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西陽は沈まない  作者: 桐花 
9/25

「リヒト、聞いたか?明日からの講義は課外活動になるらしい。しかも、遠出した先で泊まり込みでやるそうだ」

「へえ、そりゃあ楽しみだ」


 学院での生活が始まってもう数ヶ月。座学も実践演習もあらかた終えた事で最近手持ち無沙汰になっていたのだが、久しぶりに心の躍る知らせをクロムウェルが持ってきてくれた。


 課外活動。

 各町村に赴いて、実地の文化や風習、魔道士の活動内容など、学院の中に居たままでは知る事のできない実践的な学びを得る事ができる。それも今回は現地に泊まり込み。

 面倒なだけだった座学も、大した歯応えのなかった迷宮攻略演習もほとんど終わって暇を持て余していた僕にとっては、とても嬉しい知らせだ。


「今回はどこに行くんだったか?」

「ラス・ラージュらしい。良かったな。お前が行ってみたいと言っていた所だぞ」

「楽しみだよな!泊まり込みっつーけど、実際どれだけの間滞在する事になるんだろうな?」


 グランツもエイムも、どうやら課外活動の日を楽しみにしているらしい。2人も僕と同じくらい学習が進んでいるし、やれる事が少ない上に毎日代わり映えしなくて暇なのだろう。いつもテンションの高いグランツはともかく、普段は落ち着いていて感情が分かりづらいエイムからも楽しそうな雰囲気を読み取れた。


「ま、楽しみにするのはここらへんまでにして。もう寝たほうが良いよ。これで楽しみ過ぎて眠れなくなって明日起きれずに遅刻したり、間に合っても寝不足で滞在を楽しめないなんて事がないようにね」

「そうだな。リヒトの言う通り、もう寝るか!」

「確かに、明日に備えておくべきだな。それじゃあ僕は部屋に戻る。おやすみ」

「ああ、2人ともおやすみ」


 就寝の挨拶を交わして自身の部屋に2人が戻ったのを見て、僕も自分の部屋に戻る。

 大神へのお祈りを済ませてから床につく。明日が楽しみなのは同じだけど、なかなかどうしてすぐに眠気に襲われ、すんなりと眠る事ができた。明日の朝スッキリと目覚める事を確信しながら、僕のうっすらとした意識は深い眠気の底へと消えた。



 ==========



「おはよう!今日もいい朝だな!」

「どうしてこんな朝っぱらから大声出せるんだ……」

「寮の中でもこんな感じよ。いつもの事だからもう気にするのは止めたわ」

「いつもならば、微笑ましくて素敵な賑やかさだと思うのですけど。今日は歓迎し難いですわね。寝不足の頭によく響きます」


 今日も朝からソルナがうるさい。彼女も今日が来るのを楽しみにしていたようで、そのせいかいつもより三割増しでうるさい気がする。ロカとアルメリアは寝不足なようで、回復し切れていないにも関わらずあのハイテンションに付き合い続けなければならなかったみたいだ。お疲れさま。


「ラス・ラージュは私の故郷なんだぜ!自由時間ができたら、どこかいいとこ案内してやるよ!」

「それは楽しみだな」

「同感」

「そんな事よりも今は、馬車に乗って休みたいのですけど……」


 寝不足の2人があまりにも辛そうだったので、さっさと馬車に乗って出発してもらう事にした。既に何人かは出発していて、校門前に停まっていた馬車の数はかなり少なくて選択の余地が無かったのが惜しい。

 ……馬や御者の吟味は、もうちょっとくらい慎重にやっておきたかったな。馬のスペックや体調、御者の実力によって、中での快適さや道のりのスピードがだいぶ変わるんだし。


 ロカとアルメリアの回復を待っているうちに大部分に出発されて選択肢も少なかったし、早く乗らないと集合時間に遅れるから吟味する余裕も無かった。

 時間が足りないのは仕方ないので、適当そうな馬車を選んで乗る。体調の悪い2人を景色の見える窓際に押し込め、御者に出発を促す。ムチがぴしゃりと振り下ろされる音が聞こえ、馬車が動き出した。ようやくラス・ラージュへ向かう事ができるのだ。


「ううぅぅ……気持ち悪いよお……」

「馬車の、揺れが……脳髄に酷く響きますわ……」

「大丈夫かい2人とも?私の魔法かけようか?少しは体調もマシになると思うよ」

「誰のせいでこうなってんだよ……アルメリアの方は俺がやるから」

「よろしくー」


 馬車の揺れで身体の中の魔力が揺らぎ、吐き気や頭痛、目眩を催す。吐き気や目眩だけで収まるただの車酔いよりも余程たちの悪い酔い方だ。

 生憎だが誰も酔い止めは持っていない。こんな時の対処法は1つ。車酔いを起こしていない他者に魔力で鑑賞してもらって、魔力の揺らぎ治める事。脳みそを掻き回す原因を鎮める事で、症状はそれまでよりもいくらかはマシになるのだ。


