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VS聖女セレーネ


『せかいでいちばんステキなゆびわをくれるなら、カイトのおよめさんになってあげてもいいわよ?』

『ほんとう!?やくそくだよ!コレットはぼくとけっこんするんだ!』


 六歳の頃に交わした幼い約束。あの頃は純粋に信じていた。この約束が、破られることなんてないと――。



 ◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆



「だから!勝手に第三夫人にでも第四夫人にでもすればいいじゃない!」

「だ、だいさんふ……?え?何?」

「しらばっくれないで!嘘つきなカイトなんて知らない!」

「そ、そんな、何でだよコレット!魔王の魔石の指輪だよ?世界に二つとないよ?何が不満な……あっ削り過ぎた?もっと大きい方が良かった!?」


 あの約束から十二年。二年ぶりの故郷、二年ぶりに会う婚約者の前で。片膝をつき満を持して指輪を取り出したカイトは、コレットの剣幕に一瞬で自信を失った。


「ごめんコレット……あんまり大きかったら指に負担かと思って……でももう作り直しできないんだ……」


 しょんぼりと指輪を懐にしまい、恐る恐る愛しの幼馴染を見上げる。怒髪天のポニーテール、濃い金髪が眩しい。怒った顔も綺麗だ。二年前よりもっと綺麗になった。


「もしものために四天王の魔石も取ってあるんだ。好きなのを選んでよ、次こそコレットの好み通りの指輪にするから」


 こんなに綺麗な女の子に、小粒の木苺程度まで小さく削ってしまった石では確かに華やかさが足りないだろう。


「へえ。ふーん。あと四つも石があるの、そうなの、やっぱりね。誰と誰と誰と誰にあげるつもりだったのかしら。聖女様と剣姫様と賢者様と後誰かしら?」

「何を言ってるんだコレット?いくらお世話になったとしても、コレット以外の女の子に指輪はあげないよ。いらぬ誤解を生むじゃないか」


 四天王でも駄目だったか。ならもう魔王を復活させてもう一度魔石を頂戴する以外に道は。

 魔王を倒した時の苦労を思い出し、カイトの顔が苦渋に染まりかけたその時。


「誤解ですってぇ……じゃあこれはなんなのよカイトのバーーカ!!」

「えっ?」


 バッサァァと大量の紙の束が顔面に叩きつけられた。


「え?何これ?新聞?……え?」


 田舎の村では贅沢品扱いの、王都で発行される新聞。そんな贅沢品が惜しげもなく地面に散らばる。

 その中の一つの見出しが目に入り、カイトはザーッと血の気が引いた。


『勇者カイト一行帰還。聖女セレーネ、剣姫クロエ、賢者ルナリアとの結婚式の日取りも決定!しかし噂では他にもお相手がいるようで…!?』


「私だって第四までは覚悟してたわよ。なのにまさか五つも用意してたなんて!五人目は誰よ、もう知らない!」

「ま、待ってコレット!誤解だ、こんなの知らない、お願いだ待ってくれコレットぉおおお!」


 身を翻して自宅へ駆け帰るコレット。

 新聞を蹴飛ばし追いかけたカイトの目の前で、無情にもドアは閉められた。





「なんだよ……なんなんだよこれ……」


 どんなに懇願してもドアは開けてもらえず。すっかり意気消沈したカイトは、来た道を引き返し件の新聞を拾い上げた。そして現在ベンチに座りその内容を読みながら頭を抱えている。


『かねてより予定されていた勇者と三人の姫達の結婚式であるが、正妻の座が決まらず宙に浮いた状態であった。

 しかしこの度の帰還パレードにて、四人乗りの神輿で聖女セレーネが勇者カイトの隣を射止めたことにより、正妻に確定。漆黒の夜の如き黒髪の勇者と、月の如き銀髪の聖女は、まるであつらえたかのようにお似合いである。

 また、真後ろに位置した剣姫クロエが第二夫人に、斜め後ろであった賢者ルナリアが第三夫人となる。

 式の日は竜の月七日、その後一週間祝いの宴が続く予定だ。場所は王家直属のセレンティーヌ教会にて行われる。招待状も随時発送し、王都はこの一大行事に向けて様々な職人を呼び集めている。

 と、ここまでは順調であるが。実はここに来て新たな問題が発生した。勇者に魔王討伐の同行者である三人の他に、第四のお相手がいるというのだ。この第四の女性が帰還パレードにて決まった序列に異を唱えたとしたら、最悪ようやく決まった結婚式が延期になる恐れも――』


