じじぃに脅かされまして
なにやら外から人の声が聞こえてまいりましたよ。
よっこらせと体を起こすと、顔に張り付いていた麻袋が、バリバリと音をたててはがれまして。
馬車の中で寝ていろとの聖騎士様からの思し召しに、ありがたく横にならせていただきましたが……。
我こんな環境で、おそろしいほど熟睡してしまったなり。
なんとなく、口の周りがしっとりとしておりますが、気にしない。
それより、この麻袋外したら顔に線が入っているのではなかろうか?
朝ぼらけのなか馬車から降りると、聖騎士様が小舟を湖へと押しておられまして。
……その船は、どこから現れた?
昨日はなかった荷馬車があるということは、この船はどこからか運んできたんですなー。
わたしのために、ご苦労様でございます。
「お前さんが極悪人かぇ?」
声をかけられて振り向くと、腰の曲がったヨボヨボのおじいちゃんが立っていた。
――実はわたし、祖父母にかわいがられて育ったので、お年寄りは大好物なり。
お年寄りって、背中丸まって小さくって、なんかかわいいのよね。お小遣いくれるし。
「若い娘が一体何したんだい? 強盗かい?強姦かい?何人殺したね?」
「なんで強姦まではいっているんですか! 冤罪ですよ冤罪!」
「ふぉふぉふぉ」
前言撤回。かわいくない年寄りもいました、ここに。
人が否定してるのに、なんかガサゴソやってるし。
じいちゃん、人と話するときは、ちゃんと目を見て聞けってお母さんに習わなかったのかなぁ?
麻袋かぶってるけど、ちゃんと目の穴開いてるぞ!
「ほれ、朝飯持ってきてやったから、ここに座れぇ?」
パンを差し出されて、あらあら朝ごはん用意してくれたのね、とちょっとだけ反省する。
チラリと聖騎士様をうかがってみると、今は、船着き場に船を係留している最中のようだ。
先に食べるのも悪い気がするけど、まあいいか。
ゴツゴツした石の上に座ると、尻がちょっと痛い。
わたしは臀部の肉が薄いのだ。
それでは、
両手縛られたままですが。
麻袋かぶったままですが。
いただきます。
かったい黒パンだけれども、よく噛んだらまあまあおいしい。
たいていの食べ物は、よく噛んだらおいしいのだ。
向かいに腰を下ろしたじいちゃんは、髪も髭も真っ白でボサボサだ。
ずいぶんと粗末な服を着てはいるけれども、……この人、国に雇われているのよね? お給金ちゃんともらってる?
まるで物語にでてくる賢者……、いや前歯が2本とも欠けてるし、ありがたみも感じないので、しいていうなら隠者かな。
「ねえ、じいちゃんがあの船運んできたの?」
「そうじゃあ、お前さんのおかげで、あの船は久々の出番じゃなぁ。ふぉふぉふぉ」
「どれくらい久しぶり?」
「そうさなあ、わしの親の代で一回あったらしいから、50年ぶりくらいかのぉ?」
「ええっ! じゃあ、じいちゃんこれ初仕事?」
「ふぉふぉふぉ」
いや楽しそうに笑ってるけど、どんだけ流刑ってレアなのよ。
というか、じいちゃん普段は何の仕事してるの? もしかして今まで仕事がなかったから、そんな風体なの?
「じいちゃんは、わたしが島に行った後は、どんな仕事するの?」
「あそこの船小屋で、船を管理するんじゃあ」
なるほど、ついに安定した収入を得られるわけですな。
「えっと、期間は決まっているの?」
「――お前さんが死ぬまでじゃ」
うわっ!ゾっとした!
鳥肌たった!
……なんか急に実感しちゃったよ。わたしこれから流されるんだよ……。
何が何だかわからぬ展開に、周りは右往左往してたけど、わたしは案外落ち着いていた。
でもフリだよフリ! 落ち着けるわけがない!
