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Nadryw  作者: えどま えん
第二章
7/11

Flying


クレオ、本名クレオメネス・パパンドレウはギリシャ出身の動画クリエイターである。有名になってからはロンドンに移住して、活動している。

クレオにはフリードリヒという名の軍服を着た中年男性の霊が取り憑いている。それは実際に会ったときに見えたのもそうだが、ネットにあげている動画にもメンバー紹介と称してネタにしていた。

投稿している動画のほとんどが「幽霊とやってみた」シリーズで、普通の人が見ても何も写っておらずいきなり物が勝手に動いたりする怪奇現象動画になる。しかし霊感のある人間が見ると、そこには存在しない人間がいる。

はじめは見えない人らがわめき「編集してるだけだ」とか「手品の一種だ」とか言って信じる者はいなかった。ある程度、視聴回数が増えてくると見る層の幅が広がり心霊現象や都市伝説が大好きな変な奴らが動画を見るようになる。

もちろん手品でもなければ、編集してるわけでもない。フリードリヒは存在する。だから霊感のある人間たちが動画を見て驚愕したのだ。「彼はどうにして幽霊を手に入れたんだ?」と。


いまやクレオはインフルエンサーだ。絶大な影響力がある故に下手な行動はできない。人気になってはじめの頃はテレビやイベントにひっぱりだこだったが、最近は控えている。理由は出演番組に殺害予告が届いたからだ。それからは動画投稿だけに活動を留めていた。他にも匿名で依頼を受けている。秘密のルートを介さなければならないため、一般人からの依頼は受け付けていない。


「ーーという事なんだ。受けてくれるね?報酬もある。君の得意分野だろう」

我々は空港内にいる。ロビーの端にある公衆電話からクレオに話をしていた。10分経つごとに三台ある電話を交互にかけ直している。これも政府対策らしいが、果たして効果的なのかは不明だ。

話がついたのか、ロスが受話器をもどす。

「なんとか承諾してくれたよ。ただ政治経済には明るくないから、期待しないでほしいとさ」

「まだ二十歳前後のように見えましたもんね。明るくないというより、興味がないと言う方が正しいでしょう」

すると、タイミングよく搭乗開始のアナウンスがながれた。同じ飛行機に乗ると思われる乗客たちがぞろぞろとチケット片手に搭乗口へ歩いて行く。

「さあわたしたちも行きましょうか」






飛行機を途中で乗り換えて数時間。

我々は初めて、東欧モルドバの首都キシナウへ降り立った。来たことのない地域に、足を踏み込むというのはなんとも新鮮な気持ちになる。同じ大陸でも気候は違うし、文化や言語も異なる。まるで異世界にきたみたいだ。

そんなひたっている間もなく、ロスはずかずかと大股で短い足を動かし早歩きしている。思わず人混みで見失いそうになり、慌てて跡を追った。


同じ欧州に住めども、モルドバとはあまり馴染みのない国だ。1991年のソ連崩壊から誕生した新興国国家。ウクライナとルーマニアに挟まれているが国民の半数以上がルーマニア語を話す。

おかげで観光地や都市部しか行けない。まあ田舎に行くような用事もないだろう。

「いまさらですが、こんなこの国の情勢に乏しい我々が頭を突っ込んでいいのでしょうか?」

「だから何回言わせるんだ!頭は使わなくていいし、とにかく目の前にあることにだけ集中したまえ!」

小走りで着いた場所は、とあるマンションの一室だった。ノックをすると、内から扉がひらき男が我々を招き入れた。

案内されてリビングらしき部屋に通される。内装は至って普通の家だ。一つの照明に、簡素な木製テーブルと椅子だけ。家具も必要最低限というようで、どちらかといえば生活感はない。

「どうも。わざわざ起こし頂きありがとうございます。まあまずはおかけになって下さいな。それで今回、こちらにまで出向くということはかなり難題でしたでしょうか?たしかに期日ギリギリではあるとは思いますが、あなたならどうにかして下さる気がしまして」

男は自己紹介しなかったが、依頼人のミハイル・ヨシモヴィッチであることは明白だった。

スーツに身を固め眼鏡をかけ、いかにも落ち着きのある頭の切れそうな政治家といった風貌だ。

「して、そちらの方は?」

ミハイルと目が合う。

「こいつは助手みたいなもんさ。大丈夫、人間に興味がないやつだから変なことはしない。第一に人ですらないしな」

ひどい言われようである。相手に伝わるかはさておき彼の言ったことは事実だ。

しばらくの間、作戦会議が行われた。わたしは基本的に横で聞いているだけだった。

「なるほど。その動画クリエイターは、信用できるんです?」

「それに関してはおまかせを。このサイトは知っているかい?リアルタイムで世論が見れる選挙中にだけ開かれるサイトなんだが、見てごらんよ」

ミハイルだけでなく、わたしまでもが身を乗りだしてロスの手に持つスマートフォンの画面を見た。

そこには円グラフが描かれており、国民がどちらの政党を推しているかが分かりやすく表示されていた。更新ボタンを押すたびに、グラフが左右する。

「ほう、これはすごい!私の方が勝っているではありませんか。さすがミスター・ロス。頭が上がりませんよ」

それだけでも彼は大いに喜んでいたが、ロスは険しい表情のままだった。

「安心するにはまだ早い。ぬか喜びにはしたくないだろう?」

「ええ、当然です」

「ならば僕らに開票所の場所を教えてくれないかい」

「まさか投票数の操作を?」

「そうしないことが一番だが、念には念を入れてね。それで場所はどこだい」

開票時間までに間に合わなくてはならない。焦っているのか、ロスは先ほどから何回も腕時計を見ていた。

「あー…もしやここでの選挙システムはご存知ない感じでしょうか」

なんとなく嫌な予感がした。ロスは首をかしげた。

「実はここでは、インターネットから投票するんです。もちろん全員ではないですが、五割くらいがネット投票なんですね。その五割の大半が20から40代のネットを活用している世代なので、もしかしたらそのおかげもあり私寄りになったのかもしれませんね」

「じゃあ、僕らがここに来た意味は」

「申し訳にくいですが、あまりないですね。でも直接会えて私は安心しましたよ。この国のネットセキュリティは脆弱です。ロシアや変な組織に何度もハッキングされていると米政府から怒られているんですが我が国は目を瞑っているので正直、やりたい放題です」

彼は呆れたようにハハと笑う。

「それは都合がいいね。我々は機械ができる世代じゃないから、とっととお暇しようかね。最悪の場合に備えて、パソコンが得意な彼に頼むとしよう」

ロスは席を立ち上がる。それに合わせてわたしとミハイルも立った。

ぞろぞろと一同がこの一室から出たが、ミハイルは部屋の窓はおろか玄関のドアですら鍵を閉めなかった。

わたしは気になって「施錠しないと危ないですよ」と注意したのだが、彼はきょとんとした顔で「私の家じゃありませんから」と言った。



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