「酷い顔ですね、カイト」

「セレーネ!どうしてここに」

「ごめんなさい。ルナリアの水晶で、カイトが幼馴染の方と話しているのを見ていたの。それでカイトが落ち込んでるのが見えて、居ても立っても居られなくなってしまって。ルナリアに無理を言って転移魔法陣を借りて来てしまいました」


 腰まで波打つ銀髪に、深い蒼色の瞳。月の女神と謳われる美貌を持つ聖女セレーネが、どこからともなく現れた。


「水晶なので声まで聞こえませんでしたが、おおかた予想は付きます。やはり、納得していただけないようでしたか?……今カイトがお持ちの低俗なゴシップ記事のせいで」

「!知ってたのか、セレーネ」

「ええ。丁度先月のパレードの次の日に出たみたいですね。私も訂正しようとしたのですが、丁度カイトが村へと出発した後だったのでどうすることもできず……」


 呼び戻そうと毎日何度も何度も通信魔法をかけたものの、全く繋がらなかったのだとセレーネが哀しそうに目を伏せる。


「それはごめん……通信があったのか、全然気づかなかった……クロエさんとルナリアにも迷惑かけたなあ」


 通信魔法とは離れた相手とも会話ができる便利な魔法だが、使用者の言葉が届くか否かは受信者の状態に左右される。一定以上の魔力を持つのは勿論のこと、受信者がちょうど通信魔法使用者のことを考えていないと、繋がらないのだ。

 なのでこの魔法を使うには事前に示し合わせるか、約束してない場合は長時間魔法を行使し続けて、相手がチラッとでも自分を思い出す瞬間があることに賭けるしかない。

 つまりセレーネが何度も何度も通信魔法をかけて繋がらなかったということは、まあそういうことである。

 仮にもつい一ヶ月前まで魔王討伐のため共に尽力した仲間を、頭の片隅にチラリと浮かべることもなく。


「私のことを少しも思い出さなかったなんてことはないでしょうから……その時は丁度私が通信魔法を切って休憩した時だったのでしょうね。神様の悪戯かと思う程のタイミングの悪さですわ」

「え、あ、あはは、そうだね、た、タイミングが悪かったんだね……」


 言えない。一ミリ足りとも思い出さなかったなんて。なんせ一世一代のプロポーズを控えていたのだ。帰り道の途中宝飾で有名な街で職人に弟子入りして指輪作りに忙しかったし、寝ても覚めてもコレットのこと、プロポーズが成功した後のことしか考えていなかった。


「まあ、今はこの件は置いておきましょう。それより問題はその幼馴染の方です」


 カイトが決まり悪げに目を逸らすと、セレーネは小さく嘆息し、伏せていた顔を上げた。


「よろしければ、私が彼女に直接ご説明しましょうか?」

「本当に!?」


 最初にサラッと流してしまったが。セレーネがここに来るため使ったという転移魔法陣は、賢者ルナリアでも作成に約一ヶ月かかるとても貴重なものだ。己が落ち込んでるように見えたというだけで使ってしまうとは勿体ないと思っていたカイトだったが、その思いは吹っ飛んだ。


「ええ。このままでは、今後に差し障りますから」

「ありがとう……!ありがとうセレーネ、君から言ってくれたらコレットだってわかってくれるよね!」


 よかった。これでコレットの誤解は解ける。己と結婚、正妻予定だというセレーネ本人からそんな馬鹿なことあるわけないと否定してもらえば、万事解決だ、と。




「貴女が……癒しの聖女セレーネ、様」

「セレーネで構いませんわ、コレットさん。カイトの妻となるのなら、他人行儀はおかしいですもの」


 四半刻後。セレーネを連れたカイトは、コレットの家で小さなテーブルを囲み二人と向き合っていた。セレーネの言葉に『いやあ妻だなんてまだOK貰ってないのに』と内心で大いに照れながら。

 二年ぶりのコレットの部屋。記憶にあるより殺風景にはなってたが、コレットの部屋だ。好きな女の子の部屋である。


 先程どんなに縋ってもビクともしなかったドアだが、セレーネが名乗った途端に中で何かがバサバサと落ちる音がして、その後数十秒でそろそろと開いた。

 あとは誤解を解くだけだと、期待を込めてカイトがセレーネを見る。セレーネもしっかりと頷き返し、コレットを見据えた。

 そして言った。


「この記事では私が正妻と決まったのはパレードでカイトの隣の座を射止めたからだとありますが、違います。逆です。正妻であるからこそ当然パレードでも隣に座ったのです。最後の最後、ただの席順で正妻となったわけではありません」

