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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
最終章・終層地下封印区画
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第5話・月は太陽に勝てない

 カレルは仲間との会議を終えて、屋敷から出た。

 先が見えやすい地形の地下都市……しかし、そこに出る魔物はこれまでよりも強い。地上都市の経験者だけならば侮りは無いだろうが、地下都市からの参加者もいる。そのために情報の共有化と訓示は何よりも大事だった。


 夜空の下を一人で歩く。稀に行うカレルの気晴らしのようなものだ。これにはセイラも伴わない。

 セイラをはじめとして、若い者達が増えた。見捨ててもいいような愚か者ならばともかく、直に接してみればそれぞれに見るべきところがあった。驚くべき発見であったが、その有望な若者達の命が肩にのしかかっているとなれば肩も凝る。何よりも奇妙な申し訳無さに心も重い。


 彼らを守るためにも、先へと進むためにも、あえてゆっくりと進む。これはかつて下層区画で学んだことだ。魔都と呼ばれた地で隠されていた区画を、ただの地下都市と思うことなどできない。必ず何か予想外が起こる。

 それは当然に他の集団も察しているだろう。他人が最奥の蓋を開けた時に一気に出し抜くのが何よりも賢い。卑怯ですら無いぐらいに当たり前だ。


 しかし集団の利があるカレル隊ならば、横やりを防ぐ手立ても多い。人数のみならず多くの高位冒険者の知己もいるのだから、彼らの威光も後押ししてくれる。



「それらも全ては頭目殿がいたからこその縁……頭目殿がいてくれればもっと早く……ゆっくりと一番に到着するという目的も難なく果たせる気が……ああ! やめよう!」



 せっかくの気晴らしが台無しになる。

 そう判断したカレルは思考を打ち切った。最大勢力をまとめるカレルにとって一人の時間は大変に貴重だった。ほとんど忙殺されて、前線に立てる機会も減る。協力者達は知己ではあるが、彼よりも高位なので訪ねてくればこれにもまたカレル自身で応対せねばならない。

 カレルは武断派の騎士だったと己の過去を自負している。年長者として日頃抑えられるぐらいには大人だったが、似合わぬ真似をさせられている鬱憤はどうしても貯まる。

 だからこうして一人の時間が欲しかった。本当に何もしないで、誰にも会わないような時間が必要なのだ。そうでなければ心が音を上げる。今までの半生で、有能がゆえに己を潰してしまった同輩のなんと多いことか!


 簡易とはいえ新入り口街は数少ない娯楽の場だ。酒場に娼館に、と人々の灯りからは逃げられない。

 カレルの足はいつもやることだが逃げるように、かつての城壁の外れへと向かった。



/



 置かれた時期が違うのか、この外れには壁石が幾らか残っている。

 大ぶりで四角目の椅子にカレルは腰掛ける。お気に入り……というほどでもないが、なぜだか毎回座る場所は決まっていた。

 座ると、カレルは背を曲げて、片手を頬に添えた。



「……疲れる……」



 まだこの務めを始めてから半年も経っていないじゃないか。

 知らぬヒトはそう言うかもしれないが、時間などカレルにとってはどうでもいいことだ。ひたすらに自分に合っていない気がするのは事実なのだから、他の人ならもっと耐えられるとかそういうことはそれこそ無関係だ。

 というか隊内にもっと向いている者がいるなら喜んで椅子を渡す。何もかも不詳のレイシー、巨漢のコールマー、すらりとしたサーレン。どいつも自分より若くて有能かと思いきや、徹底して人を率いれる範囲が狭くてとても任せられない。

 

 なら主のイサはどうだろうか? やっぱりアレも駄目だ。重圧を感じることは無いだろうが、ニヤニヤしながら爽やかに失敗する様子が目に浮かぶ。ただイサならば失敗しても周囲は責めたりはしないだろう。そこは羨ましい。

 思えばイサは不思議な人物だった。変だった。

 奇妙な性格で嫌われてすらいるのに、人々はイサと出逢えばついつい関わってしまうのだ。そういう無視できないところがあの男にはあった。魅力では絶対にないけれど。


 結局は自分がやるほか無いのだと考えて、カレルは心を無に戻した。

 本当に考えるだけ無駄だった。だが時々は自己憐憫でもしなければやっていられない。


 

