Meet
我々は数百年の時間を生きている。ロスはなぜなのか未だに分からないが、少なくともわたしは人間ではないためほぼ永遠に等しい命を持っている。
わたしと彼が初めて一緒に乗った汽車から見えた景色が今ではかけらもないほど変貌していた。一度は焼け野原になったこの街も、建物がひしめき人々で活気立っている。
「はじめてここに来た日を覚えているか?あれは1946年くらいだったと思う。あの大戦直後だからね、さすがに僕もはっきり覚えてるよ」
電車の座席に座り窓の外を眺めながら彼は語り出した。車窓から様々な景色が流れていく。
結局、これからどこへ向かうのかわたしは知らない。たいてい、いつもそうだ。わたしは現地に着くまで場所も知らなければ、予定も知らされない。
「街中でたくさんの人が飢えに困っていた。僕は何もすることができなかったよ。自分だけまともな生活をしていたんだ」
「あの状況で他人を助けるのも難しいですよ。明日は我が身でしたし。ノルウェーに帰ったのはマシな決断だったかと」
「君は戦時中、どのように世界を見ていた?」
いじわるな質問だと思った。わたしは案の定、言葉に詰まった。それに加え、対面している座席には老紳士が座っているのだ。いまの会話をどう捉えているか、目に見えて分かった。願わくば口を開かないで頂きたい。
「さきから聞いていれば、まるで自分らが戦争経験者のように話しているが、お前たちはなんなんだ。冗談でそのような会話を楽しんでるとしたらやめた方がいいぞ、若造ども」
ああ、言わんこっちゃない。老紳士からお怒りを受けてしまった。こんなことを話題にした彼が悪い。
「いやはや失礼した!当時を知るものがまだ生きていたとはね。冗談ではなく、僕自身の体験をままに話していただけさ。こう見えて我々は年寄りなもんでね」
そう言い残し彼は「おやもう駅に着いたか、降りよう」と席を立った。わたしも後に続く。
彼は意味深な発言を一般人にするのが大好きだ。特に深い理由はないように見えるが、これでも仕事の一部だという。
駅に着いてからはタクシーを拾い、中央銀行へ向かった。運転手に行先を伝えた。
「そういえば今日はスーツに身を包んでいますが、わたしも礼装の方が良かったのでは」
普段は滅多に明るい時間帯に出かけることがないせいもあってか、昔のポルトガル人宣教師のような服装をしている。しかし今日はまともに綺麗なスーツを着こなしていた。
「ああ!忘れていたよ。でも今から着替えようにも時間がないから、着いたら入る前に姿を変えて僕の肩に乗っていてくれ」
「はあ」
姿を変えてというのは蝙蝠に変化してくれという意味だ。確かに手っ取り早い方法だが、体力の消耗が激しいのであまり好きではない。それよりも、もっとわたしを認知してほしいものだ。かれこれ100年以上共にしているのに、扱いがひどいのは変わらない。
「しかしここを訪れるのは74年前が最後だなあ。あれほどまで荒れ狂うとは思わなかった。まあそれにつけ込んだのも我々だったが」
まだ懐古している。決していい思い出ではないのに、そんなに語りたがるとは何かあったのだろうか。
「たしか君はこれから行くところには行ったことがないな?」
「銀行ですか?」
「それは、まあそうなんだが。とにかく見聞きしたことは全て機密事項だから他言しないように、な」
「はい」
銀行の役員会議にでも出席するのだろうか。彼がそんな仕事をしていたとは思わなかった。
そうこう話しているうちに、中央銀行入口に着いた。タクシーから降りて建物の入る瞬間に、わたしは姿を変え彼の肩についた。扉をくぐるとそこは至って普通の銀行だった。
彼は窓口を通り過ぎ、まっすぐエレベーターに乗った。誰も他に乗客がいないことを確認すると、「6」のボタンを素早く三回押した。ドアが閉まる。六階のボタンを押したにもかかわらずエレベーターは、降り始めた。階数を表示するモニターには、見慣れないロゴが映し出されていて今が何階なのか分からないようになっていた。
チンという音がしてエレベーターのドアがやっと開いた。降りて全面黒に包まれた廊下を歩く。コツコツと靴の音だけが響く。定期的に置かれた蝋の灯りだけをたよりに、歩を進めていくと最奥部に頑丈そうな扉がお出ましだ。
「ふう」
珍しく彼は一息つき、扉を開ける。
そこはよくある会議場だった。あまりにも仰々しい廊下のデザインとは裏腹に、部屋はとてもシンプルで国際連合の世界会議のそれと似ていた。しかし壁一面に様々な扉があり、扉は形や大きさがばらばらだった。目が痛くなるほど異様である。
彼は口を固く結び、決まっているのか自分の座席に座った。複数人の男女が円形テーブルを囲むようにして座っている。みな一様に、チェックのハンケチを身につけていた。不思議だ、わたしも彼に貰い、耳元につけている。ということは、ここの制服的なにかなのだろうか。
