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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第1章下層貧民区画
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容疑者

 水の音がする。

 水の音が追ってくる。


 夜の帳が落ちた灰都は危険だ。そんなことは知っている。知っているが……こんなことは想定していない。

 重装甲の騎士ながらも逃げる男の足は速い。フルプレートアーマーを着込んで動けるだけでも大したものとされるにも関わらず、軽装の人間とほぼ変わらない速度で駆けていく。

 浄銀の鳥の面に、階級章が当たって跳ねた。


 弾力鋼(ウーツ)……第4位の冒険者である。辺境においては英雄と讃えられたこともあり、その戦いぶりと青い甲冑から〈カワセミの騎士〉と謳われた。

 そんな男が逃げに徹していた。

 理由はこの上なく簡単なことで、追ってくる者が男よりも強いからだ。



「なんでだ!」



 叫びながら走る。

 腕が立つことが裏目に出てしまっている。下層区画の奥深くまで入り込んだ上に、夜中とあっては同業者……つまりは助けと出会うことはまずない。



「あんたほどの男が……なぜ!」



 俊足にピタリと張り付いて追ってくる平坦な足音と、水の音。雲間に隠れていた月が顔を出して一瞬、追跡者を照らし出した。



「なぜだぁぁっぁぁぁ!」



 銀の狼の面が月光を浴びて光っていた。濡れたように光る面は笑っているのか、泣いているのだろうか――


/


 現時点での行動範囲は恐らくは外周部の真北まで。帰りを考えなければ西側まで達することが可能だろう。

 荷を誰かに持たせるというアイデア自体は悪くない……が、これを二人、三人と増やせば倍々の効果が出るわけでもない。紙に整理したわけではない頭の中での考えでもそれは明白だった。

 荷物持ち自体も飯を食う。加えて荷物持ちを守らないといけないという状況では、この効果が最小で最大の効果に留まる。


 戦闘的弱者がセイラ一人だからこそ回る体制に過ぎないのだ。一人だからこそフォローは容易く、気楽にできる。セイラでは私とレイシーが気を遣わなかった場合には歩行速度にすら付いてこれないだろうが、それでもだ。

 荷物持ちばかり増やせば手は回らなくなり、被害が出る。そうなればただでさえいない希望者はさらにいなくなって他の集団へと流れる。悪循環の始まりというわけだ。

 後方を守る戦士がいれば話は変わるため、それを見つけ出せるかが課題となる。


 ……冒険者というのには群れる者が多い。というよりはそちらが主流だろう。

 望んだわけではないものの、私は結果的には単独行動派であった。そして、灰都ですら避けられるレイシーは輪をかけてそうだ。

 だから、こうした苦労をしたことが無かった。劣る側に合わせて計画を練るということは、難しいものだった。


 随分と傲岸な考えであると思う。

 自分が荒事に関して異常だ。という自覚はあったものの、それが様々な方面で発露するのはなんとも言えない気分だ。剣を振り、何かを殺すことが得意という認識はあったが……体力が人並み外れているだとか、精神的にもズレがあるとまでは思っていなかった。



「それはそれで楽しいですね」



 低いやつに合わせよう? あるいは低い者を引き上げよう?

 それは一人での強さを希求してきた私にとって、新しいステージと成り得るのだ。万事、楽しんでしまえば何事も問題など無い。

 それこそが私の生き方であり、辿らなければならないことだ。楽しめなければ意味がない。


 宿の部屋を出ながらさて、今日はどう工夫するかと思考していると……



「ああ、イサくん。すまないが組合の方へ来てくれないかね? 実は少しだけ困ったことになっていてね……」

店主殿(マスター)? どういうことだ、貴方が出てくるとは珍しい」



 塒にしている宿の玄関口には、細い老人が待ち構えていた。高い背丈を折り曲げているが、不思議なことに品は些かも減退していない。

 ……冒険者組合の顔役というのはそれほど暇なわけではない。確かにここは辺境だが、それゆえの苦労もまたあるはずである。

 第3位の冒険者を軽く扱えないのは当然だが、それでも丁重に()呼び出せば済む話。


 そこまで考えて周囲の目に気付いた。

 曰く問題児のレイシーと行動しているため、奇妙な目で見られるのはいつものことだ。だが、今日の周囲の者達(有象無象)は遠巻きに監視しつつ何かを囁きあっている。

 それは見慣れているが味わい慣れていない感覚……イサという変わり者を見る目ではなく、レイシーにいつも向けられている視線だ。つまりは危険視。中位の冒険者に傭兵騎士といった、この宿にいるそこそこの戦士達が私を警戒していた。



