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「はっ、もうすぐ後ろまで来られてるよ!優秀な生徒だこと!」
「お2人とも、追いつけるものなら追いついてごらんなさいな!」
ロカ、ソルナのペアに不意打ちで先を行かれてから数十秒。僕達は帰り道という事で難易度の上がった罠やより凶暴になった魔獣を無視し、全力疾走の末に2人に追いついた。
ロカを背負った紅い軌跡は、僕達の存在に気が付いた今もスピードを緩める事なく走る。人1人を担いだ状態でこれ程の速度を出せるなんて、相変わらずバカげてる。だが、その態勢が2人の1番のスピードを出せる態勢だと言うのなら、まだ勝機はある。
「クロムウェル、ロカをなんとかしてソルナの背中から落とすんだ。そうすればまた、担がないといけなくなるからその隙を突く」
「………なるほど。何か手段は考えているのか?」
「一応ね。要は、ロカがソルナから離れざるを得ない状態にすればいい訳だ」
迷宮攻略演習の合格条件は、迷宮最深部にあるガラス玉を破損させずに持ったまま、地上へ全授業が終わる時間までに帰還する事。
この時、ペアは2人同時に戻ってこなければならない事になっている。例えペアの内1人がもの凄い速さで迷宮を攻略し帰還したとしても、もう片割れがまだ迷宮内部に残っているのならば、そのペアは合格にはならないのだ。
ソルナがロカを担いでいるという事は、ロカにソルナに追いつけて、それでいて僕達を引き離したままでいられるスピードを出すことはできないという事。だからソルナは離れ離れになってしまって合格が遅れないように、ロカを背中に担いでいたのだ。
ロカをどうにかして、ソルナの背中から叩き落とす事ができれば僕達の勝ちだ。
「まずは1発、攻撃してみる。ソルナの火力と素早さは今こうして思い知らされてるけど……防御力の方はどれ程のものか、確かめなきゃね」
「ソルナ、攻撃が来ますわ!」
「オーケイ!暑さにやられないように、ちゃんと自分の身体は守ってろよ!」
……勘付かれてるか。だがまあいい。
警戒されている事は分かっていたが、僕は気にせず剣先に魔力の塊を形造り、ロカを目掛けて全速で射出した。膨大なエネルギーを内包した極大の魔力弾が、迷宮の壁や床を抉りながら走る2人に襲い来る。
このスピードと大きさがあれば、流石のソルナでも避けるなんて事はできないはず。ソルナとロカを引き剥がすのにどれ程の力が要るのか、これでハッキリと分かるはずだ。
「……やっぱりこれじゃダメか」
「うっひゃー、すっごい威力!か弱い女の子相手に容赦ないなあ!」
「よく言いますわ。完全に防いでおいていう台詞じゃないでしょう?正直、こんな大きな魔力弾防げる訳がないと思ってましたわ」
魔力弾がロカの目前まで迫ったその瞬間。その間に蒼い炎が上がり、魔力弾を受けた。壁や天井を罠ごと粉々にする大爆発が起きたが、想定通り2人は全くの無事。結構僕の魔力をたくさん使って作った魔力弾だったのだが、いとも簡単に防がれてしまった。
「アレでもダメか。ならば、今度は2人で魔力弾を放ってみるか?」
「また防がれたら魔力の無駄になるし、防げなかったらロカを殺してしまう。魔力弾を撃たない別の方法を考えた方が速い」
「炎の壁か……ならば、私の魔法が役に立つはずだ。やってみよう」
「……すごいな」
そう言って、クロムウェルは自身の右掌に小さな魔力の塊を造り出した。さっき僕が造ったような、ただ魔力を抽出して球場に固めたものではなく、属性の力をふんだんに内包した風の魔力弾。
ひとたび触れれば、たちまち暴風が吹き荒れるであろう圧縮された風球に僕は息を呑んだ。貴族の魔力は平民とは比べものにならない程多いという事は知っていたが、流石に僕に匹敵するレベルの奴なんて居ないだろうと思っていた。
