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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
最終章・終層地下封印区画
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第15話・黄泉平坂

 意気軒昂ではあったが、最後の出発は大多数の者にとって奇妙な気分をもたらしたに違いない。水底の遺跡は足元は泥と粘着性の何かでぬかるみ、かつての地上と同じ配置で建つ建造物はあばら家の方がマシだろうと思わせる。

 この中で価値がある物が何か分からないのだ。多くの冒険者達の中にはその辺りで拾った石ころが金に化けた者も確かにいたが、泥よろしく沈んでいくのが大多数だ。


 その中でカレル隊だけが明確な目的を持って出発したのだ。薄汚れたエプロンの亭主、地べたに座る下位冒険者、獲物を探すスリ……皆、奇妙な顔で見送った。歓呼でも、罵倒でもない曖昧な視線に送られて……あげくにこの足元だ。



「うーん。この遺跡にゃどれほどいても慣れねぇな。野営までしたってのに」

「サーレン様はレイシーさんと行動してたんでしたっけ? 色んな意味ですごいですね」

「様は止せ。鳥肌が立つ。まぁ貴重な体験ではあったな、忍耐が試される。お前こそイサの部下だったんだろ? どういう神経してれば、アレの下に付けるんだよ」



 元イサ班の薄茶色の髪をした青年と、サーレンは話しながら歩いている。神経質なところのあるサーレンからすれば、水底の床は不快どころではないので気が紛れて嬉しいことだった。

 それにようやく手に入れた遺物が嬉しい。浄銀よりもさらに輝く〈真銀槍〉。いくら使おうと調子は衰えず、その切れ味突き味は何よりも鋭い。サーレンとは馬が合わないイサからの贈り物でなければ、もっと喜べたのだが。

 そう思いながらサーレンは進む。サーレンは隊列の最後方。後背からの襲撃に備えた要の位置にいた。その評価自体は当然と思うが、冒険者としては複雑だった。最奥とやらを一番にこの目で見たい……そうした欲がサーレンの中にくすぶっている。

 いや、その思いは全員がそうだろう。そのはずなのだ。



「お前たちの班長……何か変わったか? 前ほどイライラしない」



 癇に障る言動は相変わらずだったが、雰囲気が違っているので前ほど神経を逆撫でされている気がしなくなっていた。以前のイサは会う人全てを不快にさせるような男だったが、今はサーレンからすら悪童仲間のように感じる時さえあった。



「まぁちょっと面食らいましたけど、慣れました。訓練付けてくれた時とか鬼の方がまだマシってな具合でしたけれど……今回の作戦もイサ班長が発端でしょう? 確かに変わりましたね」



 今回の遠征。最後の遠征だが、水底の最奥を最初に拝むのはミロンということになる。だから全員が微妙な気分になってしまうのだが、最奥に座します水底の主にかけられた封印を解く方法がミロンにしか分からないので致し方ない。

 本来ならば最も不服を訴えそうなのがイサだった。ミロンが封印を解く前に先回りするぐらいは言いかねない男が、先手を相手に譲るという。

 奇妙なこともあったものである。まぁ集団の先頭に立っているのは相変わらずだが……



「ふん。何というか、大人になったものだな」



 多少の稚気は残れども、その表現が適切だろう。

 イサは変わった。全てを手に入れたいと泣き叫ぶ子供から、不満を飲み込むことのできる大人へと。それはきっと良いことなのだろうが、子供がどこまでいけるかを見てみたくもあった。

 サーレンはコルーンという若者と話しながら、少しばかり感慨深く感じていた。



/



 水底の泥に靴の跡が付いていく。揃って靴裏に仕掛けられた鉄鋲が付いているので、大きさ以外は同一だ。それは隊として偉大な活動に従事している様を刻んでいるようだった。



「リンギが考えたそうですね、コレ。流行りそうだ……冒険者の才に加えて商才があるというのは羨ましいことです。大分搾り取られてませんかカレル?」

「宣伝を兼ねているとかで、高位には無料ですよ。まぁ隊の分まで揃えるのに結構かかったのは事実ですが、懐が痛くなるほどでもなく……その辺りの線引がうまいんでしょうな彼女は」

「凄いですよ、カレルさんとリンギさんの帳簿のやり取り! まだ簡単な読み書きの段階だから古文書を見ている気分になってくるんですよ……」

「ああ……ボクも嫌いだな読み書き。でも、覚えないといけないよねぇ」



 先頭集団は呑気なものだった。かつてこの4人で一党だったことが理由だ。

 これから訪れる死闘をイサは楽しみに、レイシーとカレルはそれに従い、セイラはこの3人がいるなら何とかなるだろうとそれぞれ考えている。



「それにしても早い。地上を駆けていた時は随分と大回りさせられていましたね。結界の無い地下は一直線で楽なものです。どういうわけか、魔物も出ませんし……泥に塗れて変化したところを見たかったのですが」

「人数が多すぎて、出てこないんでしょうな。あるいは既にミロンがあらかた片付けてしまったか……やつめはもうたどり着いているでしょうかね、頭目殿」

「頭目は貴方ですよ、カレル。まぁ、そろそろ着いている頃合いでしょうね。あちらは一人身、コチラがわより随分と歩きやすいことでしょうね……ククク……」



 微妙に含み笑いをしているイサを見て、付き合いの長い一党は「また、何かしてきたなこの人」と顔に出した。この時になっても、イサは相変わらず事態をかき乱す気らしい。そして、その方法も3人は何となく理解できている。なにせ行軍を開始してから、この地の強敵であるはずのミミズ人間や泥騎士と全く出くわさないのだから。

 ちょうどそんなタイミングで大きな足音が聞こえてきた。甲冑を着込み、不気味な槌を持った巨漢……コールマーだ。



「イサ。言っていた通りだが、かなり先行されているようだぞ。随分と派手な跡だったが、あれが人間の仕業とはな」

「おや……流石はミロン。僅かな足止めにしかなりませんでしたか……感覚に何か変化はありましたか、レイシー?」

「ん? んー……特に何も感じないけど」

「ならば問題は無し。今のまま進みましょう。ところでコールマー、〈暴塞〉はどうでしたか?」

「気に入った。見た目以外は、だがな」

「それは良かった。正直、途中で自分の蒐集に加えようかと思ったのですが、似合いなら仕方ありませんね」

「ん……?」



 違和感。今までのイサと何かが違う。

 サーレンと同じ感想を抱いたコールマーだったが、近くで見た分それはより強いものであった。しかし、コールマーは元々がイサに対する嫌悪感がサーレンより薄い。肩をすくめた後、〈暴塞〉の使い心地を語りだした。まるで自慢するかのようだったのでイサは途中で代金を請求しかけて、周囲に止められた。


 水底の主とはどんなやつなのか、誰が討つかで賭けをしよう、この遺跡が終わったら次はどこへ行こう……カレル隊はそんな話をしながらも、窪みに向かって迷わず進んだ。


 それは東洋の神話に出るような黄泉へと向かう軍勢の姿に似ていた。


 最奥地点、まるで穴のように見える輪郭が視界に入った瞬間、可愛らしい声が不吉と戦を告げる。



「お兄さん、何か始まったみたいだよ」

「そうですか。いや、楽しみですね」



 ここから先、何人が生きて戻れるか。度し難いことに、この場の全員は自分が生きて帰ることを疑っていない。その意気がある者は誰もが冒険者なのだ。

 神の眷属、いざ見えん。

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