A letter
店をでると、空は満天の星でかがやいていた。
ニューヨークほどのビル明かりが集合した都市だと、この星空さえも望めないかと思うとアメリカ人はかわいそうだ。
しかしキシナウでもやはり、賑わいのある街中にでると光という光が集まり空はかすんで見える。
我々はしばらく無言で歩いていたが、わたしはふと今夜寝泊まりする場所が気になってロスに訊いた。そしてロスはぽかんとし、
「おや!忘れていたなあ、ハハハ。そんなこともあるさ。正直、ここにいる必要がないから今すぐに空港に行くのもやぶさかではないと思っていたんだよ」
わたしは呆れて言葉も出なかった。どうせ、飛行機で今すぐ帰るという案もこの場で思いついたものだろう。
確かに、今依頼はすべて現地にいなくともなんら問題はない。しかも我々はそれを第三者に外注している。残る必要があるとすれば、依頼人が会って話をしたい時にいつでも駆けつけることができるくらい。まずミハイルは、そんなような男ではないから我々を呼び出すなんて事はしないないだろう。
加えて、ロスははじめから現地に寝泊まりして当日を迎える気はさらさら無いように見えた。だからホテルをとっていない件に関して、大して驚いた様子を見せなかった。
タクシーに飛行機に、さまざまな交通の便に揺られて気がつけばわたしはノルウェーの湖近くにひっそりと建つロスの別荘にいた。帰路は直行便のせいもあってか、あっという間だった。空はもう明るい。
この家に着くまでに連絡は一切誰からもなかったので、きっと万事良好なのだろう。そう思うことにした。
ロスはフライト疲れで数時間寝ると言い、寝室に入ったっきり十時間ほどが経った。もう日が落ちかけているというのに、呑気なものだ。大きな窓から見える湖には、一艘のボートが自然を満喫していた。平和な光景だ。
穏やかな午後を過ごそうと、わたしが紅茶を煎れたときテーブルの上に無造作に置かれたパソコンからピコンという機械音が鳴った。
おそるおそる画面を見てみると、一通のメールが届いていた。
お久しぶりでございます。
こちらは今、猛烈な暑さで身体中から蒸気がでるいきおいで太陽がさんさんと照っています。
突然のご連絡でございますが、本題に入らさせて頂きます。
といいますのは、先日親族一同で住んでいたあの持て余すほど広い豪邸を父が売り払ってしまわれたのです。それはなんとも急でした。わたくしなんかは二日前に聞かされたのです。
なんでも祖父が亡くなってから急激に会社の株が悪くなってきたとかで、今のうちに売ってしまいたいとのことでした。もちろん皆揃って反対しました。なにせ無断で不動産屋と打ち合わせしていたのですから。
しかしもう後の祭りです。大変なのは新居探しでした。なんと、両親とまだ高校生にもならない妹は、アメリカに住むのだそうと言い出したのです!わたくしは耳を疑いました。この雄大なるユーラシア大陸から出て行くなんて。他親戚も皆ばらばらに散りました。都心部でこじんまりとした家に移ったり、隣国の田舎に大きい屋敷を建てたり。
わたくしはと言うと、一人で独立するべきだといきなり突き放され途方に暮れました。幸い二か月ほどの宿泊、生活費は貰えたのでこのメールを書いているのも駅前のホテルでございます。父からは社会に出て働くか、良き人を見つけ結婚するのがいいだろうと冷たく言われました。
そこでわたくしは思いつきました。わたくしには、とても頼もしい友人がいるではありませんか。その者は安定した生活をしており、話は面白く飽きず、ころころと変わる表情には愛嬌があり、どこか支えてしまいたくなるような方が。そう、あなたですロス・ヴァリニャーノ様。
ぜひ一度お話しでもできたらと願います。ご連絡お待ちしております。
ーーリリアーヌ・スミス・スタンリーより。