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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
最終章・終層地下封印区画
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第4話・次なる狙い

 冒険者になろう。そう思ったのはいつの頃だったか。

 思い出せないし、どうでもいい。大事なのは結果であって、始まりや過程に何があろうとも余録に過ぎない。信じるまでもなく、彼にとって生とはそういうものだった。

 

 平凡な生まれ、暖かくも冷たくもなかった両親に、悪くもない運勢。恵まれた肉体、たまたま備わった武才、偶然手に入れた遺物。

 どちらも関係ない。幸福も、不幸も、彼の歩みを止める切欠になりはしない。


 彼は良くも悪くもそうした存在だった。

 山の頂を踏むためだけに機能する。あるいはいかなる魔物よりも異質な存在だったのかもしれない。それがミロンという男だった。


 世の中の全てが階段にしか見えていない……第一位という称号さえも……


 ゆえに必ず踏破すると決めた魔都こそが彼の冒険の初舞台。前座は消え去り、水底が顕になった今こそが目標を達する好期……そのはずだったのだが。



「大概にしつこいな、お前も」



 ミロンはこの都市について、あるいは当時生きていた住人よりも詳しい。少なくとも水底の一般人よりは詳しいことは疑いない。

 水底の最奥に至るには力押しだけでなく、ある物が必要となる。それを知っているミロンは一旦、この地下都市から離れようとしたのだが、それを果たせずにいる。


 答えは返ってこない。既に邂逅は3度目になるが、相手から何かを得られた試しが無かった。こうなると相手はそもそも話すことができないのだろう。

 この銀色の人狼めいた魔物には話すという機能が無く、戦うことしかできないのだ。



 人狼の動きは怪物そのものだった。

 前傾姿勢のまま、猛然と突撃を開始してから止まる瞬間は僅かも無い。速さ、体力、膂力……その身体能力はミロンやレイシーを上回る。

 それだけならばミミズ人間と大差無かっただろうが、この人狼の動きには奇妙な合理性がある。わずかな所作から初動を読み取って先回りしようとしているのが分かる。大剣を振りかぶった姿勢のミロンは高速のすり足で躱す他は無い。

 長大な爪が付いた右腕を主体とした攻めも、当たりやすい胴体から下腹部にかけてを狙っている。あえて急所である首などは狙ってこないのは命中率を重視した考えで、獣のそれではなかった。


 総じて言えばこれまでに出会ったことがない強敵だ。

 しかし悲しいかな。ミロンからすれば……



「いつになったら消えるのだ」



 気合の声が伴わないミロンの一撃。大剣による断頭の一撃で、狼の肉体は真っ二つに分かれた。動いている最中に両断されたため、虚しく空を切り裂きながら地面に落ちる。そこで初めて自分が斬られたことを人狼は知る。

 黒衣の下には確かに肉があったが、その中には何も詰まっていない。断面自体が黒い影のように見えるため、地上都市における下層と中層の間にいた影の魔物を思い出させた。


 人狼は上半身だけで戦闘を継続しようとしていたが、しばらくすると霞がかかったように消え失せた。先に挙げたようにミロンはこの地下都市をよく知るが、この人狼に似た怪物だけは心当たりが全く無い。

 そもそもこれでこの人狼を倒すのは三回目となる。ミロンの大剣……正確にはその柄に嵌った宝石は遺物であり、ミロンと大剣に加護を与えている。

 ならば復活することはあり得ないはずだ。



「あるいは……種族なのか……」



 だとするならば流石のミロンでも笑ってはいられないだろう。ミロンが強すぎるから簡単に倒せているように見えるだけで、銀の人狼は凶悪無比だ。あれを複数同時に相手をすれば万が一もあり得る。

 問題かもしれないが、難題ではない。街へとたどり着いて、太陽剣を手に入れる手段を講じなくてはならない。目的がはっきりしている第一位冒険者は、足を再びかつての入り口街へと向けた。


 その後ろで、影からにじみ出るように狼の頭部が形成されていた。

 

 

