第12話・作戦会議
新しい入り口街の屋敷としては大きいカレル隊の拠点。少人数ではなく大規模に動く彼らが日常使うために、その集会所の間取りはかなり広く取ってある。
しかし、その部屋も圧迫感で狭くさえ感じられる。理由は集まった面子の錚々たるがゆえだ。
隊長を務めているカレル、副官兼弓手班長セイラ、カレル隊ではないが現役の第三位冒険者イサ、コールマー、サーレン。そして第二位冒険者にして〈混交〉の保持者レイシー。
その他大勢の者達は縮こまっているが、権威に押されてのことではない。彼らが放つ圧倒的な武威の気配……実戦を繰り返すカレル隊隊員達はそれらを感じないほどに無力ではない。同時に押されないほど強くもない。
ちなみに強者達だけが椅子に座り、他の者達は立っている。自ずと実力の序列が現れた形になる。
「俄には信じ難いお話……しかし、頭目殿と副頭目殿ならばあり得ると思えてしまうのが困ったところですな。人の魔物化自体は前例もありますが、そこから復帰するなどと」
「ああ……それなのですが、カレル。多分で申し訳ないが恐らく、私は魔物のままですよ?」
「……は?」
「水底の住人から聞いたことと、混ざったザクロースの知識を合わせて考えるに、〈混交〉の保持者であるレイシーの恩恵を受けることで制御可能になった。そう考えるのが妥当ですね。私の今の肉体はレイシー同様に三界の肉で編まれているはずです。そうでなければザクロースの知識を引き出せるはずもない」
イサの体に溶け合ったザクロースの灰……それをイサは単純に魔都の力を手に入れたと考えていたが、むしろザクロースの内面を引き継いだという方が正確であるようだ。流石に当時から勇名を馳せていただけあり、極めて大きな力だ。
ヴォルハールから聞いたことを合わせれば、ミロンの持つ知識を上回っている可能性さえ出てきた。
周囲にいるカレル隊の隊員達は魔物であるというイサを見る目が変わる。敵意、猜疑、憧憬……ないまぜになった感情の視線が身を貫くが、イサは気にした風もない。
「……頭目殿はこれから、どうなさるおつもりか。よければ……」
「隊長を変われとでも言うつもりですか? カレル、貴方の求心力は私とは比較になりませんよ。貴方が納得しても、今更この隊の隊員達が私に従うことはない。諦めて、英雄の仲間入りをしなさい」
「あはは……相変わらずばっさりと言いますね、イサさんは。こう見えてカレルさんはずっと悩みっぱなしだったんですから、時々変わってあげるとか……」
「それは貴方の役割ですよ、セイラ。貴方ももう一端の冒険者。見ない内に立派になったもので、そこは面白くありませんが……気持ち的にもカレルの荷を支えられるのは貴方だけです」
「はぁ……相変わらずって言いましたけど、何か変わりましたね。イサさんってもっとノリでかき乱してる印象が……」
確かに今のイサは奇妙に落ち着いている。以前の彼を知る者からすれば、成長を感じるというよりは不気味と言ったほうが的確だった。しかし、イサはイサのままだった。
「それと私の目的ですが、勿論水底の攻略一番乗りですよ。人狼としてうろついている間に随分と地理も理解しましたからね。しかし、問題が一つ」
「ミロンのやつか。カレルを襲ったそうだが、何考えてんだ? いくら第一位って言っても、夜間に不意打ちかまして失敗……一位授与した支部からも離れたこの地だと私刑処分されても文句はいえねぇのに」
「古代の知識を参照するに……太陽剣を手に入れるために、試すだけ試した……というところですね。元々地位はどうでも良いんでしょうから、躊躇なくそうした真似ができるわけです。まだ諦めて無いし、私が生きていることを知れば、この〈好愛桜〉目当てに私にも襲いかかってくるでしょう」
「……なぜ、そう断言できる?」
コールマーは怪訝そうに尋ねる。サーレンもこの時は真剣にイサの発言を待っていた。
奇怪な存在と化した上に、知識まで手に入れたというイサ。話半分でも聞いておいて損は無いと判断したのだ。何もかも疑ってはきりが無い。
イサも茶化すことなく答える。
