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擦り切れた靴と女

作者: 果樹園



誰かが言った。「大切にされろ」と。

誰かが泣いた。「大切にされたい」と。

誰かが怒鳴った。「大切にしろ」と。


私は呟いた。「大切にしてた」と。


ある1つの靴があった。

どこにでも売っていそうな、特別何かが高いだとか、限定品だとかそういうのも一切ない靴だった。

しかし、その靴は私の足のサイズとはあってはいなかった。どうも違和感があり、気にせずに歩こうと必死だった。

どんな用事でも、どこへ行くのにも、その靴を履いていった。


頬を撫でるように優しく風が吹く春も。

肌がじりじりと焼けていく夏も。

お腹が空く黄色い空の秋も。

肺が痛むように冷たい冬も。


雨に濡れれば、優しく拭いて乾かす。泥がかかれば水で洗って綺麗にする。

私にとってその靴は、まるで自らの赤子のように、心の底から大切だった。


しかし、その思いと裏腹に、やはりサイズの合わない靴であるために靴ズレを起こすようになった。

血が滲むその場所に、絆創膏を貼る。

すぐに剥がれてしまう、いろんな種類の絆創膏を試した。

痛みに顔を歪めつつ、何度も剥がれる絆創膏を私は貼り直し続けた。

どれだけ痛くても、私はその靴と一緒に出かけたかった。

痛みなんてのは耐えて仕舞えばなんのこっちゃもない。

私は何度も靴を洗った。大切に扱った。痛みを我慢して、履き続けた。

靴を洗う手も、履き続けた足も、お風呂に入るたびに見つめては寂しく、なんだかやるせない気持ちになった。


気づくと私は、その靴を履かなくなっていた。

指先は綺麗になり、念願のネイルをした。足も歩きが軽やかになった。何も気にせずに歩くことができるようになった。

足の傷だけはいまだに残っている。

この傷がある限り、私はきっとあの靴に縛られ続けたままになる。

けれど、あの靴が今どこにあるかどうか、どうなっているのかを思い出すことができない。

何故だろう、ゴミにでも出したっけ、それとも友達にあげた?


あの時はその靴のことで頭がいっぱいだったのに。


時間というものは非常に残酷である。そしてまたとても優れたものでもある。


靴のことをふと思い出しては、胸の奥の部分がキュッとする。

シューズケースを眺めながら、懐かしい事を思い出していた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


靴箱って、自分の恋愛歴って感じしますよね。

そういうことです。

どれだけ大切にしてた気がしても、いつの間にか別れた理由さえ思い出せないような恋だってある。

いいんです、全部思い出せなくたって。

ふと、楽しかった事が頭に思い浮かぶくらいでいいんです。


ありがとうございました。

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