Eating
ミハイルと別れたあと、我々はキシナウの街を散策していた。街は意外にも清潔で、むしろどこか寂しさを感じさせるほどであった。連邦崩壊後にロシア側が建てた建築物のせいだろうか。
しばらく、街を歩く際に迷子にならぬよう地図を見ながら歩いていたのだが、ここ一帯がまるで碁盤のように区画整理されていた。そのおかげもあって道が入り組んでいないので自分たちがどこにいるのか一目でわかった。
と、ナイフとフォークの絵が描かれた看板が立てかけてある建物の前でロスが立ち止まる。
「腹が減ったことだし、飯にでもしようかね!」
あくまで仕事で来ているというのに、彼の目は観光客そのもののキラキラと輝いていた。依頼の方は大丈夫だろうかという緊張すら吹っ飛んでしまいそうである。
わたしは念のためレストランを外から怪しまれぬていどにのぞき込んだ。
中はがらんとしており、客らしい人物は一人もいない。それもそのはず、この通りは人が少ない。観光客が来るような大通りでもない、ましてや賑わいの中心からはずれた端に位置するこんな場所に、飲食店を構える店主の頭を疑うくらいだ。会計カウンターに居座る中年の店員はひまなのか読書に熱中している。
「人がいないという点では大丈夫ですが、もし仮に例の話をするとしたら店員に丸聞こえになりますよ」
ノルウェーの公園とは違って逆に人がいなさすぎるのは、かえって危険なのではないかと彼の教えから学んだ。
「話をしたところで信ずる奴なぞいないだろう。さあ入るぞ。腹が減っては戦はできん」
しかし、よほど空腹なのかロスは若干苛ついていた。仕方ないのでわたしも続いて入店する。
完全に自室で趣味を楽しんでいるような状態の店員が慌てて、入ってきた客ーーわたし達に席を案内し、メニュー表を持ってきた。
「ああ、読めないな。都市部とはいえさすがに観光地から外れたら英語では書いていないか」
彼が落胆するのでわたしもメニュー表を見たが、よく分からない言語の下部に小さく英語表記されたメニューが書かれていた。
「あの……普通に書いてますけど、目見えてますか。もしやお疲れです?」
「ああ、書いてあったか。どれどれ……いやあ。ふむ。あー…読めないな」
はじめ英語がとつぜん読めなくなったのかと焦ったが、どうやら字が小さすぎて見えなかったようだ。必死に目を凝らして懸命に読もうとする様は、少しばかり笑えた。
「これなんかどうでしょう」
「どれだい。写真もないから分からん。とにかくなんでもいいから早く頼んでくれ」
わたしはあなたの召使いではないのだが、と言いたいがこれが初めてではないのでもう幾年もまえに言うのを諦めた。
店員に注文をし、三十分も経たないくらいで料理は運ばれてきた。その頃にはもう日は沈み、辺りは街灯の明かりで包まれていた。投票締め切りまであと四日になる。
「わあ!これはなんだい?初めて見るよ。これはヌードルスープ?美味そうだ」
運ばれてきた料理を見てワイワイはしゃぐ姿はまるで観光客というよりかは子供のようだった。しかしスープを口に入れた瞬間、彼はむせた。
「すっぱい!なんだこの異常なほどの酸味は!しかし、あっさりしているから非常に食べやすいな。すぐに食べ切ってしまいそうだ」
「ゼァマという郷土料理だそうです」
わたしは再度、メニュー表を見返しながら言った。