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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
最終章・終層地下封印区画
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第9話・おいかけっこ

 ホコリが舞う。泥が跳ねる。みすぼらしい家屋の壁が欠ける――

 一般人であればそれしか分かるまい。武に通じた者だけが何が起っているかを感知できる。



「化け物対決だな」

「さて、どうやって割り込むかねぇ……」



 その一流に入る者達でさえ、感じ取れるに過ぎない。サーレンとコールマーは油断ない姿勢のまま、事態の推移を見守って……感じ取っている。

 今、泥を跳ね上げてホコリを撒き散らしているのは戦闘の痕跡だ。目視できない速度で行われているために痕跡としか言いようが無かった。当事者であるレイシーとイサ。怪物の混ざりものであり、同時に人の技術を用いる彼らの戦闘はおとぎ話の領域へと足を踏み入れていた。

 たまに聞こえる金属音から撃ち合いもあるにはあるようだが、基本的には鬼ごっこめいた速度対決となっているようだ。


 だがサーレンとコールマーは傍観者に徹するつもりはない。


 彼らは年齢に見合わぬ達人だ。例え目で見えない相手であろうが、攻撃を加えることさえやってやれないことはない。

 加えて言えばイサとレイシーは正真の雷速で動いているわけではないことも二人は看破している。確かに異常なほどの速さだが目に見えぬ、ということはまず無い。ならば見えないということは目を晦ますように動いているのだ。イサは技術を用いて、レイシーは無意識的に、サーレンとコールマーさえ範囲に入れて絶妙の足運びを披露しているわけである。


 切欠さえあればサーレンとコールマーにも参加資格が与えられる。

 しかし……感じ取れはしても、彼ら自身がその速度で動けるわけではないために、失敗すれば即座に報いを受けて終わりだ。下手をすれば味方であるはずのレイシーにも誤認される。

 ゆえに狙うのは決着の瞬間。そこで効果的な一撃を加えて事態を有利な側で終息させる。



「それが難題であるがな」

「ふん。あれがイサであるなら、元に戻せるものなのか? そんな水薬(ポーション)は聞いたことがないし、人が狼と合体するような病気もないはずだ。医者にどうこうできるとは思えん」



 すなわちレイシーを生かしつつ、イサを無事に確保する。当然自分たちも死なない上で。

 それが最良の結末であり、高位冒険者である彼らは当然のようにそれを狙う。まさに大博打、賭け金は自分の命だ。



「それは後で考えることだ。子供が遊び終えたときこそ機会。ぬかるなよ、サーレン」

「俺はイサより年下なんだがな。あのクソガキがこっちを忘れてなければ成功の目も出ないわけじゃない。……そっちこそ老眼で見逃すなよ?」



 遊び。そう遊びだ。

 目に見えぬ速さでの高速戦闘……と言えば凄まじく感じるが、その実は緩急をつけるだとか地を利用して力を溜めるだとかの行動を一切行っていないことを意味している。

 イサは正気を失っているので意図していないため、レイシーがそういう風に誘導していると考える他はない。レイシーの目的もサーレン達と同じく、イサを正気へと戻すこと。ここは彼らの決着の時ではないのだ。


 準備が整い次第、レイシーも勝負に出るだろう。その瞬間に事態は一気に動く。それを全員が待ち焦がれている。イサを含めて……



/



『眠ったか。見知った顔を見て気が抜けた……この者はまだ赤子なのかもしれんな』

『……』



 人狼の形をした内界……外とは対照的に不思議な穏やかさに満ちていた。それは嵐の前の静けさとも違うゆりかごのようなまどろみを誘う空気だ。

 狼の頭部は静かに息だけをしている。それでいながらいつものように三色のせめぎ合いは起きていない。ザクロースと〈好愛桜〉が譲っているからこの均衡は保たれている。それは妥協ではなく、人間らしい感情から来ていた。



『お前が自身の欲望として語る、何もかもが欲しい……それは何も失いたくないという願いだ。寝ている時に起きていることができないように……表が顔を出している時は裏の面は出ない。あり得ない未来を夢見られるほど愚かではなかったが、それをそのまま受け入れられるほど賢くもなかった。それがお前だ』

『……』



 〈好愛桜〉が回転する。ザクロースの発言に同意するように。

 邪悪と言っていい特性を獲得した彼女だが、かつては人間の女だったのだ。母性と呼べるモノが残っているのかもしれなかった。遺物には意思がある。ならば〈好愛桜〉たちもまた、人に振るわれる度に何かを得て、失っているのだろう。



『休まねば、良い答えは出ない。事態は好転しない。狼よ、良い夢を。貪欲が狼の性というのは人が勝手に決めたことだ。それに倣う必要はどこにもない……』



 灰色の上に乗る鉄兜の声は穏やかで、どこか切ない響きがあった。



『今は休め、狼よ。その間は私が動かしておこう。寝ることさえ失った者が言うのだ間違いは無い……』

『……』


 無機質だがひどく優しい声。内なる世界を見れる者はもうこの世にはいない。混ざりものとなったレイシーとイサが最後だろう。この精神世界と言える場所には虚偽が無い。イサが執着を通り越して偏執的にミロンへと無策に仕掛け続けたのも、それが関係している。


 ザクロースは心底からこの元宿敵を案じていた。それが分かるのが精神世界だ。


 彼らも待っている。その瞬間を待ち焦がれている。

 外の世界が正しい形に帰る日は近い。そこに誰かの意思が隠されていようとも、彼らなら大丈夫だと確信していた。なぜなら世界は既に彼らの物なのだから。いつまでも老人が出しゃばる必要はない。

 ザクロースの主も、水底の存在もそんなことを納得できる器が無かったから未だにこの世にしがみついている。


 そんな存在達の走狗であったザクロースは願っている。信じている。

 閉じたこの地と違う外の世界には未来があるのだ。



/



 爪と鎌が空中で交錯する。

 二人の余りの速さのためか、不思議と鍔迫り合いは起こさない。代わりに一瞬の煌めきと高音を残して、すれ違っていく。それにしても不可思議な状況だ。人狼イサの右手の爪は〈好愛桜〉が融合したものであり、いかに相手が〈蛇神の顎〉であろうとも切り結んで無事というのはあり得ない。

 イサの内面に対して〈好愛桜〉も働きかけているのだ。元は愛する人への贈り物であった〈好愛桜〉は製造者の悲惨な生ゆえにあらゆる絆を断ち切る遺物へと変化した。しかし虚偽のない世界に置かれた結果、本来の姿……結びつけるための鎹としての力へと回帰することをも可能にしていた。

 


「弱くなったね、お兄さん! 前の姿の方がずっと手強かった……ほらほら! こっちだよ!」

「……」



 挑発めいたレイシーの言葉に人狼は速度を上げる。

 元より三界混交の世界に生きているレイシーは、何かがイサを助けようとしていることは感じ取っている。そして自分がそうするのも当然だ。


 何よりも……きっとイサは目覚めるだろう。その切欠を作るべくレイシーは凶刃ではなく、妖精のように跳ね回り続けた。

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