流刑地に着きまして
太古の森と呼ばれている国有林の、ちょうど真ん中に広がる湖の名は【ミレモ】
その湖面を覗くと、今も遥か古代の木々が、そのままの形で沈んでいるという、なんとも幻想的な風情の湖なんだけど……。
まだ国が統一される前、3人の勇者に沈められた古竜が、今も湖の底に眠っているという伝説からついた【ドラゴンの涙】という呼び名もあるらしい。
観光地としてにぎわっていそうだけれども、実情はさびれている。すたれている。忘れられている残念湖。
なぜなら、ここは許可なくは立ち入れないのよ、流刑地なんだものーー。
実際この湖には、魚などの生き物は一切いないし、飲み水としての使用も不可。飲んだら死ぬ……、ほど苦しむらしい。なにそれこわい。
しかも、ここに沈んだら二度と浮き上がらないという、おどろおどろしい噂もある。
信じるも信じないも、罪人次第です。
右手をご覧ください。湖の真ん中に、ポツンと浮かんでいるように見えるのが、ミレモ湖、ミレモ湖でございます。
ここが、我が人生の最終地点なのであります。
ミレモ湖畔に着いたときには、もうすっかり日が落ちておりまして。
「湖に灯台なんて、めずらしいですね」
湖全体を見張っているのでしょう、湖畔に立つ、ずいぶんと古そうな灯台の上には、小さな明かりが灯っておりました。
「明かりが灯るのは、数十年ぶりだそうだ」
ぼそり、と聖騎士様が教てくれる。
なるほど、流刑人も久しぶりということですな。
聖騎士様は、黙々と枯れ木を組むと、ポッと火を起こされておりまして。
なるほど生活魔法! 神に仕える方たちは、普通に魔法が使えるんですなあ。便利便利。
小さな鍋をかけて、水筒の水を沸かして、干し肉をちぎっていれて、ええと材料はそれだけですか?それだけなんですね。そうですか。
干し肉をダイナミックにちぎる男の手料理。シンプルイズベスト。
なんとなく、いい香りが当たりに漂ってまいりましたよ。
大きめの石に腰かけて、聖騎士様と向かい合います。
殿方とお食事なんて、なんだか照れちゃいますね。
麻袋かぶってますけどね。
「食事した後に、島にむかうんですか?」
「いや、島に渡るのは明日の朝だ。……この湖は、夜に船を浮かべると、沈む」
「沈む?」
「沈む」
なんだかショッキングな話を聞いてしまいました。禍の集合体ミレモ湖恐るべし。
火がパチパチと爆ぜる音が心地よく。
――キャランバンでも、異国の人たちと火を囲んでいろんなお話したよなぁ。
なんて古き良き思い出に浸っておりましたら、ズイっとスープを差し出されまして。
両手縛られたままですが。
麻袋被ったままですが。
まあ、飲めないわけではございませんね、ありがとうございます。
「おいしい」
たいしたダシもでておりませんが、温かさが五臓六腑に染みわたります。
「ここには、明日から兵が交代で見張りにつく」
「はあ、こんななにもないところにご苦労様でございます」
「ゆめゆめ、島から脱出しようとするな。……たいてい死ぬ」
「そんな気がしておりました。おとなしく島ライフ楽しもうと思います」
「うむ」
パチパチと火が爆ぜる。
焚火のゆらぎ効果のなせる業か、向かいに座る聖騎士様のお顔が、更に3倍お美しく見える。
銀糸に抜けるような白い肌は、ザ・北方系。神々しい。
その聖騎士様は、眉間にシワを寄せたまま、ずいぶんと難しいお顔をされているけれど、恐いとか、そんな雰囲気では全然なく。
むしろたぶんこの人、わたしを心配してくれている。
いやまあ普通に考えたら、誰でも多少は心配してくれると思うけれどもね、この状況は。
「……20日に一度、朝、島の湖畔に食料が配給される。家族に手紙を送りたいときは、湖畔にわかるように置いておけばいい」
「じゃあ、家族からの手紙も届けてくれるんですか?」
「うむ。よほど大きいものでなければ、差し入れも可能だ」
「わぁ、うれしい!」
「うれしい、か」
「うれしいですよ! 罪状! 流刑! なんて言い渡された日も、護送日までは家にいろって帰されたし、きびしいんだか、やさしいんだか、よくわかりませんね?」
「まあ……、久しぶりの流刑だからな」
「なるほど。ちなみに何年ぶりなんですか?」
「少なくとも、俺が聖騎士団員になってからは、ない」
「これが祝・初流刑護送?」
「なんで祝だ、……まあ、はじめてだ」
「なるほど、流刑はレアなんですねぇ」
「まあ、そうなるな」
聖騎士様が、気まずそうにポリポリと頭を掻く。
ふふ、なんだろう、この和やかな(?)会話。
まるで湖畔でデートみたいじゃないですかね。
わたしは罪人なんですけどね、明日島流しなんですけどね。
「その……」
「はい?」
「俺の弟が、……お前の世話になった」
「聖騎士様の弟? はていつのお話で?」
「大災害の日、衛兵団の詰め所で、お前に治療してもらったらしい」
「ああ! 街の治安を守ってもらってますからね。お返しできてよかったですよ!」
「……感謝する」
「はい、どういたしまして」
聖騎士様は、「ふぅ」と大きくため息をつくと、どこかホッとした感じになられまして。
なるほど、ずっと礼が言いたかったんですね。本当いい人だなぁ。
――あの大災害の日。
衛兵団の詰め所は、それはもう見事に崩れてしまっていて。
若い兵士さんが、確かに何人か大怪我していたなあ、と思い出す。
あの中に弟さんもいたのかぁ。
自分のやったことが誇らしいね! 結果、罪人になったけれども。
「そういえば、あの大災害の時、お貴族の聖女様はなんで助けにきてくれなかったんでしょうかね?」
思い切って、ずっと心にくすぶっていたことを聞いてみる。
聖騎士様たちの姿は、たくさん見た。
教会に救いを求めてきた人たちを、分け隔てなく助けていた。
街が治安が悪くなることを警戒して、警備もしてくれていた。
揺れがおさまりますよう、被害が広がりませぬようにと、皆祈りを捧げていたが、――聖女様の姿は、ついぞ見られなかった。
「……あの聖女様の【神の施し】は、サカムケの治療レベルだ」
聖騎士様が、ボソリとつぶやく。
「サカムケ?」
「サカムケ」
「確かに痛いけど」
「あれが痛いか?」
「痛いですよ」
「そうか」
なるほどサカムケ。
そりゃ大っぴらに、治療しにはこれなんわな。
そんな大聖女様に、わたしゃ遺憾されたわけですか。
「……聖女という冠は、婚礼前の貴族子女に人気がある」
なんとも苦々しい顔をした聖騎士様を見て、わあ、なんかすごい納得した!
それ以上詳しく聞かなくてもわかるよ、商売人の娘だもの。
そうか。そうなのか。
あきれる、を通り越すと、人は無になるのかもしれない。
がくり、と首をうなだれる。
「ぶっちゃけ話ありがとうございます」
「いや、……こちらこそ、……すまん」
「聖騎士様が謝ることではないですよ」
「そうか……」
なんだなんだ、そんな悲しい顔しないでおくれよ。
こういうことは、世の中よくあることだからさ。
だが、サカムケ聖女様、貴様は絶対に許さん。
剥いても剥いてもとまらない、サカムケ地獄に落ちるがいい!