンテ州の役所に勤める公務員だったんだ。話したことはないが一時期、役所にお世話になっていた時に必ずいたんだよ。イタリア人でもないのに、なぜそこにいたのか。そう彼には隠したいことがあったんだ。それをクレオに伝えて記事にしてもらったしだいさ」
と、白髪のまじった髭のはやした店員が会計レジから出てきて我々の前に立った。
恐らく話を聞いていたのだろう。店員はあごを掻きながらなにか言いだけな顔をしていた。
「もしかしてもう閉店かい?」
ロスが遮るように、目の前に棒立ちする店員に言った。
「いやあ……そうじゃあないが…」
どもっている。恐らく言うか否か悩んでいたのだが、それより先に足が動いてしまったのだろう。
「言いたいことがあるならば早く言いたまえ。別に誰も起こりやしない。そもそも我々はそんな独裁者でもなければ、王様でもないんだからね」
それを聞いて安心したのか、店員はゆっくり話し始めた。