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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
最終章・終層地下封印区画
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第22話・水底の主

 そこは氷柱が乱立する地獄と化していた。

 ここは水底であり、水は今も円形の溝を走っている。氷柱の材料となる液体には事欠かない。

 水底の主はその水をも自在に操っていた。周囲に水の玉を浮かせて、一言唱えればそれが槍となって敵対者に襲いかかっていく。例え命中せずとも、突き立った氷柱はまさに柱となって戦士たちの行動を制限していく。


 一方、水底の主は蛇であるために柱が行動を邪魔することもない。仮に阻害しようとも、その剛力で砕いて終わりだろう。冒険者達は圧倒されるままに劣勢に追い込まれていく。


 それでも持ちこたえられているのは、レイシーとカレルの二人がいたからだ。レイシーが水底の主を相手取っているから、カレルが遺物を上手く利用して氷柱の直撃を防いでいるから隊は全滅を免れている。



「カレルさん! 右の氷柱の影に負傷者です! 足をやられてます!」

「分かった。コルーン、行け!」



 何より、セイラが頭上に陣取っているのが幸いだった。俯瞰した景色で見ているために戦場がどうなっていて、誰がどこにいるかを把握することができる。セイラに指揮官としての能力が不足しているため、司令塔とはなれないが支援することはできる。

 弓手班を時にロープで降ろして、負傷者を引っ張り上げさえしている。攻撃の規模に反して死傷者が少ないのは、間違いなくセイラの奮闘によるものだった。

 弓手には神がかった腕の持ち主も、弓状の遺物を持った者もいない。ここに来て矢を放つ優先度は低い。


 手が足りていない。レイシーが先に叫んだ通りの事態だ。今や水底の主に接近できている者がレイシーのみという有様で、無尽蔵に撃ち出される氷柱でカレル隊は実質全滅していた。

 

 それをセイラは忸怩たる思いで見る。自分にもっと実力があれば……そう考える。いつものことだ。



「あっ……!」



 いつものことだ。こういう時に登場する機会を彼は逃さない。我々が苦しんでいるのをよそ目に、機会を窺っていたんじゃないかとさえ思ってしまう。

 いつものように……あの3人が揃えば何とかなるのだ。



「カレルさん! イサさん達が……!」



 上から見ていたセイラは希望を口にした。



/



 氷柱が3本、まとめて切り倒される。それまではカレルが遺物を差し込んで、一つ一つ対処するしかなかった。こんな真似ができる者は一人しかいない。

 続いて氷柱が2本砕かれて、倒れていく。巨木のごとき太さを持つ氷柱の硬度は鉄以上だったが、それをたやすく破壊できるのは遺物の力に他ならない。



「頭目殿……!」

「予定よりも遅くなりました。というか、よく持ちこたえましたねカレル。貴方が期待以上の活躍をすると、挽回が大変になるのですが……」

「馬鹿言わんでくださいよ。持ちこたえなければ取り返しがつきません……手、大丈夫ですか?」



 駆けつけたイサの衣服は乾いた血で強張り、得意のカタナは布で無理やり固定してある。その布はどこから拝借してきたのか、元は白であったようだが赤黒く変色していた。



「流石は第一位、と言ったところでしょう。この程度で済んだのは奇跡的とさえ言えます。こちらも予想通り……残っているのはレイシーとカレルだけですか」

「いえ。貴方の元部下も3名生き残ってますよ。一人は……」

「ああ……後にしましょう。このままでは何も持ち帰ることができません。何も、ね。これを返しておきますよ、カレル。試しましたが、私には使えませんでしたので」



 イサは左手に持っていた物をカレルへと渡した。それは元よりカレルが使用するべきものだ。執着は無かった。

 巨大な蛇を狼が見上げる。そこに宿るのは飢えと憎悪。そんなに死にたいのなら、私の手柄になれと銀の面が言っているようだ。知人からの願いでもある。

 イサは前に駆け出した。姿勢を低く、狼のように。それでいて降り注ぐ氷柱は一発も命中しない。たまさか目の前に突き立ったのならば、両断されて倒れていく。

 銀閃は容易く、相棒と合流を果たした。



「待たせましたね、レイシー」

「本当だよ、お兄さん! この蛇、鱗が硬い~!」

「まぁ、私の〈好愛桜〉にとっては何の問題もありませんが……問題は距離ですね」



 身軽なレイシーは時折、水底の主の首元まで到達するが、イサはそう上手くは行かない。身体能力が大分強化されたとは言え、こと移動に関してはレイシーに及ばない。

 ならば……



「ミロン。貴方と私の違いは一人では無いことですよ……カレル!」

「任された! 頭目殿!」

「サーレン、コールマー! 休憩は終わりですよ!」

「休んでねぇ!」

「やれやれ……変わらんな。この若造は」



 仲間に頼ればいい。この地に来て、出会った者たちとの関係は複雑だ。主従であり、戦友であり、競争相手でもある。それら全てを含めて、仲間と言うのだとイサは知った。

 自分にはできないことを彼らはできる。レイシーは自分より強い。サーレンの技は自分を上回る。コールマーの剛力は真似できない。カレルのような信望は持てない。セイラのような成長は見込めない。

