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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
最終章・終層地下封印区画
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第20話・殉教の蛇

 世界が赤く染まる。

 蛇神の眷属が放った爆炎が命中した冒険者は運がない。さらに運が無いのはたまたまソイツの近くにいた戦士たちだ。爆心地となった男は即死できた。周囲の者は火に体を焦がし抉られて、死ぬまでの間に地獄を味わうこととなるのだ。


 〈ラ・イーラ〉……灰騎士達が使用していた火球の呪文と同一系統の魔法である。効果の違いは追尾性の有無程度。それでも水底の主が使えば、たちまち地獄絵図を作り出す。単純に込められた力の桁が違うのだ。神の眷属と人では内蔵した力に差がありすぎた。

 火球の巨大さからして、撃たれた後に回避できる者はそれほど多くない。一発撃つごとに隊員達が数人ずつ戦線を離脱していくことになる。



「……無理するしかないね!」



 小さな影が躍り出る。

 そう。魔法によって被害が甚大になるのなら、水底の主に唯一傷を付けられるレイシーが前に出続ける他はない。休憩など許されず、死と隣り合わせで張り付き続ける必要がある。



「固まるな! 散らばれ! 後ろに下がることこそ死であると心得ろ!」



 カレルは怒号を発しつつ自らも前に出る。随分と酷なことを命じている自覚は当人にもあったが、ここに来た以上は覚悟済みであると思う他はない。出入り口は上の穴だけであるここでは逃げ場など無いのだ。

 わざわざ死地に入って慌てては冒険者の名折れだ。そして、この場にいる者達は魔都に集ってさらに逃げない酔狂者達の集まり。奇声としか思えない叫びを発しながらも、果敢に大蛇へと向かっていく。



「レイシーさんが傷を付けたところを狙え!」



 一人の冒険者がそう叫んで、有言実行しようとする。槍が鱗へと到達しようとした寸前に、蛇の尾が振るわれた。槍と鎧が粉砕されながら冒険者の肉体もまた粉砕される。毬のように弾かれて、壁の端まで転がっていく……骨という骨を砕かれて人型のぶよぶよした物体へと変わって死んだ。


 そんな同胞の有様を見ても、冒険者達は果敢に前へと出る。次の瞬間には死んでいるかもしれない。だが、次の瞬間には英雄になれるかもしれないのだ。人が持つ愚かしさを凝縮したような光景だった。



『ハハハッ。素晴らしきかな小さき者ども! そなた達の輝きを我にもっと見せてくれ! そして見事に我を討ち果たすのだ! おお……世界はいつまでもそなたらの勇気を讃えるだろう! 例え、我を倒せずともその輝きは今確かにここにある!』

「うるっさい! 頭に響くからあんまり喋らないでよ!」



 レイシーは蛇の背を駆け上がり、頭部に切り込もうとする。流石にそれは避けたいようで、水底の主は頭を振って振り落とした。レイシーは落下しながら次々と鱗に傷を付けていく。他の隊員達のための突破口となるように。

 それを興味深げに水底の主は眺めている。



『我らが末裔にして、偽神の子。よくやるものだ。我を相手取り、一歩も退かぬ戦いぶり。見事の一言よ』

「あっそ! じゃあさっさと倒れてくれないかな? ボクの目標は君じゃ無いんだからねっと!」



 傷をひたすらに付ける。隊員達はそこを狙うが、やはりカレル以外の者は傷を負わせることができないでいた。簡易遺物しか持たない隊員達では、水底の主が持つ奇妙な鱗に弾かれて終わる。

 その中には見知った顔もいる。元イサ班の面々だ。イサとの繋がりでレイシーもほんの少し会話を交わした覚えがある。



「このっ!」

「下がれ、マセラド! 近すぎ――」



 斧使いヨリルケの忠告も虚しく、マセラドの華奢な肉体の上に蛇の巨大な尾が落ちてきた。蝿を叩かれるように彼女は床の赤い花と化した。それを見てレイシーの美しい顔が歪む。

 さして親しくも無いはずの人間。その死にこれほど心が揺れる日が来るとはレイシーも思っていなかった。



「この――!」

『ほう……? それは聖盤の力か』



 レイシーの胸が淡く発光する。〈混交〉の力を発揮して、己の肉体に宿る三種族の力を引き出す。と言ってもマトモに使用した場合、性能が安定するだけでしかない。



「いよっ!」



 〈蛇神の顎〉が鱗を裂く。それは大蛇の肉まで届いて、血を流させた。胴体が太すぎて致命傷には遠いが確かに通用していた。

 水底の主もむざむざ両断される気は無いために、尾で弾き飛ばそうとした。先程の冒険者の男のように、レイシーも砕くつもりで放たれた一撃……それをレイシーは武器で受け止めた(・・・・・)



