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「……せっかくフォーメーション作ったけどさ、ここは僕一人でやって良いかな?」
「その方が早く終わるな。やっちまえ」
「勢い余って殺したりするなよ。面倒な事になる」
「ありがとう。なるべく早く終わらせるよ」
グランツがエイムと同じ所まで下がり、僕一人だけでレオナルドと向き合った。目線が合った奴は心底気色悪い笑みを浮かべていて、いつも小綺麗にしている貴族の顔かと、思わず顔を顰めた。
……ああ、気色悪い。今日の夢枕には、こいつのこの顔が浮かんでくるかもな。
「何だ、クズでも3対1は卑怯だと思うか?」
「そんなんじゃないさ。僕だって、2人には君らから受けた不意打ちの報復をさせてあげたかったよ。でもね……」
「……?」
レオナルドが首を傾げる。僕が何を言おうとしているのか分からないらしい。答え合わせに言葉を発した瞬間、レオナルドの顔は憤怒に染まった。
「寄ってたかって1人をいじめるだなんて、格好悪いだろう?」
「……っ!!平民如きが、調子に乗るなああ!!」
叫びと共に、火属性の魔力がレオナルドの身体から溢れ出していった。精一杯の侮蔑と憐憫を込めた僕の一言が、相当腹に据えかねたようだ。
……凄まじい高温だな。やっぱりグランツとエイムを退げさせたのは正解だった。
貴族の魔力というのは、平民と比べると相当多い。相当優秀なレベルとされる2人でもこのレオナルドの魔力を超えることはできていない。もし戦いに参加させていたならば、この炎を防げずに焼き殺されていただろう。
後ろをチラリと振り返ると、距離を離して熱波から必死に身を守っている2人の姿が見えた。すごい汗をかいて、肌も赤くなっている。できる限り離れて魔力で身を守っても、これだけのダメージ。流石は貴族といったところか。
「……凄い高熱だ。流石は貴族の付き人だと感心するよ」
「そうだろう?これこそが、平民如きでは一生涯を懸けても届くことのない世界だ!恐れ、慄き、その存在でクロムウェル様の気分を害した事を後悔しながら死んでいけ!」
……へえ、あの白い髪の少年の名はクロムウェルと言うのか。いいことを聞いた。名前も分からないままの敵を倒すというのは何となく気が引けたから。これで心置きなく、こいつの相手ができる。
右手をレオナルドに向け、僕も少しばかり魔力を放出する。奴の放つ火属性の熱を押し退ける、より強い火属性の魔法を。
同じ魔法を使えば、当然より多くの魔力を費やした方が勝つ。僕が放った熱波はレオナルドの熱波を容易く押し戻し、強烈な高温を浴びせた。
「あっ……ぎゃああぁぁぁ!!?なにがっ……なにがおこってるんだああぁぁ!!?」
「ちょっとしたご挨拶さ。君がプレゼントしてくれた火球の分のお返しだよ」
「……!!」
高温に顔面をやられたようで、レオナルドは顔をひたすらに掻き毟りながらのたうち回る。自分の付き人がやられた事に驚いたのか、後ろで余裕綽綽といった澄ました顔で一部始終を見ていたクロムウェルが目を見張った。
「これでおあいこ。レオナルドといったね。君がこれ以上やるというのなら恨みっこなしだ。僕も全力で相手させてもらうよ」
「馬鹿な……何故私の魔法を押し返せる!?私には火の神の御加護があるのだぞ!」
「それなら僕も貰っている。自分の持つ属性と同じ四大神の御加護なんて、珍しい物でも何でもないよ」
魔力には6つの属性がある。
土、火、水、風、陰、陽の6つ。先に挙げた4つの属性では、真剣に祈りを捧げる事で神様が御加護をくださることがあるのだ。そうなればその属性で行使する魔法の力は格段に上がり、魔力効率も飛躍的に上昇する。魔道士を志すのならば、御加護をいただくことは必須レベルで大事なことなのだ。
レオナルドは火の神からの御加護を授かっていた。貴族の豊富な魔力に加えて、御加護を与えられた事による魔法威力と魔力効率の上昇。火属性で彼の右に出る者はそうそう居なかったのだろうと容易に想像できる。
「ちなみにね、こんな事もできるんだよ」
「んなっ……!?なにをする!!?」
「あーあ。勝負あったな、これは」
「最初から分かりきっていた結末だ」
指先を動かして風を操り、這いつくばっているレオナルドを無理矢理地面から引き剥がす。暴風に囲まれて身動き取れなくなっている彼に、今度は大量の土が覆い被さっていく。足が埋まり、下半身が埋まり、頭まで。完全に身動き取れない状態を作り出した。