母親は泣いているし、父親は親しくしていた貴族様に掛け合っていた。なんとかならないかと。
でも、なんともならんかったわー。そりゃそうだ、王様の命に逆らうなんて、ありえない。
お貴族様が無理なのに、平民のわたしたちに、一体何ができようか。
反抗したり逃げたりしたら、一族郎党に加えて関係ない人まで断罪される。
今までずっとガマンしてたけど、こわくてこわくてしかたがなかったんだよぉ……。
「――なーんてな! たいていはどっかで恩赦がでるじゃろ。それまで生きてれば万事問題なしじゃ!」
「恐がらすのも、……希望を持たせるのも、ほどほどにしておけ」
聖騎士様が、いつの間にか戻ってきていた。
「ふぉふぉふぉ、いやすまんすまん」
じいちゃん、……訂正、じじぃが、ニィーと欠けた歯を見せて笑った。
その残った歯、かち割ったろかい!
船に荷物を積み終えた聖騎士様が、わたしの隣に座ると、じいちゃんから差し出されたパンを、なぜかそのままわたしにくれた。
「生き抜くために食べておけ」
「ううう」
やさしい。男前に加えてやさしい。
感激でぽろぽろと涙が流れ……、落ちない。
すべて麻袋へと吸収されてしまう。驚きの吸引力だ。
「今後は、20日たったら新しい食料を湖岸に置いていく。この繰り返しだ。もし20日後に、前回の食料が手つかずで置かれたままだったら、……流刑者が死んだとわかる」
「なるほど、わかりやすいですね」
わたしは、ズビィと鼻をすする。
「島には、どんな家があるんですか?」
「……見たことはないが、魔法で管理されているらしい。飲み水もあるし、生活には困らない」
「魔法ですか……、ちょっと安心しました」
わたしは、もう一度ズビィと鼻をすする。
早くすすらないと、麻袋に鼻水まで吸収されてしまうからだ。
涙はもう止まっている。
聖騎士様といると、なんか落ち着くのよね。じじぃは論外だけど。
聖騎士様からいただいたパンにかぶりつくと、歯にじぃんと響いた。
……この固いパンを、歯抜けじじぃがよく食べれるな。
「ああそうじゃ、大災害で、島のあっちこっちが崩れてるかもしれん、気を付けてなぁ」
「ここらへんも揺れたのか?」
「揺れた揺れた、湖が大きく波打って、この世のものとも思えぬ、不気味な音を立てていたもんじゃあ」
「不気味な音って……?」
「あれは、きっと沈んでいたドラゴンが……」
「ド、ドラゴンが?」
ゴクリっと喉がなる。
「「きぇーーーーーーーーーーーー!!!」」
突然立ち上がって叫んだじじぃにつられて、わたしも飛び上がってしまった。
おかげで、聖騎士様からいただいた食べかけのパンが、ころりと落ちる。
宝物兼非常食として半分取っておこうと思っていたのに、じじぃ許すまじ!
「ふぉふぉふぉ冗談じゃぁ」
「なんなのよーもう! もうもうもう!」
縛られた両手で、じじいの体をポカポカと叩く。
パンをーー!聖騎士様のパンを返せーー!
「――あー、ゴホッ、そろそろ、船に乗るぞ」
「……あ、はい」
すみません、わたしとしたことが取り乱しました。
立ち上がった聖騎士様は、そのまま船に向かって歩いていかれまして。
ああ、ついにお別れのときが、きてしまいましたよ。
「達者でなぁー。湖のこっち側に、わしはいつもおるでのぅ」
「じいちゃんも元気でね」
でもさ、いつかもし恩赦がでたとしても、こっち側に戻れた時には、じいちゃんもう寿命だったりして。けけけ。
じじぃ、長生きしろよ!
ブックマーク評価ありがとうございます(´Д⊂ヽウレシイ
ノンビリお付き合いしていただけたらうれしいです。