11
「あら、王立学院の生徒さん……我が町の小神殿を見学ですか?」
外装をみんなでべたべたと触る事に夢中になっていると、建物の中から法衣を着た女性が、穏やかな笑みを浮かべながらやって来た。恐らく……いや確実にこの小神殿の巫女の1人だろう。
「初めまして、シスター。私はガルフネール王立学院1年のロカ・アレクライアと申します。勝手にお邪魔して、無遠慮に触り回って申し訳ありません。今更になりますが、この小神殿を見学する許可をいただけませんでしょうか?」
「わたくしは構いませんが……ごめんなさい、それを決める権限はわたくしには無いのです。神殿長にお話お伺いして来ますので、少々お待ちくださいな」
「お心遣い、ありがとうございます。良き返事が帰ってくる事を、期待して待っております」
扉から出て来たばかりの巫女さんは、完全に僕らを不審者として見ていた。しかし、その認識は僕らの身に付けている王立学院の制服と、ロカの冷静で迅速な対応によってあっさりと切り替わった。
王立学院の制服には、実に様々な機能がある。
例えば、各領地の境にある関所を無視して町の中に入る事ができるし、魔法系の商品を扱っているお店では何割か代金を割引してくれる。法皇国の直接管轄であるエリート養成組織の一員の証である為、それ自体が信用度の高い身分証にもなるのだ。
それでも、いきなり嫌疑の眼差しを向けられた事に関しては物申してはおきたいのだが。
……うん。まあ、仕方ないよな。扉を開けたらいきなり壁や床を擦って摩って、中には興奮しすぎて喋らなくなった者までいる。そんな危険な場面を最初に見てしまったのならば……
「おいリヒト、アルメリアが壊れた。もうすぐさっきのシスター戻ってくるはずだけどどうする?」
「えっいや、そんな事を僕に言われても対応に困るんだけど」
「放っておいて大丈夫よ。アルメリアは五神の狂信者だから、神殿に来るといつもこうなるの。じきに落ち着くからそれまで放置していて」
「えへ、えへへ……この小神殿……なんて素晴らしき神の気に満ちた所なの……!」
……うん、今関わるのは止めておこう。
友達の普段は見せる事のない、危ない一面を見てしまった。自分の知っているアルメリアは、もう少し清廉な女の子だったはずなのだが……
グランツの問題提起から始まったアルメリアの奇行をどうするか問題は、ロカの発言により「放置」しておくという結論に至った。ここを出る頃には、正気に戻っているといいな……
「はじめまして、王立学院の皆さん。私が当小神殿で神殿長を務めさせていただいております、クロム・レイガスと申します。此度の皆さんのご来訪、我々は歓迎致します」
「初めまして、神殿長。私はロカ・アレクライアと申します。唐突な訪問にも関わらず歓迎していただけるとは幸いです。本当にありがとうございます」
「礼儀正しくてよろしいですね。それでは中へどうぞお入りなさい。神殿の中には本来神官と巫女、あとは急務の貴族や重病人くらいしか入れませんから。きっと、若いあなた達には良い刺激となるでしょう」
遅かった。アルメリアが正気を取り戻すのを待っている間に神殿長は辿り着いてしまった。
しかし、周りに立つ他の神官よりも少し豪奢な服を纏った初老の男はアルメリアについては一瞥した程度で済ませ、すぐに見なかった事にしてくれた。友達の痴態を忘れてもらえるのはありがたい。
ロカが相対している間に少し遠まきにして眺めていたモルテとソルナにアルメリアを預け、僕も神殿長とロカが話している場に戻る。どうやらさっきの巫女さんは僕らの神殿見学についてきちんと話をつけていてくれてたようで、すんなりと中に入れてもらえる事になった。
神殿の中にはまだ入った事がない。毎日欠かさずに祈りを捧げ、五柱の大神全てからの御加護をいただいてた僕でも分からない未知なる場所。そこにこうして入る事ができるとあって、僕の心は少なからず高揚していた。楽しみでワクワクしている。
「そこの遠くのお三方も、眺めてるだけではつまらないでしょう。こちらにおいでなさい。平民が神殿の中に入る機会なんてそうそうありませんよ」
「いいよ。あんまり面白くなさそうだし」
「別に、神殿の内部に興味はないかな」
「えへへ……神様……♪」
「そうですか……ならば仕方ありませんね。残念ですが諦めましょう」
未だに妄想の中なアルメリアはともかく、小神殿にさして興味を持っていない2人は神殿長の誘いの言葉をいっそ清々しいくらいにバッサリと切り捨てた。これ程きっぱりと断られては、この神殿長が本来押しの強い人だったとしても諦めざるを得ない。
3人には外で待っていてもらい、4人で小神殿の中に入る。巫女さんに案内されて回る神殿の中は初めて見るものばかりで、とても新鮮だった。
毎日決まった時に鳴り響き、時間を告げる鐘。
五柱の大神それぞれが祀られる、5種類の広い礼拝堂。
神殿の者達の暮らしの場。
重傷人や重病人が収容され、祈りと魔法による治療を受ける療護院。どれも普通に生きているならば見る事のできないもので、すごく面白かった。小高い山を登ってまで来た甲斐があったというものだ。あの3人も見にくれば良かったのに。
