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必ず完結までいく。
一週間以内に次回を出す。
雪の積もる、冬の日の事だった。
「〜〜〜!〜〜〜!」
「よしよし、掛かってたか。ごめんね、君の命を無駄にはしないからさ。ごめんね」
僕はあの日、動物を狩りに森へ行った。寒さは厳しいし足場も悪くて動き辛かったけど、ウサギやキツネなんかを狩るくらいなら問題はなかった。この年は夏に家畜が病気に罹って殺処分せざるを得なくなったせいで、冬を乗り切るための肉が少なく、太陽の出ている日は狩りに行かなければならなかったんだ。
狩りは順調そのものだった。設置した罠には尽く何かしらの動物が掛かっていたし、大きめの鹿を1匹仕留める事もできた。あらかじめ持って来た冷凍箱が解体した肉ではちきれんばかりに膨らんでるのを見て、思わず顔が綻んだのを憶えている。
「もうちょっとくらい……大丈夫、だよね」
狩りの成果が上々だった事で、気持ちが舞い上がっていたのだろう。十分な肉が採れたならさっさと家に帰ればいいのに、僕はさらに多くの獲物を求めて森のより深くへと歩を進めた。
森の奥には鋭利な角を持つ鹿も、巨体と強い力を持つ熊も目じゃないような強大な魔獣と出くわす危険だってあるにも関わらず、僕は森の奥へと突っ走って行った。
慢心していたんだ、僕は。僕には同年代の誰も勝てないくらいの、お貴族様にだって通用するレベルの魔力があったから、魔獣に襲われたってなんとかなる。そう楽観的に考えていた。襲われたならむしろ返り討ちにして魔石をいただいてやろうとか、振り返って頭を抱えるくらいの傲慢な考えを抱いていたんだ。
「……………!!」
「でたな魔獣!お前に恨みは無いけれど、魔石に変えさせてもらうよ!」
しばらく森の中を歩いて遭遇した魔獣に、僕は意気揚々と戦いを挑んだ。
腰に下げたショートソードを抜いて、魔力を刃に込める。こうする事で、ただの鉄の剣も鋼をも斬り裂く業物に変わる。剣に込められたのと同等以上の魔力でしか防げない一撃、いくら魔力を持つ怪物、魔獣とは言えひとたまりもない。魔獣はまだ僕に気付いたばかりで、警戒態勢すら取っていない。この一撃は確実に脳天を斬り裂く。魔法なんて使う必要ない。この剣の一振りだけで事足りる。
勝った。そう確信した次の瞬間だった。
「……あれ?」
「〜〜〜〜!!」
「かっ……!?あ、は、あ……?」
魔獣の頭部に直撃したショートソードは傷を与える事なくへし折れ、近くの木に突き刺さった。直後に魔獣の反撃を腹に食らい、地面を転がされる。
魔獣は軽く腕を振っただけだった。人が周りにたかる虫を払うような、そんな軽い腕の動きで僕は簡単に吹き飛ばされたのだ。
何が起こったのか理解できずに、間抜けな声を挙げて硬直する。襲い来る痛みが正気を取り戻させ、いくらか冷静になった頭で傷口を確認する。
腹部の肉がごっそりと抉り取られていた。傷口は内臓までは達していないものの、出血が夥しく急速に全身から脂汗が吹き出してくる。鎧がない分魔力を纏って防御を固めていたにも関わらず、ただの腕の一振りでいとも簡単にやられたのだ。
「あっ……あっあっあっ……!」
力の差を理解し、体が硬直する。悠々と近づいてくる魔獣から逃げる事も戦う事もできず、魔法で回復する事も忘れてただただその場で立ち竦むだけ。足ががくがくと震えている。股間のあたりに生暖かい感触がする。涙と鼻水が溢れて視界が狭くなる。
死が目の前に迫る。少し前までの傲慢さなど、もうとっくに消え失せていた。
「来るな……!来るな、来るなあ!」
「……………!!」
「誰か……誰か助けて……!助けて!!」
魔獣が大口を開けるのを見て、僕は叫んだ。誰でもいいから助けてくれ。この状況から僕を救い出してくれと、喉が破れる程に叫んだ。
誰が来たって構わない。この魔獣を倒し、危機を救ってくれるなら。
……ああ。こんな事になるのなら、母さんの言う通りお祈りを欠かさなかったのに。父さんの言う通り真面目に訓練に励んだのに。本当に僕は、親不孝な息子だなあ。
助けが来なかった時、せめて楽に死ねるようにと僕は目を閉じて体を小さく丸めた。震える身体を抱き寄せて、歯を食いしばって。
