Rumor
「先から話を聞いていたんだが、あなた達は今度の知事選の関係者なんですかい」
「まあそれに近いとでも言っておこう。して、君はどちらを支持しているんだい?」
せっかくだし現地の人の意見を聞いておこう、という声がロスの表情から聞こえてきた気がした。抜かりない男だ。
逆に質問をされ、店員は動揺していた。
「ええと、自分はアレキサンダー氏に投票しようかと思っていたんですが、あなたがたの話しだいでは変えてもいいかなあと思いまして。それなのに一番重要なことを言わずに店を出て行こうとするもんですから、思わず体が動いてしまって」
わたしはなるほどと思ったのだが、これはどうやら意図的にこうさせたロスの作戦だったことに気がついた。
現にロスは待ってましたと言わんばかりに、口角が上がり嬉しさを隠し切れないでいる。
「知りたいかい?でもこの話は、最近ネットでも話題になってるからねえ。新しい情報ではないよ」
「いいんです。教えてくだせえ。なにせ、自分みたいな頑固な人間はスマホを使いませんのでネットはほとんど見ませんから」
店員はとなりのテーブルから椅子を持ってきて、我々のテーブル真横に置き、聞く態勢をとった。
ロスが咳払いをする。
「アレキサンダーはアメリカ人だ。高校生の頃に両親の都合でイギリスに移り住んだ。その後、イタリア文化に興味を持ち、大学へ進学後はイタリアに数年留学。そして卒業後には移住までした。初めは外資系企業のイタリア支社に就職するものの、三年で退社。つぎに就く職がお役所仕事なのだが、それまでの間ーーーつまりブランクが五年もあるのはいささか怪しくないか?と睨んだんだ。いろんな情報網を探ってみると、元同僚が『彼はやめる半年くらい前から給料に対して文句をよく言っていた』という。ならばやめたのは安月給だったからか。とはいえ昨今のイタリア公務員も経費削減とかでクビになる人が増えている。いくら安泰といえど、そんな場所に行くのか?いいや違う目的があったんだ。彼には特殊なコネクションがあった。それはとある政府だった。元来、金に目がない彼は報酬に目が眩み、その政府からの依頼を受けた。それが個人情報の受け渡しというわけだ。因みにこれは未だ公表されていない、というより誰も気付いていない事実だ。だから誰も咎めない。はて、これを聞いても君はアレックスに投票するかね」
「な、なんて男なんだ……」
それから店員の男は、しばし考え込んだ。彼らの言うことが本当ならば、アレキサンダーに票を入れるのは一国民として良くはない。だがライバルの刺客だとしたら、真実ではないかもしれない。そんなことをぐるぐる考えているのだろう。
我々は男がいつまでも思考にふけっているので待ちきれず、静かに立ち上がり勘定をして見せを後にした。