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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
最終章・終層地下封印区画
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第13話・三文芝居

 イサ達が考え出した策を聞いた一同は開いた口が塞がらなかった。それは古典的で陳腐とさえ言える考えだが、確かに効果的ではあった。最後のタイミングさえ見誤らなければ最大の成果が得られる。失敗すれば大損だが。

 その考えだした、というよりは素人の思いつきのような計画にカレルから笑い声が漏れた。カレル隊はそれにも驚いた。万事落ち着いているこの元騎士が笑った声を初めて聞いたのだった。



「策……というよりは博打ですな。頭目殿は変わったと思いましたが、今回の考えは実に貴方らしい」

「我々がミロンに対して唯一先んじている情報は、私が生きているということだけです。問題は負ければただの大損で終わるということと、カレルの我慢とカレル隊の協力が必要ということですね」



 そもそもカレルが賛同しない場合、成立しない考えだった。ある意味では他人任せであり、その辺りも含めて実にイサらしい悪辣さだった。

 ミロンは強い。だが彼は〈好愛桜〉を欲しているのであって、イサ自身に興味は無いだろう。そして鐘が割れた日に死んだと思っている以上は、注意を払っていないに違いない。優秀過ぎる人間にはそうした傾向が見られる。



「はぁ……ミロンさんってそんな考えに引っかかるほど、ええと、バカなんですか?」

「バカ! すげぇなアンタ! 第一位にその言葉を使ったやつは多分あんたが世界初だ!」

「ええ!?」



 セイラがサーレンとじゃれあうとは珍しいこともあるものだ、とイサは思う。なぜだかカレルの顔が険しくなってきたのでイサは早々に話を進めたく思った。この計画を前にくだらないいざこざでカレルにへそを曲げられても困るのだ。



「バカ……といえばある意味ではそうなのですよ。効率バカかつ冒険バカ。頭は良い方なのでしょうが、それでいて強すぎるから、彼は我々の考えを疑いつつも引っかかってくれる。なにせ、あー、怒らないで欲しいのですが、ここにいる全員でかかっても倒せないでしょうから」

「我々はそれを出し抜いて、水底の主まで討伐しようと言うのだからな。多少は馬鹿なことをやらねばならぬ」



 コールマーの発言に頷く。まったく冒険者というのは救いがたい存在だった。相手は驚異驚嘆の怪物であるだろうに、この期に及んで足の引っ張り合いだ。

 しかし先に引っ張ってくれたのはそちらなのだ。意地でも沈めてくれる……イサはそう考える。


 そしてレイシーとイサの目があった。難しい話を理解することを放棄しているレイシーは相棒の顔を見て笑った。



「ミロンには脱落してもらいます。その後は……この場にいる全員から早いもの勝ちと洒落込みましょう」

「誰が勝っても恨みっこなし、ですな」

「いや、一生でも付きまとって報復しますが」

「最悪だよ、お前……もう水底の主の時にミロンもろともやるわ……」



 機会は平等に、誰にでも訪れる。下位の者ですら目はあるだろう。

 これからどうなるのか、誰にもわからないまま。単調な水底への道に舞台は移っていく。



/



 その日も、第一位冒険者ミロンは真面目に探索をしていた。

 ミロンは最初からこの水底へと狙いを定めて、その半生を捧げて来たのだ。歴史学者を上回る、魔都と水底に関する知識もそこから来ている。

 かつてここの話を聞き、いつかは……そう決めた時から華々しい活躍の数々ですら布石に過ぎなかった。丹念に石を積み上げて作り上げた見事な階段。それでも未知はあるから、手間は惜しまない。

 難行とそうでない物を並行して処理しながら、ミロンは初めての冒険を楽しんでいた。この地は自分に征服されるためにあり、己の人生はここへ至るためにあった。泥で塗れて、財貨も無いこの地が彼にとって情熱を結集させる場。


 だから、こんなことは彼にとって予想もしていないことだった。



「――なに?」



 かつての地上と同じ配置の道を歩いていると、一本の剣が落ちてきた。カラン、と音を立てて目の前に転がる。

 夕日のような色をした剣だった。回りの泥をまたたく間に元の砂と土へと帰す熱を帯びた剣だった。柄頭にくぼみのある剣だった。……それはミロンが重要な鍵として追い求めて未だに手に入らぬ剣。パズルの最後の一欠片……その名を〈太陽剣〉という。