だが、ここにここに居た。これ程の力を持った風球を造る事なんて、僕でもやった事がない。それをいとも簡単に、さもできて当然の事だと言わんばかりに造り上げたクロムウェルに、思わず混じり気の無い称賛の言葉が口から出た。
「凄い魔力を感じる。でも、風の魔力でどうするつもりなんだ?炎を飛ばせばあちこちに広がるけど、それだけだぞ」
「それを狙うんだよ。まあ、見ていろ」
クロムウェルは自信満々な顔でそう宣言し、ロカを目掛けて風球を投げつける。球は風の推進力で一気に加速し、僕達の速さを軽く追い越して前を行く2人に迫った。
「ソルナ、攻撃が来ます!だけど、そこまで強い攻撃ではなさそう。これなら私が迎撃いたしますわ!」
「いや……ロカ、しっかり捕まって!アレは避けるのが正解だよ!」
「えっ……?え、きゃああぁぁ!!?」
攻撃に気付いたロカが風球の存在をソルナに忠告するも、時既に遅し。避けきれずにソルナの造り出す炎の壁に命中した風球は、その衝撃で極限まで圧縮された球が膨張。巨大爆風を引き起こし、迷宮内部をズタズタに破壊してみせた。
「あっつ……!」
「ロカ!くっそ、捕まって!」
「悪いけど、先に行かせてもらうよ!」
「この勝負、勝たせてもらうぞ」
爆風によって吹き飛ばされた炎の一部はロカの服に燃え移り、ロカは怯んでソルナの背中から落ちた。
ソルナの対応は速いもので。一瞬で炎を消してからもう一度背負うとロカに手を差し伸べたが、その間に僕達は2人を追い越し、先を行く事に成功した。口惜しそうにするソルナの顔がだんだんと遠ざかり、小さくなっていく。
……ようやく、あいつに一泡吹かせてやった!
完全に二人の姿が見えなくなってから、僕は小さくガッツポーズをした。もちろん、再度追いつかれないよう足は止めず。
王立学院入学から今日に至るまで、僕を驚かせ続けてきた少女に対して、一矢報いる事ができた。それがとても嬉しい事だったからだ。今が勝負と演習の最中でなければ、僕は人目も気にせずに「よっしゃあ!」と叫んでいただろう。
「………ソルナ・エターニアと言ったか。あの少女は貴族間で話題になる事が少なからずあった。私は今回初めて彼女の人物像を確認したが、やはり貴族の間で話題となる平民というのはどこかおかしい奴なのかもしれないな」
「………なんだよ、なんでこっち見てニヤニヤ笑いながらそんなこと言うんだよ」
「ふふふ……彼女も我が領地に欲しいな。どうにかして士官させられないものか」
ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべ、クロムウェルはそう呟いた。確かに領地を治める貴族としては、敵に回した時の脅威や味方につけた時の恩恵なんかを考えれば、手元に置きたいと思うだろう。
だけど、素性の不明な異性をわざわざスカウトして手元に引き込む行為は無用な詮索を生むと思う。もう少し考えた方がいいよ、クロムウェル。
「……お、光が見えてきた。多分この階段を登り切ったら出口だね」
「ここまで、時間にして10分足らずか。もう少しかかったと思っていたが……」
「罠も魔獣も大した脅威じゃなかったし、途中の競争でかなりペースを速めたからね」
迷宮の中で起きた事を振り返りながら最後の階段を登る。無駄に長くて大きい段を一段ずつ素早く引っかからないよう昇り切り、僕達は見事一番乗りで、迷宮脱出を果たした。
「ガラス玉を提出します、確かめてください」
「はい。……どちらも傷もなく、綺麗な状態を保てています。クロムウェル・リヒトペア、合格です」
「よっし!やったね!」