さあ、来るならこい。そうこの時、僕は死の覚悟を決めたのだった。
「……?あ……?あ……あ、あああ……!!」
「……!!………!!?」
死の覚悟は決めたが、いつまで経っても魔獣の牙は僕の身体を貫かなかった。不思議に思い顔を少しだけ上げる。すると僕の目に映ったのは、魔獣が頭上から顎までを剣で串刺しにされ、地面に磔になっているところだった。
願いが届いた。誰かが助けに来てくれたのだ。その事を理解した僕は、腹の傷のことも忘れて歓喜に打ち震えた。命が助かった喜びに支配されていた。
しかし、助けてくれたのはいったいどこの誰なのだろうか。その姿を確認するべく顔を動かして周囲を確認する。探し人は魔獣のすぐ隣で仁王立ちしていたのに、それに気付くのには少し時間がかかった。
ボロボロのグレーのコートに黒いマフラー。灰色の髪を少し伸ばした、少年でも少女でも通じるくらいの美しい人だった。身長的に、僕と同年代か少し上といったところだろうか。
「あの……助けてくれてありがとう。何かお礼をさせて欲しいんだけど、君は……?」
「……礼を言う前にまず、その重傷の腹をなんとかしたらどうだ」
「あ……?あっ……」
立ち上がって命の恩人へ感謝を伝えると、彼は魔獣の頭に刺さったままの剣を掻き回しながら腹の傷を指摘した。ここまでいろいろあったせいで意識の外に行っていたが、ここで気付かされた事で僕は再び倒れてしまった。治療する事を忘れていたせいで失血が深刻なものになっている。意識が遠のく前に治療魔法を発動したが、恐らく間に合わない。
……どうしよう。せっかく助けてもらったのに、このままじゃ失血死だ……!
「はぁ……まったく、手間のかかる奴だ」
少年は頭を掻きながらそう言うと、僕に向かって手をかざす。手から放出された赤い魔力の光が僕を取り囲んで包み、たちまち腹の傷を癒していった。抉られた組織が再生しきるのには五分と掛からなかった。
陽属性の持つ生体活性能力。僕も同じ属性を持ってはいるけれどここまでじゃないし、これほど強力なものは町の大人でも見た事がない。いったいどれだけ魔力を圧縮したのならば、このレベルに辿り着けるのだろうか。見当もつかない。
「動けるようになったか?次からは自分の力を弁えることだ。今日のような偶然、そう何度も起きる訳ではないのだからな」
「うん、何から何まで本当にありがとう。何てお礼をしたらいいか……あ、待ってくれ!良かったら、君の名前を教えてくれないか!?」
傷が完全に癒えた僕が立ち上がると、少年は戒めの言葉を僕に伝えた。短い言葉だったけど、自分の力を弁えなかったから死にかけたのだ。深く納得して僕はその言葉を飲み込んだ。
再度感謝の言葉を述べると、少年は僕が言い切る前に魔獣が変化した魔石を回収し、踵を返して立ち去ろうとした。慌てて引き留め名前を聞く。立ち去られる前に、せめて命の恩人の名前くらいは知っておきたかった。少年は僕の問いかけに足を止めて、その名を短く告げる。
「……ウェル。ウェル・ロードリエス」
「僕はリヒト。リヒト・クランネイラ。いつかまた会ったなら、今日のお礼をさせてくれ」
「……いつか、な」
その言葉を最後に、ウェルは雪景色に吸い込まれるかのように忽然と姿を消した。
「……かっこいい奴だったな……」
ウェルの姿は、お世辞にも綺麗な格好とは言えない小汚いものだ。服は上から下まで汚れて色あせ、灰色の髪は手入れなどされてないとひと目でわかるくらいボサボサで、傷んでいた。服の隙間から辛うじて見える肌もボロボロ。生傷だらけで思わずウッと息を呑みかけた程。
手に持つ剣も刀身が朽ちて赤茶けていたし、柄との接合部なんか、今にもとれて落ちそうなくらい緩んでいた。あんなナマクラなんかよりももっといい剣、そこらへんの武器屋でも子どもの小遣いくらいの額で買えるのに。
それでも。それでも僕は自然とそう言葉が漏れるくらい、ウェルはかっこいい奴だと思った。
常に堂々としていて、ブレる事のない立ち姿。
一点の濁りもなく澄んだ白銀の瞳。
いったいどれほどの訓練を積んだのかまるで想像もつかない、才能があるだけでは到底あり得ない圧倒的なまでの魔力量と質。持って生まれた魔力が多かったというだけで、最強だ天才だと自惚れていた自分が恥ずかしくなる。
「……帰ろう」