「そうそう、セレーネの言う通……えぇえええええ!!?」


 優雅に手で掬った銀髪を靡かせ、月の女神ダイアナのごとき微笑をたたえたセレーネが、まさかのダイナマイトを落とした。


「席順で決まったと聞けば、パレードに参加してない貴女が納得いかないのはわかります。しかし、こんなものよりずっと前から私は――」

「嘘でしょぉおお!?洒落にならないよセレーネ今そんな冗談やめて!!」


 そういえば。そういえばこの月の女神は。セレーネ・セレンティーヌ・ノア・サランバルト十八歳は。このサランバルト王国の第三王女である彼女は。


「きっかけは最高峰のポーションの材料である薬草が採れる洞窟で、暗闇の中カイトが私の手を取った時から」

「君だけ夜目が効かなかったからじゃないか!」


 いつもは一番の常識人なのに、偶にとんでもないことを言う子だったなと、カイトは今更思い出した。


「……知ってます。その洞窟で手を繋いでデートしたんですよね。それで折角苦労して採ってきた薬草で作ったポーションを、カイトが貴女が怪我してることに気づいてすぐ使って……『君は皆の怪我を治してくれるんだから、僕達が君の怪我を治すために頑張るのは当然じゃないか』って言って。これも新聞に載ってました」

「その通りですわ!てっきり私とはぐれたり、私が何らかの理由で治癒魔法を使えなくなった時の予備のためのポーションだと思ってました。でもカイトは言ってくれたのです。『怪我してる時に魔法を使うのは辛いでしょ』って!……誰かに傷を治してもらったのは、あれが初めてでしたわ。私の 初めて です」

「初めてって何で二回言ったの!?変な意味みたいになるじゃん!」


 カイトは混乱していた。思い返せば、セレーネは娼館のしつこい客引きや勇者と繋がりを持ちたい貴族達が仕掛けてくるハニトラを、『私の夫に何か用ですの?』と言って追い払ってくれることが多かった。

 自分が力加減がわからず上手く振り切れないせいで、女の子にそんな嘘を吐かせてしまって申し訳ないと謝る度、「すぐに嘘じゃなくなるからいいですわ」と笑顔で冗談を言われた。最初はそれが冗談だとわからず全力で否定してしまっていたが、何度目かに『冗談ですわ』と笑われて、拍子抜けした次第である。


「ですから。コレットさんがどうしても第四夫人で納得いかないと言っても、正妻の座は譲れません」


 確かにその嘘に、それまで何度も助けられた。申し訳ないとも思っていた。その面白くない冗談だって、こちらがあまり気に病まないようにとふざけただけだと、ちょっといやかなりいや物凄くイラッとしつつもほんの一ミリくらいは有り難くも思わなくもないと言い切れなくはなかった。

 だけど、いくらなんでも、こんなに酷い冗談は無い。洒落にならないにも程がある。


「まあ……クロエとルナリアも今この村に向かってるところですし、二人に会って話をつけて、第二夫人を狙うと言うなら止めませんわ。最下位よりはいいですものね」

「わ、私は!最初から四番目でもいいってカイトに言ってます!でもカイトが五つも指輪を用意するって言うから……五番目なんて聞いてないから、一体何人いるのよってついカッとなって……!」

「まあ、指輪を?ありがとうございますカイト。よかったら見せてくださいませ」

 

 ふわりと嬉しそうに笑った聖女が、無邪気に両手を差し伸べてくる。


「いい加減にしろセレーネ!!」


 気がついたら、怒りで声を荒げていた。


「いい加減にしてくれ……これ以上茶番を続けるなら……これ以上第四だの最下位だの、冗談でも僕の最愛の人を貶めるようなことを言うなら……もう君を仲間だとは思わない!ただの敵だ!」