「雑魚の群れが困ったことですか? 貴方らしくもない」



 声に幾人かが立ち上がった。内何人かは既に武器の柄に手をかけてすらいた。冒険者にせよ騎士も傭兵も舐められれば立ち行かない商売だ。

 ……本当に面白い。勝てないと分かっていて突っ込んでくるのなら見ものだ。



「……やめたまえ。イサくん、君もだ」



 静かな声で私も周囲も縫い留められた。

 武に裏打ちされた迫力というよりは、長い年月をこの業界で生き抜いてきた威厳。賢者の声で我に返る若者のように、その場の全員が水を浴びせられたようになったのだ。



「……失礼しました。少しばかり煽り過ぎたようで」

「少しではないよ。では、行こうか」



 今度は無言で曲がった背中を追うことにした。

 自分でも不思議なことに、この老人を追い抜かないように歩幅を縮めて大人しく……


/



「や、お兄さん」

「あ、どうもです」



 組合のある酒場には二人がいた。灰の髪で美貌を囲んだ麗人は、妙に上機嫌だ。対して焦げ茶の髪の女は身の置き所がないといったところか。

 この二人と私に共通する点など、それこそ一つしか無い。



「さて、お茶を出そう。少々込み入った話になるだろうからね。ああコレは奢りだから気にしないでくれ」

「うーん、お茶かぁ。たまにはいいかな? 甘いものの方が好きなんだけど」

「レイシーさんってやっぱり凄い人なんですよね……この雰囲気の中で堂々と……」



 焦げ茶のセイラが言うのも最もだろう。周囲からの殺気、悪意は先程の比ではない。レイシーが避けられているのとも違う。

 第一に彼らが警戒しているのは()だった。流石に自分へと向けられた害意に気付かないような頭はしていない。



「一夜のうちに随分と嫌われたようですね。まぁ確かに愛が集まるような顔はしてませんが、顔に何か付いていますかね」

「付いているんだよ、イサくん。狼の面がね。この建物の中で抜くような者はいないから、ここに連れてきたんだ。この街に集まる戦士は冒険者だけではないからね……」



/



「なるほど……それで私ですか。狼面の殺人鬼とは……狼顔の魔物ぐらいいそうなものですが」

「あまり探索が進んでいないからこそ、俗に言う“下層”で見られる存在については詳しく集まっているんだ。この灰都で資料を信じるのも妙な話だがね」



 下層の北を抜けたあたりで、冒険者や騎士が殺害されている。偶然魔物を警戒して、気配を消した冒険者がそれを目撃しており……『犯人は狼の面を付けていた』と証言したとのこと。

 狼の面を付けているのは、現在のところ私だけ。故に狼の面の殺人鬼はイサである。そういう論法らしい。



「イサさんはそんなことはしないと思いますが……怖いけど親切な人です」

「っていうかお兄さんがやったのなら目撃者なんて残さないでしょ。一帯の人を全員潰すぐらいはするよ。優しいけどそのあたりの神経無さそうだし」



 褒められてるのか? 貶されているのか?

 そんな仲間達の言に店主は苦笑した。



「私個人の意見を言えば、勿論イサくんがそんなことをするとは思っていない。趣味じゃないことは拷問されてもやらない類の人間だろう?」

「正直に言えば、気分が乗ればやるかもしれませんがね。まぁ容疑者の主張としてはやっていない、と言う他ないですね」



 それで全て通るのならば世の中に、審議だの裁判だのは無いであろう。

 人より魔物のほうが多い灰都で、下層の中間地点まで行ける人間。そして同業者を殺害できる腕前と精神性。

 加えて言うならばレイシーと親しい、と見られていることが疑いに拍車をかけているのだろう。



「そういう訳だ。しばらくは目の届く範囲で大人しくしてくれないかね? 君がこの街にいる時に事件が起これば……無実の証拠の一つにもなる」

「ここは店主殿の顔を立てて、そうしますかね。セイラでも鍛えて暇を潰していますよ」

「ひぇっ!」



 未熟者は声をあげて怯えていた。強くなる機会を嫌がるとは実に不思議な女だ……そんなことを考えていると、レイシーがぽんと手を打った。



「何か思い出せないなと思っていたけど、イサ以外にいるじゃない狼の人」

「……なに?」

「ほら、ターバンとかターザンみたいな名前の。お兄さんが来る前に行方不明になった浄銀の人」



 そういえばそんな話を聞いた覚えもあった。その事情があるから上位として自分は歓迎されてもいたのだ。



「タークリンか。確かに特徴は彼も一致するが……行方をくらましてから二ヶ月か。ふぅむ、普通ならばあり得ないが……」



 そう。この灰都にいる魔物達は不死に似た性質を持つ。

 だからこそ完全に否定することは誰にもできないのだった。

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