Drive
「それでは次のコーナー!大人気、身近な都市伝説です!」と司会者が大きい声で言う。司会者と目が合う。おれは手元にある台本を見て、話し始めた。
『身近な都市伝説』というのは、不思議や奇怪な体験をした本人が撮影に来て本人から直接語ってもらい、専門家が追及するという市民に密着した番組だ。
おれは今その撮影現場にいる。ここにいるということは、おれが奇妙な体験をしたことになる。では、どんなことだったのかをこれから話そうじゃないか。
「レオンさんは先月の深夜、不可思議な体験をしたというのです。一体どんな体験だったのでしょう?ご本人にお聞きしましょう!」
勢いよく司会者がおれにカメラを向けさせる。数台のカメラがこちらを見つめる。
「あれはーー」
深夜だった。その日、同居していたガールフレンドと喧嘩をして怒りに任せて家を飛び出したんだ。冷たい夜風にあたれば、気がおさまるだろうってね。気がおさまるどころか、冷や汗までかくはめになるとは思わなかったけど。
おれはしばらく一人で考える時間が欲しくて、スーパーでドリンクを買ってから車に乗った。ドライブ好きの彼女のためにローンを組んで買ったんだけどもう意味がなくなってしまったんだけどね。気を紛らすためお気に入りの音楽をガンガンにかけて、少しドライブに出かけた。
気まぐれドライブだからね、おれは行き先を決めずに右へ行ったり左へ行ったりだ。気づけば木々が鬱蒼とした道を走っていたよ。
ここでふと気配を感じたんだ。誰かが助手席にいる気配がね。おれはぞっとして、しばらくは前方しか見ていなかった。音楽を大音量でかけていたのが効いたよ。
今度は声がしたんだ。助手席の方から「良い運転ですね」と。さすがに驚いて、おれは慌てて車を停めた。助手席を見ると、一人の男がいたんだよ。男は少し疲れたような顔をした中年で、身なりは整っていたがなんと軍服だった。おれはこれを見た瞬間に、亡霊に出会ってしまったとビックリした。だけど不思議なことに怖いという気持ちは和らいだんだ。
「タクシー代わりに使うわけじゃないけど、僕も乗っていいかい?今どきの車は高機能で素晴らしいね。ぜひとも生きてるうちに運転してみたかったものだよ」
穏やかな口調の男と話していて悪い気はしなかったし、気分転換にはいいと思っておれは再び車を走らせた。少なくとも不快ではなかった。
どれくらい走ったのか分からない。目的地も決めていない。カーナビを見てもみちしるべを示してくれるわけがなく、ただ周りに建物がない森の中を走っているということだけはわかった。すれちがう車さえいない。
しかし話の熱は冷めなかった。おしゃべりな亡霊だとおれは思ったよ。でも聞いてれば聞いてるほど人間らしさが伝わってきて、不思議だがもっと話がしたいと感じたんだ。
彼は18世期にあった戦争で亡くなったらしい。戦時中、彼は前線にいた。唯一の同盟国は新大陸での戦争を重視して武器くらいしか支援してもらえず、本当に多勢に無勢だったのだ。もちろん戦況は悪く軍隊はボロボロに。しかし奇跡的に敵であるはずの一国が寝返り、自分に味方したのだ!そのおかげもあり戦況は好調、さらには勝利に至った。しかしそれを知ったのは死んでからだという。
「まあ祖国が無事に勝つことが何よりさ」
彼は微笑みながら言った。
おれはどこ出身なんですか?と聞いたんだ。歴史オタクというわけじゃないが無性に知りたくなった。
「残念なことに今はもう名前は残ってないんだ。小さな国々が集まって一つになったからね。でも観光地として有名だよ。毎日だれかしら墓参りに来てくれるんだ。こんな嬉しいことはないよ」
幸せそうな表情におれは疑問に思った。
ではなぜ、この世にとどまっているのか?もしかして、真横にいる男は実は普通の人間なのではないか。デタラメを話す一般人なのではないか。そんな疑問すら出てきて、おれは思わず彼に触れようとして触れなかった。明らかにそこにいるのに、空を切るのだ。改めておれは鳥肌が立った。ハンドルを掴んでいたもう片方の腕が震えて車道をはみ出し、一瞬のよそ見から大木へと車体がおもいきりぶつかった。
「なんだ信じてくれないのかい」
そう聞こえた気がしたが、ブレーキも踏まずに木に衝突したため確認することができずに意識を失ってしまったんだ。
すこしの間をおいて、司会者が再び番組の進行をとる。おれにだけ当たっていたスポットライトが消え、スタジオ全体に明るさが戻る。
「すごい体験談をありがとうございます!しっかしお体は大丈夫なんですかあ!?」
大げさな声量と表情で司会者はおれに聞く。
「一か月ほど入院するはめになったけど来週には職場に復帰する予定だよ」
骨折が多かったから運び込まれた当初はかなり危険な状態だったらしい。おまけに発見されるのが遅く、出血量もえげつなかったとか。手術後のリハビリはかなり苦しかったが、不思議と彼にまた会いたいという気持ちがあったせいでなんとか日常生活に支障があるかないか程度まで治すことができた。
「その亡霊と話しているのに、なぜだか気持ちは穏やかだったみたいですが、それはなぜでしょう?これには私も気になります!」
確かにそうだ。本来なら最初に遭遇したときに驚くのと同時に怖がるはずだ。なのにおれは事故を起こすまで、いや起こしてからも恐怖というより安心感または好奇心が強かった。
「本当にね。もしかしたら、どこかに惹かれたのかもしれない」
「それは恐ろしい!!油断させといて危険な目に遭わせるんですね!?皆さんも夜道にはくれぐれもお気をつけ下さい。もしかしたらあなたの隣にも見知らぬ男が乗ってるかもしれません……!」
番組は雑な司会者の締めで終了した。
おれにはまだ気になることがたくさんあった。
帰宅後、インターネットで歴史をあさっていると七年戦争というものがヒットした。彼の言った通り、全てではないが当てはまっていることがある。さらに彼は墓参りしに来てもらえると言っていた。一般人のためにわざわざ来るだろうか。共同墓地ならともかく、その時代のものはまずないだろう。ともなれば有名人になる。そして彼の言い方からするに、フリードリヒ二世のような感じが取れる。
やはり最後に言われた「信じてくれないのかい」は、おれに対する発言だったのだ。
おれは懲りもせず、また夜中にこの前と同じ道へ車を走らせた。出かける際に彼女と揉めたが、この際どうでもいい。早く彼に会わなくては。
後日、レオンは森の奥深くにある湖で死体となって発見された。野生の熊に襲われたとのことだったが、あの番組を見た誰もがその死因を信じなかった。