背負っていた冷凍箱に異常がない事を確認し、僕は森を出た。かなり脱線してしまったが、肉の狩猟という当初の目的はだいぶ前から達成している。もうこの森に居座る理由は無い。
帰ったら母さんとお祈りに行こう。今までしてこなかった分も含めてやろう。父さんに頼んで剣と魔法の基礎の訓練もお願いしないと。それに、勉強もちゃんとしないとな。帰ったらやることがたくさんだ。これからまた忙しくなるな。
……絶対になってやるんだ。彼のようなカッコいい魔道士に。
ようやく人生の目標ができた。いつか達成できるように、気合を入れておこう。僕は自分への戒めの意味も込めて、両方の頬を強く叩いた。痛みが頭の余計な考えを晴らし、やる気を湧き上がらせる。きっと今の僕の瞳は、この頬と同じように真っ赤に燃え上がっていることだろう。
……さあ、がんばろう。
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「……懐かしいな。ウェル、元気にしてるのかな」
あの雪の日から5年の月日が流れ。15歳になった僕は今日、町を離れて王立学院に入学するため王都へと旅立つ事となった。
王立学院は国の為に魔法の力を振るう魔道士を養成する養成所。本来は貴族や裕福な平民しか入る事のできない雲の上のような所だけど、僕と同郷の数人の少年少女が町長の推薦を受けて、めでたく入学が許可されたのだ。
あの日あの時、森の奥深くへと足を運ぶことがなかったなら。魔獣に戦いを挑まなかったなら。ウェルに命を救われることがなかったなら。僕は鼻っ柱をへし折られる事なく、驕り高ぶったままでいただろう。
だけど、そうはならなかった。あの時の失敗を糧として、僕はより強くなった。あの頃とは比べ物にならないくらい魔力を増やし、剣の腕を磨き、祈りが届いた事で国の守護神たる五柱の御加護を得たのだ。これは町長曰く、歴史を遡っても前例の少ない快挙なのだそうだ。
「リヒト!そろそろ出発するわよ!もう乗ってないのはアンタだけなんだから、早く乗りなさい!」
「分かった、すぐ行くよ!」
魔道士として、この力は国の為に使うんだ。
ただ訓練とお祈りを重ねて力をつけても、使い道が無ければ意味は無い。それに、得た力を何かの為に使おうと思えば、今のままで満足してはいけない。もっと力を、知識を身につけなくては。王立学院はその為にはお誂え向きだろう。
「遅えぞ!どこで道草食ってやがったんだ!?」
「そうだよリヒト、君があんまり遅いもんだから、僕達待ちくたびれちゃったよ」
「ごめんごめん。ちょっと昔の事を思い出してね」
「その話は後ででいいわ。御者さん、全員揃った事ですし出発してくださる?」
「……学院、楽しみ」
「いろんな人が居るのでしょう?退屈しない所だと嬉しいわね」
一人の合図で、共に学院に入学する仲間を乗せた馬車は学院のある町へと走り出した。窓から身を乗り出すと、僕らの家族や近所の人達、町長が手を振って僕らを送り出してくれているのが見えた。次第に姿は小さくなっていき、完全に見えなくなった。
「もう町、見えなくなっちまったな」
「見えなくなっても、町には私達の帰りを待つ家族がちゃんと居ますわ。皆の応援を無駄にせぬよう、頑張らないといけませんわね」
「……」
「……なんか、今になって緊張してきたんだけど」
「レイン、大丈夫だよ。学院に選ばれたとはいっても頑張る環境が変わるだけさ。緊張する程の事は無いと思うよ」
「……ZZZ」
「約1名、緊張とは無縁そうなのも居るし、見習ってみたら?」
「……大丈夫。モルテを見てると、緊張してる自分がなんかアホらしくなってきた」
「……」
「どうしてんですの、アルメリア?さっきから俯いて黙りこくって」
個性の溢れる面々を乗せて、馬車は軽快に町までの道のりを征く。だが、何やら不穏な予感がするぞ?
「……誰か……袋持ってない?」
「うおああ!こんな所で吐こうとしてんじゃねえ!」
「生憎ですが持ち合わせておりませんわ!我慢はできませんの!?」
「……ZZZ」
「おいリヒト、お前陰属性持ってただろ!?鎮静魔法かけてやれ!」
「……あー、賑やかだなあ……」
……本当に僕達、学院でちゃんとやっていけるのだろうか。なんか、心配になってきたなあ……。