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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
最終章・終層地下封印区画
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第2話・狩人

 ミミズ人間。そう呼ばれる魔物がいる。

 この魔物は地下区画表出と同時に現れた訳ではない。元々地上部分が残されていた時代にも、地下へと入り込もうとした冒険者を機械的に排除してきた存在だ。

 戦闘力は極めて高く、高位冒険者が複数でかかってようやく一体を倒せるほど。しかも、その数は少なくなかった。

 遭遇して生き残った者はごく僅かなために、確かに存在しながらもどこか眉唾ものの存在として扱われていた。


 表出した地下街……つまり水底の領域は、広さで言えば地上であった魔都カルコサとほぼ同じだ。

 しかし、徐々に下っていく作りから攻略するのにさほどの時間はかからないと見られている。カルコサは各区画に結界が張られており、特定の道筋以外からの侵入を遮断していたが、水底にはそれもない。

 堅実に踏破していくなら螺旋状の地形をぐるりと回るのが無難だが、建造物を登って超えれば大幅な近道が可能なのだ。明らかに不衛生そうな湿り気が充満しているために、食糧や水の現地調達は不可能ではあるものの、そんなことは工夫次第でどうにでもなった。


 だがある地点を境に、冒険者を始めとした探索者達の足取りが消える。

 現在の最大勢力、カレル隊はその大所帯ゆえに安全なルートを選んでいるためにそこにはまだ到達していないが……ごく一部から噂が広まっている。

 よくある話だ。そこにはこれまでよりも強力な魔物が潜んでいるのだと。この話を笑い飛ばせないのは、ミミズ人間の恐ろしさを知るものに限られた。



/



 この日、第5位真銅級(オリハルコン)級冒険者、オードという青年が驚異の成果を上げた。

 若すぎるくらいだがそれなりの実力者である彼は、若さに任せて短縮ルートを進むべく、建造物を乗り越えて進む方策を取った。オードはいわゆる単独行を好む冒険者だ。一人では戦闘における対応力は激減してしまうが、同時に身軽に進むことができる。

 高位冒険者のレイシーやサーレンもかつてはこれに近く、決してデメリットばかりでもない。


 奇妙な形の住居を器用に乗り越えた先で、オードはそれと出会った。

 輪郭だけは人の形をした怪物。無貌が蠕動して、オードの側へと向き直った。


 ――こいつが噂の――


 オードはミミズ人間の存在を疑っていなかった。そして、その強さも「そうした強敵もいるだろう」と受け止めていた。自分たちよりも強い存在がいて、敵対している。その簡単な事実を受け入れる度量があったのだ。


 ミミズ人間を唯一討伐した例……これを信じるならば……第3位と第2位の二人がかりでようやく一体。人間に直せば最高位騎士や第一位冒険者と言ったところか。

 これが種族として存在しているならば、冗談にもほどがあると言いたくなるだろう。


 それを信じるオードは自分と相手との間にある力量の差を正確にとらえた。

 身体能力の差からして、逃げることすら不可能。ならばどうするか……


 オードは相手に向かって突貫した。


 伸縮自在の腕がある相手には距離が空いていては不都合。性能の差が大きすぎるために、技量でこれを覆すことも不可能……ならば自分でも一切の思考を放棄して思いつきに従うまで。


 頭を屈めて思いっきり突っ込むオードの頭上を触腕がすり抜けていく。あえて無茶苦茶に構えた剣は偶然に、ミミズの頭部へと食い込んだ。



「や……やったぞ……」



 独り言を言わない主義だったオードも、この偶然の勝利には思わず声が出る。

 ミミズ人間は強力だが、あまり発達した思考を持たない。それが強さであると同時に、弱くもあるという極端な敵なのだ。驚異であることに変わりは無いが……今回はオードのあらゆる選択に運命が微笑んだ。

 そして、その笑顔もここまでだった。


 がっ、と漏れた声を引きずりながら、オードは壁に叩きつけられた。

 魔物ではあり得ない、相手が油断したタイミングに確実に放たれたあえての力押し。崩れ落ちていく視界の中でオードはそれを見た。



「泥騎士……」



 甲冑状の黒い宝石……否、油のような黒い粘液を纏った異形がそこにいた。

 絶望と諦観のままに偉業は忘れ去られた。



/



 泥の騎士は悪しき敵を幾度も、自身と同じ黒い鉄棍で叩きつけた。

 液体で全身が覆われているにも関わらず、不思議と何の雫も落ちずに……その体にしがみついている。いくら激しく打ち付けようともだ。

 泥の騎士は知っている。この連中は少しぐらい叩いたところで滅びない。念入りに、念入りに、叩いて潰さなければ恐るべき執念で彼らの生を踏みにじる。

 今だって一人守れなかったばかりだ。瞬時に移動する王の加護によって間に合うはずだったのに……


 ……我々が守る? 守るべき者とは、どのようなモノだった?……

 双頭の蛇の……無限の蛇の……


 元が同じであるがゆえに混乱して、小さな違いが魂をかき乱す。

 懊悩のままに敵の血肉を黒に変えるまで潰す作業に耽る泥騎士は、没頭のあまり眼前に出現した存在に気付かなかった。目の前にゆっくりと歩み寄られてようやく気づくほどに、彼は没頭していた。



「……!」



 その存在を認識した瞬間、泥遊びを放り投げて鉄棍を打ち振るう。

 泥騎士へと近づいた存在は、魔物に似ていた。

 銀の狼。右腕の爪が異常に長く、頭部以外は黒い衣に覆われている。ただの狼と決定的に異なるのは二足歩行している点にある。

 人狼と呼ばれる民間伝承の存在に酷似していた。


 泥騎士の攻撃は苛烈であった。半端な強者などまたたく間に肉塊に変える勢いと、流麗な動きが調和を見せている。狂気の上にさらに混乱を重ねても、練達の域に達した戦士の技量は些かも落ちていない。

 むしろ先日までの姿(・・・・・・)よりも、身体能力は大幅に向上している。


 だというのに、銀の人狼には掠ることさえなかった。

 華麗に躱したのではなく、あらかじめどう動くか知っているかのように、少しだけ位置をずらすだけで回避しきってみせた。そして……銀狼の爪が振るわれる。

 回避の発想を起こす時間すら無い。無造作に見えて完全に虚をついた一爪で、泥が切り裂かれた。


 黒い粘液の甲冑が弾け飛び、中の姿が顕になる。干からびた死体……魔都において灰騎士と呼ばれて恐れられた存在のそれであった。

 泥騎士の正体とは灰騎士や灰人の遺骸が、チリに変える前に水底の泥を浴びた姿だった。


 なぜ、狼の爪を受けただけで泥が弾けたのか? 灰騎士もとい泥騎士の動きを知っていたのか?

 

 ともかく泥から開放された古代騎士は今度こそ眠りにつくだろう。

 銀狼は哀れみの目でそれを見たかと思うと、途端に興味を失ったかのような目を覗かせた。そして足元の影へと沈み込み、現れた時と同じように忽然と消えていった……

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