護送されておりまして
ゴトゴトと軽快な音を立てて、馬車は進んでいるらしい。
らしい、というのは、なにせ頭からすっぽりと麻袋をかぶらされているので、当方、景色も見えぬ有様でして。
このお尻の痛さから推測するに、ずいぶんと長い間乗っているように思えるけど、さてどうだろう?
視界がなくなると、人間ってこうも時間感覚がなくなるものなのねぇ。
――でも、どうせ避けられぬ旅ならば、せめて景色だけでも楽しみたい。
わたしの向かいに座っているはずの聖騎士様に、ここはひとつ、かわいらしく懇願してみることにする。
「もしもし聖騎士様、お願いがあるのですが」
できる限り、か細く、哀れな声をひねり出す。
両手首を前合わせて縛られて、顔には麻袋をかぶせられた、うら若き15の乙女。
このかなりな哀れっぷりに加えて、これから無人島にひとり流刑にされるという残酷な事実に、聖騎士様が同情しないわけがない!
「もしもし聖騎士様? ……もしもーし聖騎士様? 聞こえてますか、もしもーーーし?」
返答がないので、もしやこの馬車にはわたしひとりなのかしらん、と急に不安になる。
いやいや、このわたしめは、国でも屈指の有名罪人。
流刑地にたどり着くまでは、聖騎士団員がひっ付いているはずだ、と別れの間際に父も申しておりました。。
だから心配することはないといわれても、流刑で安心できることなんてひとつもない気がいたしますがね。
――まあ、死刑じゃなかっただけましか。
今となっては、そう思えている自分もいるけどね。ちょっとだけね。
「聞こえている、大きい声を出すな」
ボソリ、と聖騎士様らしき人の声が聞こえた! よかったちゃんといた!
うん、声からして、おじいちゃん、というわけではなさそうだ。
長い道中、盗賊なんかに出くわしたら、今のわたしじゃ戦えないものね。
「あんまり静かなので、一人旅なのかと思いました」
えへっ、と首を傾げ、愛層を振りまいてみたけれど、麻袋越しなので伝わったかは不明。
「何用だ」
「この麻袋、どうにかしてもらえませんかね? 息苦しくって」
「どうにもならぬ、決まりだ」
「そんなー」
「罪人は、流刑地まで顔を隠すのが600年前からの習わしだ、あきらめろ」
「600年前って、建国のときからですかー、へええ」
そんな昔から、こんな風に誰かが流されていたんですねぇ。
なるほど、感慨深い。
600年前といえば、冒険者バーン・ブライハンが、この国バーン王国を建国したといわれていて、わたしたちにとって彼は、伝説の中の王様だ。
その【冒険王】バーンは、別名【長寿王】とも呼ばれていて、息子ヨハネス・ブライアンに王座を譲った時の、彼の年齢がなんと108歳!
譲られたヨハネスはわずか1年で崩御して、その息子へと王位は継がれたんだけど……。
おじいちゃん、どんだけ王座にしがみついていたのよ。
国民からの絶大な人気とカリスマ性が、そうせざるを得なかったのかもしれんけど。
600年前の話なので、吟遊詩人の詩なんかから書き起こされた国史は、あやふやな箇所が多いらしいんだけどね。
ちなみに現国王のヨハン・セバスチャン・ブライハン国王は、この健国王から数えて43代目。
わたしを流刑に処した張本人も、このヨハン・セバスチャン国王である。
王自らとは、なんともありがたい……、とは思うわけがない。
「ええーと、それではですね、妥協案として、目と口のあたりに、まるく穴を開けてくれません?」
「穴?」
「はい、ぐりぐりっと」
「いや、それは……」
おっ、考えてる考えてる、もう一押しだ!
「地形を覚えると困るからとか、そういうたぐいの心配なら、ご安心ください、流刑地であるミレモ湖周辺は、すでに場所を熟知しておりますし、子供の頃に何度も父と周辺を旅しております」
「行ったことがあるのか?」
「はい、うちは商家ですので、父の仕入れでミレモ湖に隣接した村には何度か」
「商売に、子供のお前を連れてか?」
「はい、わたしは父に薬箱と呼ばれていました。旅の途中、怪我や病気をしても、わたしがいればたいてい治せるので」
あははは、と笑った後で、そもそも父のそういうライトな扱いが、この結果を招いたのでは?とふと思う。
まあ、今更言ってもしかたがないことだけれども。
「薬箱、か」
「はい、よくしゃべりよく食う薬箱だと」
「……ふっ」
今、聖騎士様が笑った気がする!