「この地に神殿が建設され、大神の恩寵を受けられるようになってからというもの。農地は肥え、魔道士は強くなり、本来なら死を待つだけの重傷病人も生きてもう一度家族の元へと帰れるようになりました。皆、神のお力に感謝しています」
「そうですね。かつて法皇国が渇望したこの地は神職に就く皆様の活躍によって、より一層の発展を遂げました。神のお力、そしてそれを正しく扱える皆様には本当に頭が上がりません」
「今日は本当にありがとうございました。この経験を活かせるよう、これからも精進していきます!」
「それではまたいつか、お会いできる日が来るのを楽しみにしています」
「ええ。皆様の活躍を耳にする日を、私達も楽しみに待っていますよ。これからもどうか、身体に気を付けてご自愛なさって下さい」
一通り小神殿の中を見学させてもらえた僕達は、何度もお礼を言って神殿の皆さんとお別れした。門が開いてそこを潜ると、目線の先に退屈そうに柱にもたれかかっている3人の少女が見えた。
「遅かったなあ。やあっと終わったか。もうすぐ日も暮れることだし、さっさと帰ろうぜ」
「眠い……お腹すいた……足痛い……早く宿に戻りたい……」
「正気じゃなくなってたからって、私を置いて行くなんてひどいわ!少しくらい待っててくれたってよかったじゃない!」
……うーん。もう少しくらい、貴重な体験をした事の余韻に浸らせてくれよ……。
さっさと帰還する準備をしろという圧力をかけられたので、お望み通りさっさと宿に帰還するための準備をする。準備と言っても、小神殿に入る前に3人に預けた荷物を点検するだけなのだが。別に何も盗られたりも、無くなっていたりもしてなかったからすぐに終わったし。
生き生きと帰り道を行く3人を前に、僕は微妙な気持ちになりながらその後をついて行った。
==========
「ふぃー、今日はたくさん歩いたねえ」
「あの小神殿、地味に町から遠かったもんな」
門限である日没までに宿に帰還する事ができた僕達は、同じ頃にちょうど帰ってきたクロムウェルの班と一緒に町で体験した事の話をした。大人数で一つのテーブルを囲ってする駄弁り合いは楽しいもので、気がつけばとても長い間話し込んでしまっていた。
「しかし、小神殿の中に入れたとは羨ましい。貴族である私でさえ、執務に携わっていないという理由で未だに入る事を許されていないのだぞ」
「そりゃあ残念だったな。これに関しちゃあ、俺達が一歩先を行ってるってことで」
「……」
「ん?どうしたよ、リヒト?」
「いや……グランツ、普通にクロムウェルと話せるんだなって思ってね」
僕達の中で、最も貴族の存在を忌み嫌っているのはアルメリアだ。だが、グランツも彼女と同じくらいに貴族の事を嫌っている。だから、そんなグランツが普通に高位の貴族であるクロムウェルと話をできている事にとても驚いていた。
学院で過ごしている内に、僕も知らない心境の変化があったのだろう。なんにせよ、友達の成長というのは喜ばしい事だ。
「何ニヤニヤ笑ってんだよ、気持ち悪いな」
「リヒトよ、その笑い方は品がないぞ。法皇国紳士として、もう少し笑い方にも気を付けてくれ」
「お前の悪い癖だぞ」
「……ごめんなさい」
どうやら、グランツが成長している事への喜びが隠し切れずに漏れていたらしい。ここまでボロクソに言われてしまい、流石の僕もかなり傷付いた。
……笑い方くらい好きにしてもいいじゃないか。嬉しかったり、楽しかったりするから笑うんだろ?ならば、そこで笑い方に気をつけるなんて要らないと思うんだよ。
「あら、まだ話し込んでいたんですの?」
「ロカ。どうしたんだ?」
「リヒト、グランツ、エイム。ソルナが何やら私達に話があるそうなのです。屋上で待っているからすぐに来てくれ、と伝言を頼まれました」
「そうか。それならば雑談はここで終わりだな。さっさと行って来るがいい」
手振りでさっさと行けと促すクロムウェルに別れの挨拶をして屋上に向かう。足並みを揃えて向かった宿の屋上では、もう深夜であるにも関わらず未だに制服姿のソルナが満天の星空の下に佇んでいた。
「おう、やあっと来たか。待ちくたびれたぜ」
「いきなり呼び出しておいて何だよ。俺達はみんな、お前に呼ばれてからすぐに来てやったんだぜ?」
「ごめんごめん。今日はみんなにどうしても言っておかなきゃならない事があってね」
ソルナの表情が真剣味を帯びる。いつものヘラヘラとした笑いが鳴りを潜めた彼女の顔は、以前に学院を超獣が襲ったあの時よりも真剣で。その時のソルナを知っている僕は思わず固唾を飲んだ。
いつも軽薄な態度を取っているソルナが、ここまで真剣になるなんて。いったいこれから、僕達は彼女に何を伝えられるのだろうか。視線を横に移すとみんなも僕と同じように、ソルナが何かを語るのを口を一文字に結んで待っていた。やはりみんなも気になるみたいだ。
「……いいよ。言ってくれ」
「ああ」
「……」
「……!」
「明日、ラス・ラージュ城を帝国の魔導師が襲撃する事になっている。みんなには私と一緒に、町城を襲撃する手伝いをしてほしいんだ」