「すこしは……マシになりますわ……2人とも、ありがとうございます……」

「でも……やっぱりキツいよ……」

「こりゃあ酷いね。見てるだけのこっちも辛くなってくるよ。ソルナ、そういやこれから行くラス・ラージュって君の故郷だったよね。あとどれくらいで着くとか分かるかい?」

「ん?確かにそうだけど……その話ってみんなにしてたっけ?」


 あ、確かに。そういえば彼女の口から実際にそう言われた訳ではなかったか。雑談の中でそう判断されたというだけで、ソルナ自身がラス・ラージュ生まれだとは一言も言っていなかったな。


「いや、ごめん。この前した話からそうだと予想してただけだ。実際にソルナからそういう話を聞いた訳じゃないよ」

「おいおい、予想で言ったのかよ。……まあ当たってるから別に良いや。ラス・ラージュまではまだまだかかると思うよ。多分今くらいのペースだと、到着するのは昼過ぎくらいじゃないかな?」

「昼過ぎ!?めっちゃ時間かかるじゃねえか!」


 ラス・ラージュに着くのは昼過ぎまでかかる。ソルナは確かにそう言った。

 倒れている2人を見ると、表情がさっきまでは落ち着きかけていたにも関わらず、またしても青ざめ今にも吐きそうになっていた。どうやら、まだまだ到着するまで時間がかかるという情報で絶望してしまったみたいである。


 ……どうしよう。まだ旅路の最中だけど、馬車には帰ってもらって自分達の力で行くか?魔力で身体能力をブーストすれば、馬車の移動スピードなんて軽く凌駕できる速さを出せる。

 初めから用意されていたし、せっかくだからと馬車を使ったけど。こんな事になるなら、最初からアルメリアとロカを抱えて走るなり飛ぶなりすれば良かったんだ。


「まったくもう、仕方ないなあ。こんな所でたくさん魔力を使うつもりじゃなかったけど……ソルナ様のとっておきをかけてやろう」


 ソルナは2人に、とっておきの魔法をかけてやると言った。どうやら魔力の出し惜しみをしていたみたいだが、そんな魔法があるなら最初から使っていてくれても良かったんじゃないかと思う。


「とっておき?」

「その通り!ソルナ様秘伝、業炎治癒術『リペアフレイム』!その力を使ってやろう!」

「声を……落として……くださいませんか……?」

「あ、ごめん」


 座席に横たわるロカとアルメリアにそれぞれの手をかざすと、ソルナは一旦目を閉じた。いつものような自信満々の表情が、たちまち真剣さに満ちた鋭い表情へと変わっていく。

 ……そんな真面目な顔、できたんだね。


「それじゃあいくよ、『リペアフレイム』。焼ける訳じゃないから慌てないようにね」

「燃えた!?」

「お、おい、本当にこれ大丈夫なのかよ!?」

「……僕は信じるぞ」


 ギラギラと輝いて、それでいて不快な眩しさは感じられない蒼い炎が2人の全身を包む。

 じんわりと肌に汗が浮かび、座席へ流れていく。その度になんだか元気を取り戻してきたのか、表情に生気が戻ってきているような気がした。本当にこれで体調を戻せるのだろうか?


「うぅ……」

「あー、ちょっと良くなってきた、かも……」


 2人に笑顔が戻ってきた。どうやら、本当に体調が良くなったようだ。『リペアフレイム』という魔法、素晴らしい回復効果だな。


「ほら、回復したなら起きとけよ。ずっと横たわってるよりも風にあたってた方が良いよ。ほら、肩貸してやるから」

「ソルナ、感謝しますわ……」

「ありがとソルナー……」

「体調良くなってよかった。これならラス・ラージュに着くまで保つね」


 ロカとアルメリアの車酔い問題も解決して、憂いの消えた馬車旅は続く。しばらく揺られていると、だんだんと人とすれ違うようになってきた。何人かとすれ違い、僕達は道行く彼らに違和感を覚える。


「……ん?今の人も、腕変じゃなかった?」

「確かに。俺の見た限りだと、右腕が無くなっているみたいだった」

「さっきもそうだったな。ソルナ、お前の地元だろ?何があったのか知らないか?」

「あれね。あんまり気にしなくて良いと思うよ。どうせ着いたら先生から説明があるだろうし」


 知ってはいるみたいだが、事情を教えるつもりはないみたいだ。説明はラス・ラージュに着いたら先生がしてくれるとのことだが……気になる。教えてくれればすぐにでも分かる事を知らないままでいるというのは結構苦痛だ。


「ほら、だから理由はすぐ分かるって。……ラス・ラージュの町並み、見えてきたよ」

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