いいぞいいぞ、環境改善に1歩前進だ!
突然、ガシッと肩を掴まれて、飛び上がる。
なになに、こういうとき、見えないのって本当にこわい。
ふざけ過ぎて聖騎士様のお怒りを買ったのかと体を固くすると、「動くな」と言われて更に硬直する。
ピシッと麻袋に亀裂が走り、右目の前に光がさした。
続いて左目も、うっすらと細く光がさす。
しかし亀裂の細さに、これじゃあ前が見えんがな、と思っていたら、聖騎士様の指が、ぐりぐりと穴を広げてくれた。
見えた!見えたよ!聖騎士様のお顔が見えた!
想像していたよりお若そうな、あ、いやいや近いな、近すぎるなと、思わず背もたれに張り付いたところで、口元にもピシッと切れ目が入れられた。
なるほど、小刀で切れ目を入れて、ダイナミックに指で穴を広げるんですね。ううん男らしい。
「こんなものか?」
「充分です! 最高です!」
麻の端がチクチクと口の周りに当たりますが、贅沢はいいません。
「生き返りました、ありがとうございます」
向かいに座る聖騎士様に、心からお礼を言う。
まだ若い聖騎士様は、なるほどなかなかの男前だ。
短く刈られた銀色の髪に、意志の強そうな太い眉。
橙褐色の瞳は、まるでトパーズのよう……。ほぅぅ。
なんというか、全体的に清潔感というか、まさに聖騎士。
口調がぞんざいなのは、ご愛敬だ!
これが今世で見る最後の殿方というのなら、悪くない。悪くないぞ。
――聖騎士様から見たわたしは、さながら麻袋のお化けだろうけどもな。ちぇっ。
環境が変われば気分も変わる。
まだ日も差さない夜中に引っ立てられて、今は外を見ると、すでに日が沈みかけている。
馬を飛ばせば、通常ミレモ湖までは1日半。
結構な時間、寝て過ごしてはいたけれど、何度か馬車を停めていたのは気付いてた。
あの時、馬を変えていたのかな?
するってぇと、もうすでに湖の近く?
ついに、我が人生のゴールの到着かぁ……。
――まあなんだ、石牢に終身入れられるよりは、アウトドアライフのほうがよっぽどいい。
うっかり死んだときは、島の土にかえるだけなんだし。
ただひとつ、心残りは、一人娘だったのに、両親に花嫁姿を見せれなかったこと。
いやそれを言うなら、恋愛のひとつもできなかったことが、我が人生最大の悔いなり。
……まぁ、今更嘆いてもしょうがない。
おっ、あそこでウサギが跳ねた! おいしそうだなあ。島にもいるかなぁ。
この妙にのんびりとした空気が伝わったのか、今まで寡黙を貫いていた聖騎士様の雰囲気が、少しだけやわらかくなった? 気がする。
そうですよ、あなたの向かいに座っていたのは、麻袋のお化けではなく人間なんですよ!
えへっ、と首を傾げ、愛層を振りまいてみる。
麻袋越しだけど、目と口が見えている分、伝わり率高いだろうて。どや?
「お前は……」
「はい、なんですか、はい」
「いや……、なんでもない」
うっかり口を開いてしまったという様に、聖騎士様は握りこぶしを顎に置くと、気まずそうに視線を外した。
なにそのしぐさ、大の男がちょっとかわいい。いやかなりかわいい。
「言いかけたら、最後まで言ってくださいよー、気になりますったら気になります」
「あー、いや……」
前に身を乗り出して、ふんふんと首を振りながら続きを待つ。
「……お前は、本当に聖女ではないのか?」
聖騎士様の、溜めに溜めたその言葉には、悪意や弾劾の響きは全然なくて。
ここに至るまで、何百回と聞かれたその質問に、正直に答えることにする。
「正直、教会が言う【聖女】がなんなのか、わたしにはよくわかりません。ただ、わたしが聖魔法を使えることは真実です」
「……うむ」
そもそも、なぜ平民のわたしが聖魔法を使えたのか。
「神様のうっかりな間違いだったとしたら、それはわたしにでなく、神様に責任があるんと思うんですけどねー」
なーんて、司祭様にむかって喧嘩売った結果が、これですよこれ。ははは。
「そうか」
それっきり、聖騎士様は口を閉ざしてしまわれまして。
ガタゴトと車輪が跳ねながら、馬車は坂道を進んでまいります。