/



 新・入り口街には簡易テントで寝泊まりする者も多い。

 だが作りは簡素でも大きめの家を持つもの達も既にいた。


 今や冒険者達の中で最大の部隊。彼らが拠点と定めた建物もその一つだ。外観に見栄を一切張っていないので、木こり小屋を無理やり巨大化させたような趣がある。


 片腕の無い騎士風の男が、椅子に背を預けて息を吐いた。

 見た目の通りに成り行きで冒険者になったが、身に染み付いた騎士の匂いは未だに消せずにいる。歳は既に男の盛りを過ぎて、戦う者としては斜陽どころか落日の身と言っていい。

 今も鍛錬と実戦の日々に身を置いているため、幸いにも現役に立てているがいつまでそうしていれるのか……そう思うと不意に疲れが溢れてくるのだ。


 その感覚に辟易していると、横合いからふわりとした匂いが流れてきて机に湯呑が差し出された。

 匂いには女性の香りも含まれている。



「お疲れ様です。カレルさん」

「セイラ。今日の書類はこれで全部だったか?」

「はい。カレルさんが教養のある人で皆助かったって言っていますよ。読み書きができる人って意外と少ないですもんね。名前しか書けない人もいますし」

「若い頃は勉学の時間には体が腐っていくような気がしたものだが……人生、何が役に立つか分からんものだ」



 その結果としてカレル隊はおろか、友好関係にある冒険者まで机仕事を任せようとしてくるのが問題だった。年齢の問題があるとはいえ、同じ苦労でも前線でしたいもの。そうした考えをする男だった。

 きっと自分は古臭い人間なのだろうという思いもある。隊を率いるようになって分かったが、最近の若者は驚くほどに賢い。とは言え、能力が未熟な者でも賢いので有能や有用かと言えば、そうでも無かったりすることもあるが。

 


「うん……安酒と果実水が無いのは寂しいな」

「カレルさん……」



 カレルはもう酒を飲んでいない。彼の主が行方知れずとなった日からずっと。

 いま一人の雇い主もその人を探して、街に帰ってくることは殆ど無い。同行者達にそれとなく物資を渡しているが、きちんと食事をしているかどうか気になる。


 安酒がイサを、果実水がレイシーを指すことを分かっているセイラも寂しげな顔で苦笑している。


 セイラも変わった。後ろにまとめた髪は長くなって、ぐっと女らしくなっている。食生活が改善されて随分と立つことから体つきもいい肉付きをしている……美観的にも実用的にも、だ。

 彼女は優れた弓手としても名が知れてきていた。頑強な魔物を相手にする時、弓手は影が薄いので意外にも数が少ないのだ。同じ人間を相手取るなら弓こそが覇者の武器なのだが、異形ひしめく魔都ではそうもいかない。珍しいからこそ名が知れてきたのも確かだが、それでもセイラは成長していた。

 最も近くで見続けていたカレルは内心で花丸をくれてやっているほどだ。



「まぁそれだけでもないんだが……うん。俺も良い年なんだがなぁ」

「???」



 今度はカレルが苦笑してなんでも無いと手を振る。

 地下都市について作成した地図を広げて見る。寝る前の習慣だった。


 地下都市は地上とは逆で、中心点に行くほどに深くなる。全景を把握するのはさほど難しくなかった。ミミズ人間を筆頭にして、魔物の特殊個体などがいるために実際に進みだすと遅々とした歩みになってしまうのだが。



「鐘が無くなり、敵はもう復活しない。ならばジワジワと進んでいくのが確実だ。私に頭目殿達のような才は無いのだからな。それに……」



 ゆっくりと進めばその頭目も見つかるかもしれない。

 その言葉をカレルは飲み込んだ。その暁には現在の重荷を丸ごとぶん投げてやるのだ。さぞスッとすることだろう。


 窓から見上げると月が真円に近づいてきていた。



「この頃……夜になると訳もなく不安になるな」



 静かな呟きに頷くように、壁に固定された太陽剣がカタリと音を立てた。それには誰も気付くことはない。

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