「……ああ。だが、私達ならば、これくらいはできて当然だろう?」
……ハイタッチくらいすりゃあいいのに。全くノリの悪い奴め。
「はあ……はあ……追いついたあ!先生、ガラス玉の検分お願い!」
「嘘だろ……?だいぶ差をつけてたはずだぞ、もうここまで来たってのか!?」
「ええ、それはとても。しばらく共に行動してソルナの速さは十分に理解していたつもりでしたが、まだまだ理解不足だったようですわね」
「………恐ろしいな」
僕達が先生から合格を言い渡された直後、ロカを背負って息を切らしたソルナが迷宮の出口からポンと飛び出してきた。
迷宮の中でロカをその背中から叩き落とした時に、埋め切れない差を付けたはずなのに。そんなものはないとばかりに、それが当然の事であるかのようにソルナはここまで戻ってきたのだった。まともな神経をしていなくとも、これは跳び上がって驚くだろう。
……僕らだって、だいぶペースを上げていたはずなのに。こんな簡単に追い付いてくるのか。
ソルナの強さは底が見えない。恐らく、以前に僕が見た虚獣を一瞬にして葬り去った魔法も全力という訳ではなかったのだろう。実際、ぶっ続けで走ってきたらしいので息は上がっているが、全身から感じる魔力には一切消耗は見られない。
もしも、ソルナと組んでいたのがロカではなく別の生徒……例えば、素早さなら僕と横並びまでこれるアルメリアだったら。背負って落とされるリスクも無くなり、より速い記録を出していたかもしれない。
高い火力を持ち、迷宮の壁や床も難なく壊せるであろうエイムやグランツだったら。迷宮の中で迷う事も罠に捕まる事もなく、より速い記録を出していたかもしれない。
正直、ゾクッとした。いったいどんな町の家に産まれて、どんな人生を送ってきたのか。どんな生き方をすればこれほどの力を得られるのか。いろいろと疑問が舞い上がってくる。
「あー、疲れたあ……。こんなに走ったのは久しぶりだぜ……。ロカぁ、リヒトぉ、もう演習終わったんだしさあ、みんなで食堂に涼みに行こーぜー?」
「お、おう」
「そうですわね。じきに他の者達も、迷宮を攻略して戻ってくるでしょうし。先に涼しい所に行って待っておきましょう。クロムウェル、といいました?あなたも一緒にどう?」
「……いいだろう」
おぶってと言うソルナを抱え、ロカはクロムウェルを誘う。彼も普通に申し出を受けたので、取り敢えず僕達は食堂に向かう事にした。
……学院内の迷宮は、まだいくつか残っているそうだけど。さっき攻略したアレは、その中では最も低レベルなものだという。だったら、次からの演習はもっとやり甲斐のあるものになるだろうな。
振り返ってみると、今回の演習で攻略した迷宮はとてつもなく難易度が低かった。
道はそれほど入り組んだりしていなくて、罠もしょうもない上に、解除しなくたって普通に無視して先に進める。中に巣食っている魔獣も、大して強かったり厄介だったりする奴は居なかった。途中でカチ会ったロカとソルナの2人の方が、よほど僕達の脅威となっていたくらいだ。
……次の演習はいつになるんだったか。学院側ももう少し、難易度の高い張り合いの有る迷宮を用意して欲しいものだ。
「どうした?さっきから黙りこくって」
「ん?ああ、少し考え事をね」
「そうか。ならいいのだが」
実技が今くらいの難易度では、己の力を高める事など到底できやしない。以前はソルナに瞬殺された程度のものでしかなかったが、虚獣くらいの強さがなければ僕が実力を高める事は難しいだろう。また、出てきてくれないものか。そうすれば、今度は自分で倒してやるのに。
……おっと、いけないいけない。そんな物騒な事考えちゃダメだよね。もしこれが現実になったらそれはもう大変な事になっちゃうし。