 これがなければ先に進めない(・・・・・・)。しかし、〈月光の君〉を単体で所有する者は〈太陽剣〉の担い手に勝利することはできない。

 イサ達の立てた仮説は的を得ていた。本来は2つで1つの遺物なのだが、限定的に仲間を強化するための機構。そして反逆を許さぬ、抑制機能でもあったのだ。


 ミロンにとって最も難しい問題。〈太陽剣〉を所有しているために、絶対に勝てないカレルからどうやって〈太陽剣〉を奪うか……それが突然解決してしまった。

 これにミロンは喜ぶどころか、困惑を示す他は無かった。イサがこの場にいれば、その様子だけで大笑いして溜飲が大分下ったに違いなかった。



『カレル隊長が落ちたぞ!』

『縄を! 早く!』



 上から聞こえてくる声。別に演劇などに興味の無いミロンにも分かる。大根役者どころではない、三文芝居だった。連中はわざと〈太陽剣〉を渡したらしい。しかし、なぜ?

 ミロンの混乱は深まっていく。精巧なからくりが不快な軋みを奏で始めた。



/



 〈太陽剣〉を持ち去っていくミロン。それを上方……家屋の屋根からレイシーが見送った。ミロンに感知されない場所となるとかなりの距離になってしまう。専門の斥候でもミロン相手では心もとない……なのでこうした時レイシーの超人的感覚は実に頼りになった。

 


「ちゃんと持っていきましたか?」

「うん。ちょっと戸惑っていたようにも見えたけど、流石のボクもここからじゃ顔は分かんないなぁ。しっかしあの芝居はする必要あったの?」

「まぁ、一応は。無いよりはマシ程度です。芝居と知らされていない面子を混ぜたので、気配を誤魔化す程度の役には……立つような、立たないような?」

「要はお兄さんの趣味か……可哀想なカレル。セイラに恨まれないようにね?」

「馬に蹴られる……ですか。しかし、あの二人がね……未だに信じられませんが」



 そんな話をしていると、当のカレルがやってきた。

 髪が泥に塗れ、鎧は薄汚れている。



「策に乗ってくれるとは助かりましたよカレル。太陽剣を手放すことになるので、断られても仕方ないと思っていました」

「あの話を聞いた後では断れるはずもなし。こうして代わりも頂きましたが……これはどこで?」

「見ないと信じられんだろうから、言わないでおきます」



 水底の主が封印されている間にたどり着き、これを討つ!

 という目標ができたのは良かった。しかし問題は封印の解き方がわからないという点であった。


 なにせ情報源であるザクロースの記憶だが、彼はあくまでカルコサの騎士。魔術師や神官といった存在ではない。封印に立ち会い、力の供給にも役立ってはいたようだがそれがどんな仕組みかまでは知らなかったのだ。

 となると何故か知っているらしいミロンに頼るしかない。出し抜くのはその後の話だ。


 ちなみにカレルには突剣状の遺物を渡してある。これは肉塊のヴォルハールから聞いた武器庫にあった代物で、他が崩れかける中原型を留めていた。

 それに加えて最後に生存していた場合、〈太陽剣〉並びに〈月光の君〉の所有権はカレルにある。という念書を全員が提出していた。それでも騎士の誓いに傷を付けたのだ。まだ足りないような気がしてならないイサだが、ここは素直に受け取っておこうと思うことにした。



「水底の住人はあまり剣などに興味は無かったようですね。なぜだか……そのあたりは競争が終わってから考えてみますか」



 まぁ自分があの怪物ミロンに加えて、水底の主と戦って生きていた場合のことだが。そう考えていると袖を引っ張られた。見るとイサの前でレイシーがいい笑顔を見せている。



「ボクとの決着を付けてからね?」

「……はい、そうでしたね」



 頭目殿は意外と尻に敷かれそうだな……というカレルの呟きに向かって、イサは石を放った。

 

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