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西陽は沈まない  作者: 桐花 
2/25

「ようやく着いたね、ガルフネール。まさか二日もかかるとは思わなかったよ」

「魔獣が出たり夜盗が出たりと、道中色々あったからな。仕方ねえさ」


 町を出発してから丸二日が経過して、僕達一行は王立学院のある町ガルフネールに到着した。初めてやって来た他所の町ということで、なんだかみんなそわそわして浮き足立っている。みんな初めて見る町並みが新鮮なのだろう。僕もそうだし。

 あちこちにある地図や、町の人達から聞いた情報を頼りに学院を目指して歩く。入学式が行われるのが明日なので、なるべく早く寮に入って荷物を置きに行きたいのだ。


 ……馬車旅が予定通りにいってれば、昨日の内に町に着いて観光なりなんなりできたんだけどな。まあアクシデントは旅にはつきもの。仕方ないか。


「あ!見て見てみんな、あそこにでっかい建物が見えるよ。あれが学院かな?」

「そうでしょうね。町の人達が親切にしてくれたおかげで、特に迷う事もなくて良かったですわね」

「この制服のおかげだな。これがなければ俺達はただの余所者……優しくされる事はなかっただろう」

「……そうかもね。ウチも余所者は警戒するし、当然の事だけど」

「んだねー」


 エイムの言葉を肯定し、僕達は自分の身に付けている服に視線を落とした。

 ガルフネール王立学院の生徒である事を示す、白を基調として王国のエンブレムを右肩に刺繍した豪奢な制服と腰丈で短めの紺色のマント。学院入学が決まった者の家に政府から送られてくるこの服は、王国全体を見回しても王立学院の生徒、いわゆる将来を約束されたエリートしか着れる者のいない貴重な服。それを着ているとあらば、余所者にだって優しくなるのも当然だ。


 ……将来国の守護を担う魔道士となる者に冷たく接するとか、私怨で自分だけ守ってもらえなくなるかもしれないからね。そりゃあ優しくするよ。


「後はもう、このまま真っ直ぐ行くだけでいいみたいだよ。どうする?競争でもする?」

「アホらし、誰がやるかよ」

「めんどくさい。面白くなさそう。興味ない」

「人の迷惑を考えなさいな」

「ここは俺らの故郷じゃないんだぞ。少しは落ち着いてみせたらどうだ?」

「はい……」


 ……集中砲火。一人が何かしょうもない事やろくでもない事を言ったら、残りの全員でツッコミの袋叩きを食らわせる。競争賛成しようと思ってたんだけど、言わなくて良かった。


 ツッコミの袋叩きを食らったアルメリアはいつもの活発さが嘘のように引っ込み、馬車の中で酔っていた時と同じようにしおらしくなっていた。


「あ、アルメリア。その」

「リヒト、慰める必要はありませんわ。一人がしょうもない事を宣えば、全員でツッコミを入れる。いつもの事です」

「どうせすぐ元の調子に戻るさ。10分もかからねえだろうよ」


 小さくなっているアルメリアをフォローしようと声をかけようとしたら、ロカに止められた。あまりの剣幕に口を出かかっていたフォローの言葉も、口に出す前に引っ込んでしまう。次の標的にされる前に僕はお口チャックした。

 ちなみに、アルメリアはその後学院の門前に着く頃には機嫌が治っていた。グランツの言う通り、10分もかからなかった。


「ようこそ、ガルフネール王立学院へ。この学院での生活が、君達の人生の糧なるよう祈ろう」

「ありがとうございます」

「学生寮の場所は、この先にある地図を参考にするといい。……貴族に目を付けられないようにな」


 お貴族様に目を付けられないように、か。せっかくの忠告だけれど、お貴族様から目を付けられずに過ごすのは多分無理だろう。

 同じ学生と言っても、貴族と僕達平民では意識にかなりの隔たりがある。貴族は平民の学院入学を妬ましく思ってるし、平民も貴族を親の身分が良いだけの七光り野郎と嫌っている。選民思想や身分意識の強い奴ならなおさらだ。


「失念していましたけど、これからはお貴族様とも一緒になるのでしたね。身分も住む場所も違う相手、仲良くできる気がしませんわ」

「ほんと、故郷の貴族は本当に酷かったしね。アレの同類と一緒だなんてごめん被りたい」

「あの貴族らと()の連中、いったいどっちがマシなんだろうな」

「どっちもどっちでしょ。神様の御慈悲を踏み躙る大馬鹿共と、大して実力もないくせに産まれが違うだけなのに自分が天上に居る気になってる無能。生きてる価値の無いゴミってところがそっくり」

