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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
最終章・終層地下封印区画
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第8話・血闘開始

 満月の夜。月から魔物が落ちてくる――

 おとぎ話のような始まりだが、この場合現実だった。イサという名の魔物が地上目掛けて落ちてくるのだ。その高さは家屋の2倍以上であり、身体能力の高さをこれでもかと伝えてくる。


 器用に真下を向きながら銀の狼は顔を印象付けた。その顔は仮面のように微動だにしていなかった。だが一方で相手を食らう気概に満ちているようにも感じられる。

 迎え撃つはサーレンとコールマー。真っ当な人間の戦士としてはこの上ない格の持ち主達。



「……やっぱりコイツがイサってのは間違いだろ。あいつが地面を離れてぴょんぴょんと、隙だらけで落ちてくるはずはない。腐っても一流だからな」

「さて、どうかな。いずれにせよ……攻めるに他は無し!」



 飛べば確かに落下による勢いで威力は増す。だが同時に翼を持たなければ定められた着地点へ向かうだけ。つまりは位置を完全に見切られることになる。攻撃も避けられやすくなる。

 しかし、ここまでの高さから落ちてくる相手など、そうそうお目にかかれるものではない。一切油断することなく、武器を構えたまま予想される落下点に対して狙いを定める。

 相手が何か仕掛けて来ようと備えるだけの時間があり、同時に一瞬でこちらから攻められる適切な距離。一流の二人はそれを測って陣取った。


 ……狼が地面へと激突する!

 瞬間、響き渡ったのは肉を裂く音でも無ければ、地面を割り砕く音でもなかった。甲高い金属音だ。コールマーの鉄棍に、人狼の爪が受け止められている……いや正確には指と指の間、手の丘にコールマーの鉄棍は挟み込まれている。


 地面に衝突する際に態勢を獣のような四足体勢に移行。爆ぜるような突進へとつなげていた。


 肩の近くまで迫った人狼の爪に豪胆なコールマーも冷や汗をかいていた。近くに死がある……ぐらいのことで肝が冷えるコールマーではない。しかし、この爪からは戦闘者の心の壁すら超えて突き刺さる恐怖を感じたのだ。



「これは……まさか……本当に?」



 あの奇妙な武器。イサが持っていた異郷の遺物。コールマーも同業者の見栄から隠し通していたが、初めて見たときから感じていた異常さ。同じものを人狼の爪から感じている。

 思考がどんどんと脇道へそれていくが、それもわざと。手の丘で受け止めたのは咄嗟にしては最上の判断だったが、押し込んでくる力は人間とは別次元だ。剛力を誇るコールマーが両手から絞り尽くしてようやく受け止めていた。だが、人狼は片手だけで押し込んでくる。遊んでくる右腕が向かってきた瞬間に死ぬ。

 打開不可能な状況だ。一人なら。


 横から放たれる煌めき。掛け声も廃して狼の斜め後ろを取っての奇襲。

 サーレンとしては不本意であろう完全なる奇襲。



「って、ぬぉ!」

「ぐぬ……すまぬ」



 もつれ合うように倒れ込む二人組。水底のぬかるみで転がったサーレンとコールマーは無様に泥に塗れた。

 イサは奇襲を防ぐために、鍔迫り合いをしていたコールマーをサーレンに向かって投げたのだ。相手を屠る一撃を咄嗟に放つことができなかったのは、それだけサーレンの一撃が見事だったからだが、それを防いで退ける。人狼の戦闘技術は腐っても一流どころではなく、超がつく一流だった。


 しかし……泥に汚れながらサーレンとコールマーは立ち上がった。仮面の下は二人共怪訝な顔つきになっていた。



「なんだ? なんで追撃をしてこねえ……今の間に三度は殺せたはずだ。舐めているのか、お前」

「いや……攻めることができなかったのだな。ほれ、あちらを見ろ槍の」



 コールマーが示した先には、長大なハルペーを携えたレイシーが立っている。

 フクロウの仮面はずらして素顔が見えているのはいつものことだが、その顔は決意と悲壮がにじみ出ている。巻毛を揺らしつつ、静かに歩み寄ってくる姿を人狼も黙って見つめていた。



「我々は今宵の主役とはいかぬらしい」

「ぬかすな。隙が見えたら文字通りの横槍を入れるぞ。いくらあのクソガキでも……殺さずじゃあキツイだろうよ」

「くっく。意外に優しいなサーレン」



 ついにレイシーとイサが接近した。

 顔を見合わせて立つ二人の姿には不思議な哀愁がある。イサも長腕をだらんと下げて呆けたように、目の前の相棒を見つめている。



「前……鐘の音が近づいた時のこと覚えてる? 立場が逆になっちゃったね。お兄さん」

『レイ……シ……』

「ううん。殺したりしないよ。お兄さんとの決着はここでつける。確かにそう約束したけれど、まだその時じゃないんだ。ミロンも生きてるし、水底の奥には誰もたどり着いてない。ボクらはまだまだ、これからなんだ」



 イサは懸命に己を抑え込んでいた。

 アリーシャナルが注ぎ込んだ液体は何かの“増強”薬であることは確かだ。イサを異常に興奮させつつ、その技量を残す。何を元にすればそんなものが出来上がるのかは分からない。

 神代の残り香……聖盤の恩恵物からの汚染を耐える。その精神力の源泉は……



「前に、お兄さんがミロンと似ているって言ったけど、間違ってはいなかったね。お兄さんはきっと寂しいんだよ。でもなんでそうなのか分かっていない。分かっていないから、ずっと嗤っている」



 この小さな戦士への敬意から来ている。

 今のイサはレイシーと同じだ。三界が混同した感覚に混乱し、目的を遂げられない状況に苦しんでいる。


 イサの目的は……何もかもを手に入れること。



「なんでそうなのかは分からなくとも……何が間違っているかは分かっている。そこはお兄さんとボクの違いのはずだ。行くよ、お兄さん。本気で戦って、殺さないようにする。絶対に助ける。そうしたらまた……セイラとカレルとボクとお兄さんで一緒に行こう」



 だから我慢しないで良い。

 天使のような風貌を持つ凶刃が優しく誘う。



『お、おお。オオオォオオォォォン!』



 人狼の意思が決壊する。

 内部からの影響を耐えていた。それをする理由自身が自分にかかってこいと言う。イサは混濁のまま、魔物としての力を解放するのを当然に止められなくなった。



『勝つのは私だぁぁぁぁぁあぁ!』

「そうさ。でも……もっと格好良くなってからね!」



 四肢をたわませて人狼が飛びかかる。

 その速度は獣すら遥かに凌駕している。


 足取りも軽やかに、凶刃が舞う。

 その流麗さに迷いなし。速度も人界に卓越していた。


 至近距離からの異常速度の応酬。おぞましくも美しい合成獣同士の争いが幕開けた。



 

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