「はぁーーー」



 大きくため息をついて、心を落ち着ける。

 その瞬間、カレルはざわめくような感覚を覚える。胸中の不安ではなく、誰かが教えてくれたような感覚。

 それにしたがって太陽剣を抜きつつ、前転気味に前へと転がる。


 先程まで自分がいた場所へと剣を向けると同時に、お気に入りの石材が2つに割れた。わずかに起こった石ぼこりの先にいたのは……



「ミロン! 何のつもりか!」

「……ちっ」



 ついその意図を確かめるようなことを口にしてしまった。そのことにカレルは自身で苦笑する。

 全く理解できないが、第一位冒険者に狙われた以上は自身の末路は定まった。片手が無いカレルは太陽剣を加味してようやく第三位冒険者と同等というところだ。それより数段上の相手に狙われて生き残れるはずもない。このような無法に出た以上は逃さない自信も持っているはずなのだ。


 だがミロンを良く知る人物が仮にいるならば、ミロンが舌打ちをしたということに驚き、不意打ちで仕留めそこなった事実に驚くだろう。



「目的を聞かせてくれる気はあるか?」

「……太陽剣を渡せば、他の行動は一切邪魔しない」

「手に取れば教団から永遠に狙われるとは聞いていたが、貴方もウロボロスだったのか? まぁ誰であろうと……騎士が最後に託した物を、命惜しさで誰かに引き渡すほどに騎士を捨てたわけでもないのだ。観念しろ」



 最後の言葉は自分に向けたものだった。

 矜持のために迷いは無かった。今の自分が死ねば多くの人に迷惑をかけるだろうし、結局は太陽剣も奪われてしまう。だが、それでもカレルはカレルなのだ。デメトリオが今際の際で託して来た物をあっさりと手放すことは不義理だと考えた。

 すまない……と内心で皆に謝る。知った顔の中には泣く者さえいるだろうことが、奇妙に誇らしい。


 ミロンが両手剣を振り上げる。

 身体能力の差が出て、避けるという選択肢は消えた。後は受けるだけだ。ただでは死ぬまいとありったけの火力を太陽剣に装填して待ち構える。剣が叩き落される前に火傷を負わすことができるはずだ。


 神速が緩慢に見える中、断頭の刃が振り下ろされた。



「……なに?」

「くぅ!」



 甲高い音を立てて、ミロンの剣が(・・・・・・)弾かれた。カレルの手は痺れてもいない。

 単純に力負けしたように、ミロンの無骨な大剣が弾かれたのだ。

 そのあり得なさに命を拾ったカレルの側が困惑する。

 

 ミロンの浅黒い顔は諦めと落胆がわずかに出ている。カレルは人生経験からそれを辛うじて読んだが、他の者は分からなかっただろう。

 その表情はこの結果を予想していたが、同時に外れることも期待していた。そういう時の顔だ。


 再び同じ軌跡を描く剣が来る。振りかぶって斬るだけの単純にして防御すら不可能な一撃。

 その速さも込められた力も、カレルに太刀打ちできるようには見えない。



「……既に遅かった。使いこなしていたか」



 同じ一撃に対して再び同じ結果が表れた。ミロンの一撃は片手で支えられた太陽剣にあっさりと撃退されたのだ。放たれた熱でミロンの側がわずかにだが火傷すら負っている始末。

 これは一体……とカレルは未だに混乱している。



「使いこなす? 良くわからないが……太陽剣の機能か、これは?」

「機能? そうか知らないのか。デメトリオは言い残しはしなかったか……ならばまだ目はある。また会おう、カレル。お前を倒さねばならないのは心苦しいが、絶対に必要なことなのだ」



 言い残してミロンは飛んだ。

 後方に向けての跳躍で、もうカレルが追撃を諦めざるを得ないほどの距離を取っている。カレルにとってはレイシーを思い起こさせる身体能力で、自分が撃退できたのがますます分からなくなる。

 気配も消えて、ミロンがいた痕跡はすぐさま失せた。



「偶然では無いようだが、わからないまま生き残れたか……やれやれ、この歳になっても死ぬのは惜しいか」



 ともあれ、セイラを泣かせずに済んだことはありがたい。

 しかし太陽剣の秘密は、思っていたよりも遥かに重要らしい。


 仕事がまた一つ増えたな。そう思いながらカレルは屋敷に戻ることにした。

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