 怒りに震えるカイトに、聖女の皮を被った悪魔が目を見開く。


「え?あ、カ、カイト……?」

「……カイト」


 二年も共に旅をした仲間だ。危ないところを何度も助けられた。何度も助けた。その治癒の力が無ければ、魔王討伐の旅を、無事に生きて終えることはできなかっただろう。


「な、にを、言ってるのですカイト。私達は、何度も将来を誓い合って」

「僕が将来を誓ったのは!十二年前のあの日の、コレット一人だけだ!」


 冗談でも言っていいことと悪いことがある。たった今、二年来の仲間は今生の敵となった。


「……カイト!駄目!落ち着きなさい!」

「っ!?」


 不意に。カイトの世界が反転した。小さなテーブルを飛び越えてやって来た衝撃に、床に押し倒されたのだと数秒経って理解する。


「コ、コレット……」

「馬鹿!怒ったまま力を使うなっていつも言ってるでしょう、私の言うこと忘れたの!?」

「あ、わ、忘れてない、忘れるもんか……ごめんなさい……」


 言われて初めて、己が魔力を放出していたことに気づいた。コレットの声で、半ば条件反射のように魔力が身体に戻っていく。


「全くもう。やっぱりカイトは、私がいないと駄目ね」

「!」


 懐かしい。泣きそうなくらい懐かしい、この感覚。魔力の制御が効かず、感情のままに暴走してしまっていた子供の頃。両親はカイトを捨て村を出て行き、大人達からは気味悪がられ、他の子供達からは怖がられ逃げられた。闇のように真っ黒な髪も、血のように真っ赤な目も恐怖に拍車をかけていたのだろう。

 そんな時。いつもコレットだけが側に居てくれた。『わたしにこわいものなんてないのよ』と勝気に笑った顔に、魔力が暴走するたび『おちつきなさい』と重ねられた手に、どれだけ救われたかわからない。

 いつしかコレットの声を聞けば、すぐに暴走は収まるようになった。


「コレット……コレットぉお……」

「はいはい、なあに?」

「僕と結婚して……」

「……仕方ないわねぇ」


 ゆっくりとカイトの髪に指を滑らせたコレットが、いつものお姉さんぶった声で言う。


「世界一素敵な指輪をくれたら、お嫁さんになってあげる約束だものね」


 誕生日はふた月しか変わらないのに、小さい頃はカイトの方が背が低かったせいか、コレットのお姉さん気取りは変わらない。


「第五夫人でもこの際いいわよ。あ、ほら、ちゃんとセレーネ様にも謝りなさい?」

「コレット!勿ろ……え?」


 歓喜して抱きつこうとしたカイトの腕がピタリと止まる。第五夫人?今なんて?


「あら?五人目はいなかったの?やだ、勘違いしてたわ。そう言えばアンタは何をするにしても予備を用意してく子だったものね、指輪の予備があってもおかしくなかったわ」

「コレット、待って、僕と結婚してくれるんだよね?」

「してあげるわよ。第四夫人としてね。セレーネ様、これからよろしくお願いします」


 蚊帳の外に置かれてから急に話を振られたセレーネが、「こ、こちらこそ」とモゴモゴ答える。


「いや違う、コレット、僕は君を、君だけと、君が一番で」

「いいわよ無理しないで!正妻じゃなくたってこの際仕方ないわ。一緒に魔王を倒した彼女達に、田舎で待ってただけの私が文句なんて言えないし」


 私、物分かりのいい女なのよ、とコレットが得意げに胸を張る。だがこの瞬間一番物分かりが悪いのは間違いなくコレットである。


「それにいくら私が村一番の器量良しだからって、王女様と並べるとまで自惚れてないし?まあ、村一番ではあるけどね?そこんとこ忘れないでよ?」


 カイトは思い出した。この金髪ポニーテールの、勝気な明るい緑のネコ目の、世界一綺麗で美人で可愛い最愛の人は。

 

「並ぶ……とまではいかなくても、次ぐくらいは言っていいんじゃないかしら?第四とはいえ、私だってカイトのお嫁さんになるんだからね!」


 一度言ったことは中々曲げない、そしてめちゃくちゃ思い込みの激しい人だったと。



 ◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆



「こ、こほん。それでは、貴女はご自身が第四夫人、正妻は私だと認めるのですね?」

「はい。第四夫人として精進致します。よろしくお願いします」

「認めてないよ?僕は何も認めてないよ?」


 セレーネへの怒りは収まらないが魔力の暴走は収まり、セレーネとの仲は二度と持ち直せないが倒れたテーブルは立て直し、再び席に着いた後。

 

「平民である貴女には、一夫多妻というのは馴染みが薄いでしょう。妻の序列におけるルールやマナーは、私がお教えします。よろしくて?」

「はい。よろしくお願いします」

「よろしくしないで!?」

 