「何故だ……何故平民如きが、これ程の力を持っているのだ……!?」
「……かなり苦しいと思うけど、殺しはしないよ。しばらくの間、おねんねしてな」
「ごっ……!ごぼっ、がぼっ、おぼっ、おぼ、おぼぼぼぼ!!」
「ひっでえ事するなあ」
「まったくだ」
「……これは、凄まじいな」
レオナルドを閉じ込める土の檻。わざと開けておいた顔面の隙間から、水属性の魔力で作り出した水球を押し付ける。鼻と口をしっかりと覆い隠せるよう大きめに作っておいた水球は、目論見通りレオナルドを溺れさせた。
完全に気を失ったところで土の檻を解除し、顔を覆う水球を弾け飛ばす。ピクピクと細かく痙攣しながら泡を吹いて倒れるレオナルドの姿は、平民が見れば確実に末代までの笑い者にするだろうと断言できるくらいに無様だった。
「君は火の神の御加護がある事を自慢げに話していたけれど。生憎、僕は土、火、水、風、天。五柱の大神全てから御加護をいただいているんだ。最初から、君に勝ち目なんて無かったんだよ」
……まあこんな事言ったって、気絶していて聞いちゃいないだろうけどね。
ウェルの様に強くなると決意したあの日から、僕は訓練と神へのお祈りを毎日欠かさず行った。その結果得たのが、国を見守ってくださる五柱の大神の御加護と、町では誰も右に並ぶ事がない膨大な魔力。たかだか一貴族の付き人如きになど、天地がひっくり返っても負けるはずがないのだ。
「クロムウェルと言ったね。次は君だ。いきなり人を襲っておいて、自分は何もされないだなんて思ってないよね?」
「……ふん。こんな所での勝負などしない。私と戦いたいというのなら、入学してから挑みに来るがいい」
「平民相手に、尻尾を巻いて逃げるのかい?」
「なんとでも言え。虫ケラの鳴き声に耳を貸す貴族など居ないのだから」
僕の挑発を流して、気絶したレオナルドを回収したクロムウェルは闘技場を後にした。いきなり攻撃を仕掛けてきて返り討ちにされた立場だというのに、凄く太々しい態度だった。
「……僕らももう戻ろう」
「だな。悪かったなリヒト、お前一人に面倒事任せちまって」
「僕達にも、貴族に勝てるくらいの魔力が有れば加勢できたのに」
こうして僕達の校内見学は、とても中途半端なところで終了したのだった。寮に戻った頃には既に日没していて、僕達は寮監にお説教を食らった。1時間近く叱られた後で食べた夕食の味は、なんだかとてもしょっぱく感じた。
……これが涙の味、ってやつか……。
「はー、やっと部屋に戻ってこれたぜ。たくさん歩いて、不意打ち食らって、戻ってきたら激長い説教!盛り沢山の1日だったな!」
「本当だよ……あー、眠たくなってきた。グランツ、エイム、僕はいつものやってからもう寝るね。おやすみなさい」
「おやすみ。寝坊するなよ?」
「こっちの台詞だ」
今から分かれた扉の内、自分の部屋と定めた部屋の扉を開ける。中に置いていた鞄の中から色とりどりの魔石を取り出した。いつもの日課、寝る前にやるお祈りの時間だ。
別に、お祈りといっても大して大袈裟な動作をする訳ではない。各属性を持った魔石に魔力を込めて、各属性を司る神々に捧げる。これだけだ。僕は既に全ての大神の御加護を得ているが、そうなったからといってお祈りを怠れば、すぐに大神は与えた御加護を取り上げてしまう。だから、今も継続してお祈りをする必要があるのだ。
「アルセリアの守り手たる土の女神よ、火の神よ、水の神よ、風の女神よ、天の神よ。我が魔力を皆様に捧げます。どうかお受け取りくださいませ」
土は黒。
火は青。
水は白。
風は緑。
天は金。台に置いたそれぞれの魔石に触れ、魔力を順番に流し込んでいく。飽和して押し返されるまで魔力を流し込んだ後は、奉納の言葉を唱えて両手を胸の前で交差させ、跪く。こうして、5秒程待ってから立ち上がり顔を上げればお祈りは終了だ。後は……
「よかった、今回も成功したな。……寝よう」
魔石に詰めた魔力が天に昇っていく。神様に捧げた魔力が、ちゃんと届いた証だ。
飽和するまで詰め込まれた魔力が無くなって光らなくなった魔石を鞄にしまい、僕はベッドに入った。掛け布団を被ると、意識は瞬時に虚空の彼方へと沈んでいく。今夜はよく眠れそうだ。
……明日、面倒なことになってないといいなあ。