「言い過ぎじゃない?みんなどんどん声が大きくなってきてるし。お貴族様に聞かれでもしたら、大問題になっちゃうよ」


 門番の忠告から始まった移動中のお喋りは、お貴族様への不満からどんどんヒートアップしてくる。次第に大きくなってきた話し声、聞かれない内に制止しなければヤバい。


「物騒な話してんねえ」

「うわああ!!?ほら、やっぱり聞かれちゃってたじゃないか!って、あれ……君も平民……?」

「リヒト、その子も平民。聞かれても大した問題じゃない」

「何でアンタが一番ビックリしてんのよ……」

「驚くべきは私達ですものね。ところで貴女は?」


 何とかお貴族様の批判に熱くなり過ぎてるみんなを止められないかと考えていると、背後から聞いた事のない声が聞こえてきた。


 ……ヤバい!あんな大声で話すから、やっぱり聞かれちゃってたじゃないか!どうにかして誤魔化さないと……!


 とか思っていたのだが、振り返るとそこに居たのは僕達と同じ制服を着た緋色の髪の少女。マントが腰丈なところを見るに、彼女も平民か。話を聞いてたのが貴族じゃなくて本当に良かった……。


「いやあごめんね、勝手に聞いちゃってさ。まあ私は口が固いし、告げ口なんてしないから安心しなよ。君らと同じ平民だし、私もお貴族様にはいろいろ不満があるからね」

「そうですの。では私達、仲間ですわね。私はロカと申します。貴女のお名前も教えてくださらない?」

「俺はグランツ、よろしくな」

「エイムだ」

「アルメリア。同じ平民同士、仲良くしましょ」

「モルテ……」

「私はソルナ。ウチの町じゃあ学院入学できたのが私しかいなくてさ、結構心細かったんだよね。君らに会えてほんと良かったよ。んで、そういや君は名乗ってくれないのかい?」


 みんながそれぞれ名乗りをあげるのを黙って聞いていると、ソルナと名乗った少女は突然僕の方に視線を向けてきた。

 背筋がなんだかぞわりとした。ソルナの緋色の双眸が、まるで僕の事を隅々まで観察しているかのようにギラリと妖しく光っていて。その可憐な風貌にはまったく合わないような、異様な威圧感を感じずにはいられなかった。


 ……みんな、特に変わった様子はないな。単に僕が名乗ってないから、質問したついでに観察してるだけなのか……?感じるこの妙な威圧感は、ただの考え過ぎなのか……?

 ……多分考え過ぎだ。初対面で跳び上がるくらい驚かされたからって、彼女がヤバい奴だとするのは飛躍し過ぎだろう。冷静になれ、僕よ。


「僕はリヒト。これからよろしくね、ソルナ」

「リヒトか。ま、仲良くやろーぜ」


 お互いに名乗り合い、僕はソルナに握手のための手を差し出した。一瞬首を傾げていたが、ソルナはすぐに意図を理解して僕の手を取り、僕達は固い握手を交わした。

 握手の最中もう一度ソルナの双眸を見てみたが、さっきまでのような異様な威圧感はカケラも感じられなくなっている。年相応の少女らしい、あどけなさの残る微笑みだけがあった。


 ……うん。やっぱり僕の考え過ぎだよ。


「ここからは男女で別方向だな。ロカ、モルテ、アルメリア、また明日、入学式の時に」

「ロカ、ちゃんとモルテを起こしてあげてね」

「ソルナさんも、また明日」


 学生寮は男女でそれぞれ建物が違う為、僕達はここで一旦お別れとなった。一階から一部屋ずつ扉に貼ってある名札を確かめ、自分達の部屋を探す。

 寮の部屋は基本的に3〜4人で一部屋で、出身地が同じ生徒で固められるらしい。どこの誰かも知らない相手といきなり一緒にさせられるより、少しは顔を見知った相手と一緒の方が良いだろうという、学院側の配慮でそうなっているのだそうだ。


「あ、あったぞ。ちゃんと俺達の名前が貼ってある」

「中は結構広いんだな。……もしかしたら、僕の実家よりも広いかもしれないな」

「台所も、トイレお風呂場も完備されてる。至れり尽くせりだね」


 扉を開けて中に入ると、掃除の行き届いたまっ白い壁の部屋が目に入った。

 学生共用の大広間に、そこから派生するそれぞれの部屋。食材と食器の揃った台所に、魔石で必要な水を生成するタイプのトイレとお風呂場。ただの学生寮が実家よりも広い事に、僕達は驚き目を見張った。


