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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
最終章・終層地下封印区画
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第19話・対英雄

 巨大過ぎる蛇をよそ目に高位冒険者たちもまた、激しい戦いを繰り広げる。

 巻き込まれないよう最低限の注意を払っているが、それ以上が叶うほど互いに生易しい相手ではなかった。相手が手強い……それを予想していなかったのはミロンの側だった。こいつらはこれほどに厄介な相手だっただろうか? その疑問が頭に湧いてきている。これまでのミロンからすれば信じられないような心境だった。


 それが原因の1つでもある。イサ達からはミロンは最初から驚異だ。それを相手取る覚悟は当然に済ませている。一方ミロンは水底の主しか驚異は残っていないと考えていた。ここでまず、心構えの差が出てしまっていた。



「サーレン、前に出ますから合わせてくださいね。コールマー、支援をお願いします!」

「言われんでもやるわ!」

「頼めるだけ、マシになったというべきか……?」



 さらに連携というミロンには無い強みを三人が備えていたことが大きい。実のところ、ミロンにとってはこれも予想外のことである。三人でかかる以上当然といえば当然かもしれないが、高位冒険者達は我が強い。それぞれが譲り合うことなどあるはずは無かったのだ。


 それが蓋を開けてみればこの通りだった。


 ミロンは〈太陽剣〉の炎熱を利用して鎧としている。近づくことすら難しくするだけでなく、その炎は物質的な硬ささえ持ち合わせていた。しかし……〈好愛桜〉を前には相当集中しなければ切り裂かれてしまう。そして、その裂け目にサーレンの〈真銀槍〉が突きこまれてくる。

 かといって守りに徹するのも悪手だ。集中すれば防げる、というのなら相手にとっては逆となる。イサが〈好愛桜〉の力を絞り出せば斬れてしまうのだ。

 ならば攻めに転ずるのが良策なのだが……コールマーがこれを許さない。下位遺物〈暴塞〉……打撃の衝撃を広げるというだけの単純な遺物なのだが、コールマーが使うと悪辣にも程がある。時にミロンを打ち付けようとし、そうでない時は足場を揺らしにかかる。



「隙を一瞬でも見せれば、そこから食われます。面倒でしょうが、〈暴塞〉で叩き続けてください。サーレンは私の後ろから引き続き。全て防ぎますので、もっと回転上げても構いません」

「物分りが良いお前って何か気持ちわりぃ!」

「承知よ!」



 ミロンにとって最大の誤算はイサの成長だった。イサからすればミロンへの嫌がらせを念入りにやってるつもりなのだが、他人に命さえ預けるその姿勢は以前とはまるで違う。

 魔物と化していた時期に負け続けたが、イサはそれをしっかりと記憶していた。ミロンの動きや癖を見続けた経験は、相手の武器が変わっても有効だった。イサ一人では対処できなかったゆえの敗北も、仲間がいれば話は変わる。自然とイサを指揮官とした即席班が形成され、しかも見事に動けていた。

 イサの変化。遺物を手に入れたサーレンにコールマー。ミロンの完璧な計画と戦いが嫌な軋みを立てていくようだった。



「――邪魔だぞ。お前達」



 そんなことは許されない。誰が何を言おうとミロンにとって初の挑戦である。この戦いを他人が邪魔して良い道理は決して無い。ただひたすらに己あるのみ。他人の事情は引っ込んでいるが良い。

 空気が変わる。水底の主が放つ気配がひたすらに巨大なものなら、ミロンの殺気は物理的に串刺しにされているような感覚を伴った。半生を下準備に割いた男の執念である。



「こいつ、これまででも本気でなかったとでも言う気か?」

「本気の方向性が変わったのだ。羽虫を潰そうとするそれから、壁を破壊しようとする本気へとな」

「終始人間扱いはしてくれない訳ですか。やれやれ」



 辟易した心情を吐露しつつ、冷や汗を滲ませる3人。最もミロンとの戦闘回数が多いイサはともかく、サーレンとコールマーの軽口は強がりの成分が多く含まれていた。

 

 ――来る。


 そう思って時にはイサが既に動いていた。

 〈太陽剣〉は長剣型。ミロンが得意とする上段からの断頭剣技は、以前ほどの威力を持たないはずだ。そう考えていたイサはミロンが剣を振りかぶった瞬間、計算を全て投げ捨てて右へと転がった。



「……危うく、消し炭になるところでした……」



 イサが転がった地点の床には焦げ跡が一直線に伸びていた。大剣と長剣。その違いをミロンは〈太陽剣〉から炎を引き出して補ったのだ。これは戦闘者にとって最悪の事態だった。ミロンは〈太陽剣〉を、カレルはおろかデメトリオ以上に使いこなしている!