 過度に馴れ合う必要はない。自分が彼らに剣を向けなければそれだけで良い。友と呼ぶには浅いが、いずれはそれも手に入れる。人と人との関係こそがイサが手に入らず悶ていたモノなのだから。


 カレルの手に帰った〈太陽剣〉が輝く。水底の主がその光に魅せられたように、氷柱を雨と降らすが、真の力を取り戻した〈太陽剣〉の熱によって元の水へと戻る。この熱は不思議と仲間を苛まなかった。〈太陽剣〉は担い手によってその性質をわずかに変えていた。

 元より太陽というものはそういった存在だった。カレルの熱はミロン程激しくは無いが、広範囲に発揮されていた。



『おお……先程までとは違う……この輝き……懐かしき……』



 水底の主は古代にも〈太陽剣〉を見たことがあるのだろうか?

 古代は一体どこまで神秘が広がっていたのか……きっと魔都と地下都市以外にもこのような場所があり、水底の主のような存在もいるのだろう。

 自分はそれをも探し出そう。誰かと共に。その目的だけがイサがこの街で手に入れたものだった。



「行きますよ、レイシー。全力で回してください」

「りょーかい。約束もあるし、ここはちゃっちゃと終わらせちゃおう!」



 全員で駆ける。イサが横を見れば、サグーン、ヨリルケ、コルーンの元部下たちもいた。実力は不足だろうが、この機会に前に出たい気持ちはイサにも分かる。マセラドがいないことにも気付いたが、それには何も言わなかった。


 氷柱だけでなく、大火球も襲いかかるがコールマーの〈暴塞〉によって相殺される。水底の主もここが勝負と見たのか、魔法を際限なく放ってくる。

 しかし、氷柱はイサによって裂かれる。イサの手の範囲から外れたモノはカレルが溶かす。それでも駄目ならコールマーが……ここまで残った顔ぶれの連携は完璧だった。誰も指示を出さないが、やるべきことをやっていた。



『来い、来い、来い! 我に先を見せてくれ!』

「お前のとこに行くのは、これだ!」



 至近距離。水底の主は尾の一振りで全てを薙ぎ払える距離にあったが、その動きは激痛と共に止まった。

 サーレンが大胆にも〈真銀槍〉を投げやりとして使い、コールマーが更に釘を打ち付けるかのように打ち付けた。下位遺物とは言え、流石の鱗もこれには耐えかねて地面に縫い付けられる。


 これで動きを止められるのも一瞬だけだろう。しかし、その一瞬があれば充分だった。



「マセラドの分まで喰らえ!」



 元イサ班の面々が傷口に武器をさらに打ち込んでいく。激痛で長い体を仰け反らせた水底の主は、次に視界を半分失った。右目に矢が食い込んでいる。その射手は……



「え、嘘? 当たりました!?」

「大金星にもほどがあるぞ、アイツ……まぁ運も実力の内だ。後は頼みましたよ、頭目殿、副頭目殿!」



 カレルは〈太陽剣〉を掲げたまま、全ての魔法に対処する構えだ。〈イーラ〉の炎は〈太陽剣〉の所有者を傷つけることはできず、〈クーリ〉の氷もその熱の前には無力だ。

 協調していればミロンがここにいてもおかしくはなかった。しかし、それももうあり得ない。


 蛇の体を道にして2つの光が駆け上がっていく。1つは全てを断つ銀閃、もう1つは復活を許さぬ青閃。



『おお……! 父よ! 今……』



 蛇の首が落ちる。奔ったのは銀の光だ。

 水底の主を解放することが水底の住人との約束だ。〈蛇神の顎〉で首を獲ればそれが叶わなくなるかもしれない……死後の世界など今を生きる二人には分からないが、確かに約束は果たされた。


 落ちた蛇の首がひとりでに動き、己の尾を咥えた。そして急速に干からびていく。

 最後に残ったのは小さな輪のみである。

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