しばらくの沈黙のあと、出入り口から見て正面にある壁のモニターに画面が映し出された。まるで今からプレゼンが始まるかのようだ。そしてモニターの前に座る白髪混じりの男が口を開いた。
「皆さまお集まり頂き感謝します。当組織は今年で270年目となります。記念すべき年であると同時に、この会議自体の開催は74年ぶりです。270年目にして、第七回という不名誉はさておき、今回お集まり頂いたのは、これからの方針が多少変わる事を伝えるためです」
会場がざわつく。白髪混じりの男が指を鳴らすと、モニターの画面が変わった。
画面には『変更事項』という見出しで、箇条書きに項目が書かれてある。
「端的に言うと直接的な接触を減らし、間接的または分かる人にはわかるような周りくどい表現をお願いしたいわけです。なにせ今日では、スマホやラップトップで簡単にインターネットにアクセスできてしまうので情報の広がり方が恐ろしいのです」
わたしにはこれらの話が何についてなのか全く分からなかった。このあともしばらく続いたが、補足説明がないと分からないことだらけだった。
彼は真剣に会議に参加しているようだった。あんなな真面目な表情を見たのは初めてだ。
一時間ほどだろうかーー時計がないので正確な時間が分からないーー経つと、会議が終わり参加者がぞろぞろと席を立ち上がった。
その中の一人、好青年が我々に近づいてきた。
「はじめまして!五年前にここに所属することになったクレオです。あなたはロスさんですよね?あなたのこと色んな方からたくさん話を聞いていて、すごいなあって思ってたんですよ!会えて嬉しいです」
クレオはにこにこと嬉しそうにロスに握手を求めた。ロスはその手を握る。
「どうも。いやはや、そんな人気とはお恥ずかしい。どんなことを聞いたのか知らないが、まあこの中では優秀な方だと自負してるよ!君も僕みたいになれるよう頑張りな」
彼らが握手を交わしている時、わたしはクレオの背後に誰かいるのを感じた。くっきりとは見えないが、わたしが会ったことのある雰囲気をまとっている人物だ。亡霊か。
「ロス、彼のーー」
「ああ気付いてる」
ロスに小声で知らせようとしたところ、彼も同じように感じとっていた。その様子を見てクレオが更に嬉しそうな表情をする。
「あっ!見えます?こいつのこと」
と、クレオは自分の背後を指差す。一見なにもない空虚を指差しているように見えるが、じっくり見ると古めかしい格好をした銀髪の中年男が浮遊している。
「ええ。それに彼は僕のことを知ってる可能性がある」
「えっ!そうなんすか!ねえ、そうなのフリードリヒ?」
クレオの問いにフリードリヒと呼ばれた男が首をたてに振った。
「わあこんなことってあるんですね!今日は収穫のある一日だったなあ。帰ったらこのこと動画にしよう!面白いネタになるぞ」
一人でいきいきとしている。「それじゃ予定があるので!」と言って彼は去っていった。他にも数人の人間がこちらをチラと見ているが、話しかけてくるような様子はない。我々を嫌っているのだろうか。
兎にも角にもわたしには、ここが何なのか全くもって分からないため早いところロスに説明してもらいたかった。
「まだここに用でも?」わたしは催促するように言う。
「いやもう帰るとするよ。面子の顔も拝めたことだしね。本当ならおしゃべりを楽しみたいが、あいにく今日はみな殺気立っている気がするし」
「単に恨まれているだけでは?」
「君も言うようになったねえ。ま、君の存在についてとやかく言われる前に退散するとしよう!」
過去になにかしたのだろうか、気になる点はたくさんあるがどうせ教えてはくれないのだ。
ロスは入ってきた扉と同じ扉から部屋をでた。会話をしていた際に気づいたことだが、皆それぞれ違う扉から部屋をでていた。自分専用の扉があるらしい。
銀行をでたところで、わたしは元の姿に戻り再び我々はタクシーに揺られて駅まで向かった。
「気になることがいくつか」
わたしは彼に質問しようとしたが、彼は乗車した途端に狸寝入りを始めた。そういや銀行であったことについては他言無用だったとわたしは思い出す。
狸寝入りが本格的な睡眠へとなる前に、駅に到着。来た時と同じ列車に乗り我々は帰路についた。
その際も彼は居眠りしていて、話しかける猶予すら与えられなかった。わたしも仕方なく目を休めることにした。
車内のほどよい雑音と揺れ具合が眠気を誘う。
ネタはあるんですが文章能力が低いため、なかなか筆が進みません。
それにどんな作品を書いても登場人物の性格がウザくなってしまうのも、書いといてなんですが複雑な気分です。