ドラゴン、勝負を見る
竜の世話が終わり、オレはエミール達と別れる。
ファルファルの森に行こうとすると王都に入る門の前にサリィがいた。
「サリィ、なにしてるんだ?」
「ん、勇者レースのための特訓よ。走り込みを、ね」
サリィが足を伸ばし準備運動をしていると突然門から馬が出てくる。
馬を走らせ、サリィの横で止まらせた。乗っているのは男だ。片眼鏡をかけ、偉そうにサリィを見下してくる。そして、その男は馬から降りてきた。
「貴様も勇者レースの出場者か」
「そうだけど。見たところあなたは貴族様じゃない。何のよう?」
「ふん、ここにくる目的は一つだろう」
そういうと男は走る構えをとった。
「Aランク冒険者サリィ。取引をしないか?」
「取引ぃ?」
「私を優勝させたまえ。無論報酬は払う…。どうだ?」
男は下卑た笑いを浮かべる。サリィはやれやれといった感じで肩を竦めた。
「私、本気で優勝狙ってるの。水をささないでくれる?」
「決裂か。残念だ。ならば…」
その男はオレらに剣を向ける。
「オイオイ、何の真似だこりゃあ」
「優勝候補の私を殺すの?」
サリィは至って冷静だった。
オレに視線を向ける。その目はお前も冷静でいろということだ。
わかったよ。オレは何もしない。
「勇者レースでこんな不正があっていいと思う? 由緒正しきレースだよ。不正はすなわち勇者を侮辱するのと同じだ」
「侮辱? 勇者はすでに死んでいる。侮辱ではない」
サリィの喉元に剣が刺さる。血が垂れ、サリィは少し顔をしかめる。
その瞬間、サリィは後ろに下がり、剣を蹴って弾き飛ばす。
「優勝する自信がないなら参加するなよ貴族様」
「こいつっ…!」
「貴族っていうのはだから嫌いなんだよ。正々堂々勝負も出来ない時点でダサいよね。勝つ自信がないからって」
サリィは笑う。男は少し顔を赤くしていたが帽子を深く被り顔を隠す。
「いいだろう。貴様の安い挑発に乗ってやる。正々堂々走りで勝負しようではないか」
「んじゃ、勝負は勇者レースで決めるってことで」
「まて。勝負は今からだ…。今ここで私と勝負してもらう! 私が勝ったら協力してもらうぞ!」
「けっ、不正に協力は私はしたくないね」
「ならば勝てばいい話だ。単純だろう?」
「私にメリットがない。私が勝ったらお前は何をするんだ? でないと乗れない」
おお、サリィは引かない。
男は考える仕草をとった。
「ならば家を一軒プレゼントしよう。安っぽい家ではない大きな家をな」
「乗った。ヘヴン、私の装備持っておいてくれ」
と、サリィは装備を全部外す。
肌を露出させすぎな気もするが、サリィは恥ずかしそうにしていない。
ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「合図を頼むぞ。ヘヴンとやら」
「任せろ」
二人は走る構えをとった。
オレは深く息をする。
「ゴー!」
オレが合図を出すと二人は一気にスピードを上げていった。あの男もなかなか速い。
二人は王都の壁伝いを走っていく。二人は見えなくなってしまった。どちらが勝つのか、それはオレもわからねえ。あの貴族の野郎意外にも速えからな。
オレが数十分くらい待っていると二人はやってきた。
息を少し切らせているがスピードは落ちていない。先頭はあの男だ。片眼鏡をどこかに落としたのかなくなってはいるが…。
サリィも負けじと走っている。
すると、サリィはニヤリと笑った。
その瞬間、男のスピードが一気に落ちる。なにか風に吹かれているようだった。
男は風に耐えている。サリィは風に吹かれていない。
「風魔法を使ったな…!」
「いいや、自然現象だよ。私の属性は水だからね。自然現象だよ。立派な」
サリィはそういって男を歩いて抜かしオレの前を通り過ぎた。
そして、腕を天に掲げる。
「今日は上空にウインドホークがいるのがみえた。れっきとした魔物だよ。ウインドホークの特徴は何より走ってる人間の邪魔をする」
「なんだとっ…」
「ま、それ以外は特に害はないしただ邪魔するだけだから討伐対象ではないんだよ。だから普段は討伐しないんだ」
なるほど。
祭りの時とかだと流石に邪魔されるのはダメだから排除されるだろうが今は練習だ。こういうのもあるだろう。
「ま、勝負は私の勝ち。家をくれるんだろ?」
「…ああ。わかった。プレゼントしよう」
「ありゃ、ごねるかと思ったのに」
「そんな見苦しい真似はしない。私の勉強不足でもある。負けだ。私のな」
「ふーん。なかなか話はわかるか」
少し悔しそうにしていた。
「…ねえ、今気づいたんだけど」
「なんだ」
「貴族様って普通護衛連れてるけどいないのか?」
「あ、ああ。いや、なんだ。護衛は邪魔だからな」
「ふーん」
「その、喉元の傷は済まなかったな。傷つけるつもりはなかった。ただの脅しだったのだ」
と、血が垂れているのを見て素直に謝った。
「…いや、いいよ。このくらいの傷は慣れてる」
「そうか…。そろそろ次の用事があるのだ。失礼する」
と、馬に乗り込んだ。
「そういやあんた名前は?」
「ラー・キュクレイン。キュクレイン公爵家の息子だ」
「そう。覚えておくわ」
そうしてラーは馬に跨って帰っていった。