「遺跡の攻略……簡単に言うが、線引はどこにありますか?」
「あー、そりゃお前、地上みたいな王を倒した時とか……一番上、この場合は底か。に到達したときだろ」
「そのとおりです。そして水底の場合、それは両方を意味します」
「つまりは……水底にも王のような存在がいて、それは最奥にいるというわけだな?」
イサは頷いて、静かに続けた。
他者からすれば確証もない話にも関わらず、今や場の全員が聞き入っていた。
「ザクロースの記憶によれば、蛇神ウロボロスの加護を受けて眷属となった者が水底の主。かつて魔都……いいえ聖都カルコサの勇者たちによって封印された存在です。これを倒さなければ、水底を攻略したとは言えない」
「待ってください頭目殿。封印というのは……」
「言葉通りの意味ですよ、カレル。魔法というものが当たり前に存在した時代。その時代の英雄たるカルコサ騎士団ですら殺すことができず、封印する他は無かったのです。元々、力の供給源とする予定だったので殺せても殺す気は無かったそうですが、そもそも無理であったとザクロースの記憶にあります」
神の眷属。まさに不滅の怪物だ。
規模が大きくなる話に皆が唸って、静まり返る。そこにパチン! と指鳴らす音が響いた。音の発生源を見れば馬の仮面を机の上においたサーレンだった。
「閃いたぜ。その水底の主さんを倒すのには、太陽剣が必要。だからミロンはカレルを殺してでも手に入れようとした。そうだろう? 俺たちはカレルを先頭に進めば良いわけだ。勿論、我らが隊長を守りながらな」
サーレンの発言にイサはにっこりと頷いた。元々の意地悪さがにじみ出ていてかなり気色が悪い。つまりはハズレか? そう全員が思ったが、イサは惜しいと言う。
「半分は正解です。実に惜しい」
「お兄さん、凄い嬉しそう……サーレンの不正解で盛り上がってるね」
「半分はあたってるってことだろうが!? で……その心は? さっさと言え」
意地悪い顔をしながらも真剣な目でカレルの腰にある〈太陽剣〉を見る。最高の遺物……その柄頭にはくぼみのような部分がある。サーレンにではなく、イサはそれに今まで注目しなかった自分をあざ笑っているのだ。
「〈太陽剣〉は実はその状態では不完全なのですよ。ミロンが持つ遺物……〈月光の君〉。それを柄頭に嵌めることで真の力を引き出す……らしいです。ザクロースも実物を目にしたことが無かったので曖昧になりますが、ミロンがわざわざ襲撃までしたということは事実のようですね」
「月と太陽は2つで一つかぁ。おとぎ話な感じだね」
「実際におとぎ話の頃からある遺物ということらしく、他の遺物とは一線を画する武器のようですね。とはいえミロンも水底の主を実際に見たことは無いはず。おそらくは現在、この地にある遺物を手にするためには手段を選ばないと見たほうが良いでしょうね」
カレル、イサ、レイシー。この三人はミロンに襲われる可能性が高いということだ。〈太陽剣〉は元より、あらゆる物を切り裂く〈好愛桜〉に不死を否定する〈蛇神の顎〉……この2つも水底の主に有効かもしれない。失敗する気が無いのならいずれ奪おうとするだろう。
「ミロンの戦闘力は圧倒的です。ここにいる全員でかかっても勝てるかどうか……正直、水底の主とどちらが強敵か測りかねますね」
「あん? でもあいつカレルに負けてるぞ。カレルはミロンから逃げたんじゃなくて追い払ったんだからな」
イサの目が細まった。
カレルは強いが、イサを超えるほどではない。しかし、人狼となっていた期間、イサはミロンに10回近く敗北している。
「月だからじゃないかな?」
「うん?」
「ほら、月が光ってるのって太陽のおかげって言うじゃない。月のミロンは太陽のカレルより格下になっちゃうんじゃないかな? おとぎ話なんだし」
「……!」
〈月光の君〉は〈太陽剣〉に力を与える……従属物と見ることもできる。レイシーの子供らしい単純で明快な答えには、賭ける価値が十分に存在してるように思えた。
イサ達はにやにや笑いを浮かべた。……なら、取れる手はあるな。椅子に腰掛けた面子の顔はそう言っていた。