罪人になりまして
わたしの名前は、マチルダ・マーチン。マーチン商会の一人娘である。
バーン王国の首都アモラの街で、外商を主とする父のもとで育ち、「将来はお婿さんもらって、わたしが跡を継ぐんだろうなぁ」と夢みる、極々平凡な娘でございました。
まあ今になって思えば、平凡に暮らせたのは両親と周囲の努力の賜物だったようで、この魔力が公になってしまってからは、坂道を転げ落ちるように犯罪者へと転落。
親のありがたさが、わかったときには親はなく。いや親はいるけど、わたしがいない? こんな感じ?
魔法能力は、もともと貴族か聖職者にしか現れず、平民の魔力持ちは、市井では、ぱっと見数えるほどしかいない。
それに加えての聖魔法は、天然記念物に指定されるレベルで、貴族聖職者の間でも、数えるほどしかいないらしい。
そんな世の中に、突然ふってわいた下町の聖女フィーバーは、それはそれは、雲の上の方たちに反感を買ったようです。はい。
物心ついた時から、当たり前のように魔法が使えたので、暗くなったら【神の導き】で青白い炎をともし、転んで膝小僧から血がでたら【神の施し】で怪我を治す。
――なんにでも【神】が枕詞のようについているけど、これは魔法書に書かれていた名前を確認しただけで、正直、治癒魔法と神の施しの違いが、わたしにはわからない。
両親から、面倒なことになるから、くれぐれも身内の前以外では使うな、と何度も何度も何度も何度も言われていたんだけれど……。
年初めに起きた大災害。
もともと地震が少ない国での大きな揺れに、アモラの石造りの家は崩れ、橋は落ち、あちらこちらで人が埋まっていた。
市井を守る衛兵団も詰め所が崩れてしまって、何人もの団員が負傷していて。
ただただ叫び続ける女性、親を探して裸足でさ迷う幼子、そんな状況の中で、人を助けないという選択は、はい、ありませんでした。
たまたまマーチン商会は、人も建物も被害が少なかったので、ストックしていた食料品大放出に加えての、即席診療所だ、ほら並んで並んで!
――年に一度、賢者セィリン様の生誕祭に、司教様が市井の民に施される【神の施し】
毎年、司教様に治療してほしくて、ものすごい人数が教会前に並ぶけれど、施してもらえる人はほんの数人。
ありがたがって泣いている人も確かにいるけれど、治療してもらえなくて泣いている人の数のほうが多いなって、みんな思ってた。言わないけど。
わたしだったら、いくらでも治してあげれるのに。
罪悪感とともにため込んでいたこの思い、ついに大放出だ!
と、はりきりました結果、皆さまに大変感謝され、下町の聖女と祭りあげられて、わたしの存在が国中に知れ渡り……。
教会に呼び出されたので、これは何かご褒美でもいただけるのかもと、親子ともども浮かれて馳せ参じましたならば、司教様に詰問され。
お次は王宮から呼び出されたので、なにもかも知らぬ存ぜぬでやり過ごそうと思っていたけれど。
「お前は聖女と呼ばれているらしいが、聖女なのか」
「めっそうもありません、わたしは聖女ではありません」
「では聖女を語ったことになるな」
「はい?」
「このものを、聖女を語った罪人として流刑に処す」
「はいい?」
――こうして、哀れマチルダは罪人となったのでございます。
後から聞いたところによると、現聖女フローラ・ヴァインシュタイン公爵令嬢様が、第二の聖女(しかも人気者)出現を、たいへん遺憾であると表されたそうで。
大災害に、一度も助けにもこなかった聖女様の文句なんて、しらんがな!