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「あ、グランツ。おはよう」
「はえーな。朝飯まで作ってあるし」
「御託はいいから早く食え、寝坊助」
疲れてたからか、熟睡できた夜が明けて。先に起きていたエイムが作ってくれた朝食を食べながら、僕達は雑談を始めた。入学式まではまだまだある。朝ごはんくらい、ゆっくり食べても大丈夫だろう。
「昨日は災難だったな」
「本当に。リヒトがいたから良かったものの、僕達だけならあのまま熱に焼かれていた。……流石に、貴族に打ち勝てるだけの魔力は僕達には無いからな」
「それもだけど、返り討ちにしたから確実に貴族側に目の敵にされるよね。クロムウェルがどれだけ位の高い貴族かは分からないけど、絶対取り巻きが居るだろうし、学院生活には邪魔が入ると思う」
「はあ……めんどくせえ。なーんで東のクソ野郎ならともかく、自国の人間といがみ合わなきゃいけないんだか」
……グランツの言葉には、平民と貴族間の仲の悪さが現れている。自国の民同士、纏まらなければならない事はどちらも分かっているだろう。しかし、グランツは……というか平民は貴族の方が歩み寄ってくるべきだと考えているし、お互いの仲が悪いのは貴族のせいだと考えている。
僕だってそうだ。流石にグランツやアルメリア程ではないという自覚はあるが、僕だって少なからず貴族が歩み寄ればいいのにとは考えている。
それに平民の僕達が考えているような事は、立場が逆転しただけの同じ事を貴族も考えているはずだ。我が国の最大の敵である東を潰す為には双方の協力関係が大事なのだが、今のような価値観と考え方では当分はそんな関係築く事は不可能だろう。
「……貴族だけを責めないで。僕達も僕達で、歩み寄る事は必要だと思うんだよ。グランツ。君には無理には言わないけど、僕はこの学院での生活の中で、できる限りお貴族様と仲良くしていきたいと思ってる。最初の取っ掛かりさえあれば、それを起点に少しは平民と貴族の仲が良くなるかもしれないしね」
「……昨日の事があったせいで、貴族共と仲良くするのは難しくなっていると思うがな」
「そうだぜ、無理に仲良くする必要ねえよ」
「うーん……」
……やっぱり、まだまだ難しいか。小さい頃から続いてる価値観を変えるのは。
「あっちからの歩み寄りも期待しつつ、僕達の方も変わっていけばいい。僕もなんとか仲良くできるよう努力してみるよ」
「エイム」
「せっかくの学院生活だ。学生の内だけだぞ?いろいろな事を試せるのはな。できる事、できそうな事、これまでできなかった事、全部試してみなければもったいないだろう?」
「……仲良くできたら、そいつを紹介してくれよ」
グランツも、あんまり頑に貴族を嫌っているという訳ではないようだ。これならいつかは、僕達だけでも平民と貴族の蟠りを解消できるかもしれないな。
僕の理想は、あのクロムウェルのような平民を見下す典型的な貴族とも手を取り合い、仲良くできるようになる事。それを実現する為にはまず、身近な人間から意識を変えていく事が大切だ。できるだけ早く、この理想は実現させたいと思っている。
なぜなら僕らの敵は、平民にとっての貴族でも貴族にとっての平民でもなく、東の蛮人共なのだから。
「……ーい、3人ともー!ちょっと早いけどもう行こーよ!モルテがそろそろ限界なんだ!」
「……まじかよ。リヒト、エイム、食器の片付けは帰ってからだ。入学式に行くぞ」
「分かってる。暇を持て余したモルテは何をしでかすか分からないもんね」
「アイツを待たせるわけにはいかないからな。皿洗いくらいすぐできるし、モルテを優先だ」
グランツに届いたアルメリアからの通信を聞いて、僕達はそそくさと寮を出た。
暇を持て余したモルテは怖い。故郷の町でもあいつはいろんな事をやらかしたから、僕らはモルテが暇をしないように工夫をしなければならない。……いろいろ貴族との確執とかの話をしたけど、一番面倒なのはモルテの機嫌取りかもしれないな。
「ほんと、モルテはあの癖さえ無ければ嫁の貰い手がたくさんあったのにね」
「まったくだ。これ以上待たせたらあいつに寮を破壊されかねん。走るぞ」
「ったく、朝っぱらからこれかよ。学院生活、波乱万丈になる予感しかしねえぜ」
普通は主人公の活躍って1話にありますよね