「おいおい……」

「どうやって間合いを測れというのだ……」



 距離をおいて見ていた二人には尚更その驚異が伝わっていた。

 あの一瞬、イサは無造作に向かっていったように見えたが実際には違う。剣の間合いを完璧に捉えて、ミロンが空振りするように誘導する算段だったはずだ。

 それに対してミロンは恐ろしい解決方法を取った。長剣と大剣のリーチ差、そして重さによる威力差。それらを補うために〈太陽剣〉から炎を放射して、剣を伸ばした(・・・・)のだ。

 放射した炎だけでも人を殺すに十分な威力なのは、未だに煙をあげる石床が証明していた。


 最も恐ろしいのは〈太陽剣〉の炎をどこまで操作できるのか? それがミロンを相手取った3人の側から全く分からない点にある。

 伸ばすことしかできないのか? 矢のように飛ばせはしないか? 槍やハンマーのような形状にすることはできるのか?

あるいは……この空間全体を炎で満たすことができるのではないか?

 考えれば考えるほど、行動の選択肢を奪っていく。どう動いても殺される。そうなればいかに熟練の戦士であろうと尻込みしてしまう。



「ならまぁ戦い方は単純ですね。分かりやすくて良い。後は私がどれだけ使いこなせるか……」



 その緊迫感の中で、動けるのは奇人変人の類だけだろう。

 こともなげに言ったイサは、サーレンとコールマーが声をかける暇も無く、戦闘を再開した。


 選んだ手段は単純明快。イサはミロンの懐へと思いっきり踏み込んだ。その速さは人間の動きではない。サーレンとコールマーは人狼に変化していた時のイサを思い出す。その際、イサとレイシーが演じていた死闘も。

 理屈は不明だが、イサは限定的に人狼の身体能力を引き出してみせたのだ。



「……!」

「密着すれば必殺はどちらも同じ。というか軽く斬れば死ぬ人間相手には……炎の剣も、大げさな断頭も、全てが無駄に過ぎる。私がどれだけ貴方を観察していたと思う?」



 見る度に死んでいたのだが、そこまでは教えてやらない。

 ミロンが見せる僅かな驚きがイサの心を慰めていく。なにせ、ここまでイサの予定通りに事が運んでいる。それが崩れる時が来るのも知ってはいたが、上手く行くということは気分の良いことだった。


 ミロンは水底の主を倒すことを重要視していた。そして大剣による奇怪な断頭剣技。この2つの要素は繋がっている。ミロンの剣技は神の眷属を倒すために、独自に編み出された業なのだろう。

 ミロンの才と努力が合わさって鍛え上げられた肉体であるからこそ、人と魔物にも通用してはいた。しかしその実は能力で押し切っているだけで、全く有用な戦法ではない。あまりにも豪快なためにそこを誰もが見落としていた。



「あまり舐めるな」

「どちらが?」



 もはや肉薄していると言っていい距離で剣戟が応酬される。互いの一撃一撃に驚くほどの絶技が込められていた。灼熱の〈太陽剣〉を相手に真っ向からぶつかれば〈好愛桜〉は溶けるだろう。硬度を無視する〈好愛桜〉を相手には〈太陽剣〉も破壊されかねない。

 結果として剣とカタナはぶつかり合わず、互いをぎりぎりで避け合うような動きになる。それは舞のようだった。


 このまま行けば有利なのはどちらか? 言わずもがな、イサの方である。イサには仲間がいるのだ。互角に持ち込んだ時点で勝利が決まったとさえ言える。

 そのとおりに、サーレンとコールマーは適切な位置へと移動していた。偉大な第一位が死する決定的な一瞬を待ち構えて……その時が来た。



『〈ラ・イーラ〉』



 イサの背後で良く響く声と共に、爆音が響き渡る。その場にいた全員の体勢が乱れる。

 その中にはイサも含まれていて……赤い血が飛び散った。

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