 コレットの言動により再び正妻としての自信を取り戻したらしいセレーネが、ふふんと胸を張った。

 とてつもなくタチの悪い冗談か悪ふざけかと思ったそれは、どうやら本気だったらしく。

 普通の男であれば、王国の宝石、月の女神と讃えられる美貌の持ち主に懸想され、すげなく断るなどまずできなかっただろうが……生憎カイトは普通の男ではなかった。


「待てセレーネ。さっきから言ってるけど僕はコレットとしか結婚する気はない。旅の途中のあの言葉を冗談だと信じて流してしまったことは謝る、けどそれを正妻として選んだと解釈されてしまったら冗談じゃない」

「コレットさんに高圧的な態度を取ってしまったことは謝ります、カイト。どうか許してください。これからは貴方の正妻として相応しくなれるよう努力しますわ。だから、私とのことを無かったことになどしないで」


 話が通じない。まるで魔物のようだ。


「そうよカイト。いくら一夫多妻に納得していても、割り切れないこともあるんだからね?他の子にちょっと意地悪しちゃうこともあるわよ。女心をわかってないわね」


 こっちもこっちで話が通じない。そんな気の強いところも好きなのだけど。


「カイトは世界を救った勇者です。王都に新居が与えられますので、今後はそこで私達と暮らすことになりますが」

「いらない、僕はコレットとこの村で暮らす」

「そうなれば当然王族や貴族主催の様々な夜会に招待されるでしょう。その時パートナーを務めるのは常に正妻である私。順番にということはありません。万が一私が何らかの理由で行けなくなった場合のみ、第二夫人以降にお呼びがかかります」

「コレット以外お呼びじゃない」


 カイトの横槍もなんのその、セレーネによる正妻を立てろ講座がスタートし、淀みなく続く。


「持ち物、身につける物も、正妻より良い物があってはいけません。まあそこは私達ではなく、主に贈り物をするカイトが気をつけることですが」


 ふむふむと言われたことを紙に書き留めていたコレットの手が、そこで止まった。


「それは……指輪も、ですか」

「当然です。正妻よりも良い指輪をこれ見よがしにつける第四夫人がいたとしたら、笑い者になるのは私達だけではありませんことよ」

「……コレット!」


 カイトが堪らず声を上げる。


「約束したじゃないか、世界で一番の指輪をコレットにあげるって!僕はその約束を破る気はないよ。もうこんな訳の分からない話はやめてくれ!」


 最後の一言はセレーネに向けて言う。最早敵として見なした彼女だが、それでもかつての仲間。どうかわかってくれと一縷の望みにかけて。


「……申し訳ありません、カイト。正妻を蔑ろにしてると後ろ指をさされるのは、カイトなのです。過去の約束は関係ありません」


 人間とは、ここまで話が通じなくなるものなのか。


「コレットさんだけではありません。第二夫人となるクロエ、第三夫人となるルナリアにも同じことが言えます」

「そ、そうだ、クロエさん、ルナリア、二人は今どこにいる!?」


 絶望でテーブルに突っ伏しそうになってたカイトが、再び射し込んだ希望の光に勢いよく顔を上げた。


「先程も言いましたが、二人共この村に向かってます。クロエは走って、ルナリアは馬車で向かってますので七日後にはクロエが、十日後にはルナリアも到着するでしょう」

「え?走って?しかもそっちの方が馬車より早く着くの?」


 コレットが敬語も忘れあっけにとられている。一般人の感覚としては当然だろう。


「クロエさんだけでも七日後には……よし……!」


 セレーネの思い込みは根深く、カイト一人が否定してもわかってもらえなかった。しかし、クロエとルナリア、二人の仲間からも説明してもらえれば。

 セレーネがあの新聞を見たなら他の二人も見ているはずだ。勝手に第二夫人、第三夫人予定にされてさぞ驚いたことだろう。二人の口から否定してもらえれば、きっと。


「カイトの新しい女を見極めると、クロエも気合い充分でした。コレットさん、クロエが着くまでに、しっかり勉強しましょうね」

「はい、セレーネ様」

「……ん?」


 希望の光に、ほんの少しだけ暗雲が立ち込めた。


次回、VS剣姫


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[一言] すげぇ思い込みと話を聞かな過ぎる素晴らしい女性陣… まだ2人増えるかと思うと笑いが…(笑)
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