「んぎぎぎ……重い――!」

『これは……わざと崩したのか(・・・・・)!』



 レイシーは〈混交〉の力でヒトとしての安定を手に入れていた。地上王が倒れて幾分かマシになったものの、異常性が消えた訳ではない。

 まずその安定化をわざと崩して、人間としての要素を薄める。そしてカルコサ王族と水底の住人の力を前面に押し出す。己の内面を見続けたレイシーには難しくはあっても不可能ではない。

 重要なのはバランスだ。人間が現在内包している「魔法を身体強化に無意識下で使用している」という点を失ってしまえば、他の2種族から引き出した力が無駄になる。


 ぶっつけ本番ではあったが、レイシーは見事にこれをやってのけた。体躯が何十倍も違う相手と力比べを成立させてしまうほどに。



「今だよ、カレル!」

「おお!」



 裂いた鱗にカレルの遺物が差し込まれ、内部で斬撃を発生させた。水底の主が大きくのけぞるのを見て二人は一旦距離を取る。息を吐くような奇怪な音を奏でながら、水底の主は頭を振ってのたうっている。

 実に数千年ぶりに神の眷属は痛手を負ったのだった。



『おお……おお……』



 その痛みに対する感想なのか。奇妙な声で恍惚を訴えるような神の眷属の声に、隊員達は一瞬武器を振り下ろす作業を中断してしまう。姿こそ恐ろしい怪物であり、その能力も圧倒的だったがこれまでの水底の主は雄大な存在だった。

 快楽に悶ているとしか思えない声は、超然の存在がまるで目の前で堕落したかのような言いようのない不安を冒険者たちに与えた。


 特にそれを感覚で理解できるレイシーと、長い経験を誇るカレルは顔をしかめてしまう。高い能力を持った者が感情的になると、それは破滅的な被害をもたらすことがある。ただの人間でさえそうであるのに、水底の主ほどの存在が刹那的に行動するようになればどうなるのか……しかも現在は戦闘の真っ只中にあるのだ。


 ……今のうちに畳み掛けるべきだ。言いようのない不安が冒険者達の行動を1つにした。それぞれの得物を持って、レイシーが開いた最も深い傷口に殺到したのだ。

 剣が、槍が、斧が水底の主の肉体を蹂躙しようと振るわれる。その度に赤が跳ね跳び、己の攻撃に意味があると悟った冒険者達を熱狂させた。


 レイシーとカレルはどういう訳か、それに加われないでいた。その理由があまりにも勘のように曖昧なものでしかないために制止することもできないでいる。

 普通に考えればこれは好機だ。水底の主の首を取れるかもしれない……だが、天を仰ぐ巨大な蛇には死の瀬戸際にいるような様子は全く無い。


 古代ウロボロス教は生を懸命に生きた後に、次の段階へとたどり着くことを本懐としている。ならば……水底の主はこれまでの戦いで必死さを見せたか?



『ハ、ハハ、ハハハハハァーーー!』



 石で囲まれた空間を比喩ではなく震わせる笑い声。

 蛇の頭がゆっくりと下を舐め回すように見ている。そこにいるのは自分に傷を与えた冒険者達がいる。



『〈レル・クーリ〉! アッハハハァー!』



 地面から巨大な柱が次々と出現する。それは三角錐に似た氷だった。

 丁度10本立ち上がった氷の槍の穂先には、モズのはやにえのように冒険者達の死骸が突き刺さっていた。


 

『来い――!』



 短い言葉だったが、それに込められた意味は明白だった。つまりかかってこい。

 傷を負ったことにより、水底の主は冒険者達を明確に敵として認識したのだ。そしてこれからの死闘こそが水底の主にとっての本懐。次の生へ向かうための死の階段なのだ。ウロボロス教の徒として、これに勝る喜びはない。



「全員、一旦下がれ! レイシー殿と私が前に出る。ここから先は無理に攻めるな! 避けることに集中しろ!」

「ああ、もう! 手が足りない! 早く来てよね、お兄さん!」



 生半可な戦士では本気になった水底の主を相手取ることはできない。飛び抜けた質が複数必要だ。

 イサ達三人が戻るまで、この巨大な蛇を二人で抑えなければならなくなった。レイシーとカレルは恐怖を押し殺しながら、前に出る。

 それを迎える水底の主の視線に、愛でるような慈悲はもう無かった。あるのは敬意と殺意。一瞬で生死が分かれるような闘争はこれからだった。

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