 ……少し不安だったけど、これなら特に問題なく生活できそうだ。良かった。


 自分の使う部屋を決めて荷物を置き、大広間で3人で雑談をする。疲れて棒のようになった足に回復魔法をかけながら。

 人体を治癒したり強化したりできる陽属性の魔力はこの中では僕しか持っていない。2人は回復魔法をずるいと言うが、自分が持ってる物を使って何が悪いと言うのだろうか。後でかけてあげるからもう少し待ってくれと言うと、二人とも大人しくなった。


「なあエイム、今何時だ?」

「さっき時計を見た時は15時だった。今はだいたい16時のちょっと前くらいだと思う」

「夕食刻まで結構時間あるね。どうする?学院の中の見学でもしてみる?」

「面白そうだな。道に迷わないようにする為にも見回りはしといた方が良いし、賛成だ。エイム、リヒト、となれば早速行こうぜ!」

「やれやれ、長い移動が終わってようやく休めると思ったのに。しょうがないな」

「さっさと行って、学院の構造を頭に入れて戻ってこよう」


 2人にさっと回復魔法をかけ、足の疲れをある程度取り払う。2人とも足取りが軽くなり、顔にいつもの元気が戻っていた。


 部屋を出て、一階に貼ってあった学院内の地図を確認する。とても広大な敷地である事が、こうして平面で見ただけでも分かるくらい大きな地図だった。

 講堂が5つに、魔法関連棟が8つ。生徒同士が力を競い合う為の闘技場や、僕達が今居る学生寮、それに加えて何の意図で建てられたのかよく分からない建物が多数。正門前にも地図があったけど、これは各建物に地図を完備していなければ、学院内で迷子になる者も出るかもしれない。改めて自分の居る場所の凄さを実感した。


「まずはどこから行く?」

「闘技場で良いんじゃねえか?入学式の会場だし、真っ先場所を把握しておくべきだ」

「なるほど。確かにその通りだな。僕は賛成だ。リヒト、君はどうだい?」

「良いんじゃない?日が暮れる前に行っちゃおう」


 と、言うわけで。僕達は地図を頼りに明日の入学式の会場となる第一闘技場へと足を運んだ。思っていたよりも学生寮とは距離が離れており、移動にはそこそこの時間を要した。


「でけえ所だな。観客席も広いし、ここで派手に魔法をぶっ放せばさぞかし盛り上がるだろうよ」

「壁には結界魔法が付与されているな。ある程度以上の被害が出ないよう対策が成されている」

「凄い結界だよね。僕の魔法でも防げそう」

「何だ、貴様らは……?」


 観客席をぐるりと一周し、闘技場のメインとなる戦闘広場へと降り立つ。一通り見て回って、僕達が中の広さや、魔法の誤爆や流れ弾防止で張られた結界の強力さに感心していると、本来の入り口から誰かの声が聞こえてきた。


 同じ制服を身に付けた、白い髪の少年。マントが長く、後ろに付き人が居るのを見るに、彼は貴族なのだろう。彼も僕らと同じように、闘技場の見学に来たのだろうか?


「……誰かと思えば、平民が3匹。気色悪い物を見てしまったな。レオナルド、アレを片付けておけ」

「承知いたしました」


 少年は心底見下した目で僕達を一瞥すると、付き人に堂々と命令を下した。

 僕達を片付けろ(殺せ)、と。


 レオナルドと呼ばれた付き人が前に出る。奴も少年と同じ心の底から軽蔑した目で僕らを見据え、右腕を勢いよく突き出した。掌に赤く光が灯り、それは少しずつ肥大化し、掌大の火球となって僕達を焼き尽くすべく射出された。


「いきなり何しやがる!」

「そうだ、こんな暴挙が本当に許されると思っているのか!?」

「誰が発言する事を許した?虫ケラは虫ケラらしく、無様に焼けて死ね」


 ……ダメだな、全然話が通じない。


 貴族の子どもと関わった事は、故郷にいる間にも何度かあった。あの時の子もそうだけど、僕らのような平民とは根底から意識が違う。彼らは平民の事を、同じ形をして、同じ言葉を話すだけのゴミのような物としか思っていない。だからコミュニケーションをまともに取ることすら難しい。

 それに、グランツもエイムもいきなり襲われた事で頭に血が上ってしまっている。これではこちらから歩み寄って、何とか平和的解決に持ち込むという事もできない。


「……仕方ないか。こういう輩は力尽くで捻じ伏せるしかない。グランツ、エイム、やるよ」

「ああ。やられっぱなしでいられるかよ」

「あの見下した面に一発でも入れてやらないとな」


 3人同時に抜刀し、エイムが跳躍し後ろに下がる。僕達も戦闘態勢に入った事で、レオナルドの警戒が跳ね上がった。


「お貴族様はいつも当然のように僕らを見下すけど、それが愚かな行為だって事、思い知らせてやろう」

「ああ!!」

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