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青閃と銀閃の灰都探訪  作者: 松脂松明
第3章・上層貴族区画
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第17話・地下都市の表出

 金属の音が静謐な空間に響いた。

 真二つに分かたれた王冠は転がることさえ出来ずに、一度跳ねると動きを止めた。


 偉大な都市の頂点に相応しい王の間は絢爛を極めたものだったが、嵐が過ぎた跡のように無残に散らかり、損傷していた。全て、ここの主がやったことだ。

 愚かな灰王を弱いとは誰も言え無かっただろう。王であるために技量的には見るところが無くとも、魔都の力を最も濃く発揮できる存在であり、放つ魔法の威力は冗談じみていた。しかし王の力をもってしてもミロンには届かなかった。

 ミロンとて楽に勝った訳ではない。纏っていたボロ布は切り裂かれて、内側の飾り気のないローブが覗いている。無傷ではあったが必殺の一撃を決めるまで、ミロンも動きに動いたのだ。


 しかし、最強の冒険者は魔都の王を下したことに何の感想も持っていなかった。予想していたよりも時間はかかったが、既に死んでいた者では自分を倒すことはできない。なるべくしてなった結果に過ぎない。そう考えている。

 塵に帰っていく灰王には目もくれずに歩き出す。向かう先にあるのは玉座だ。


 このカルコサの王の間には、他の国とは少しだけ違うところがあった。

 玉座の後ろに扉があるのだ。

 ミロンはそこに用があったため、たまたま立ちはだかった王を処分したに過ぎなかったのだ。


 開かれる扉……階段と繋がっており、登りきった先の短い通路からは空が見える。この都のように灰色の空だった。

 大きいバルコニーへと至るための道であり、なぜそんなものが玉座の裏にあるのかと言えば……


 そこに魔都の力の根源があるからだ。

 王がそこから挨拶するための空間ではなく、魔都中に響く鐘を鳴らすための場だ。魔都の中心とは王の間ではなくここである。尖塔に似た屋根が鐘を風雨から守っている。神を祀る小さな社のようだった。

 そして鐘は今も失せない銀の輝きを放っている。双頭の蛇が装飾で描かれているこの鐘は浄銀(ミスリル)で出来ているようだが、美麗な外見とは裏腹に不吉な気配を醸し出していた。



「少々、驚いたな」

 


 ミロンは鐘を前に口を開いた。それは力を秘めた眼の前の鐘に対する感想ではなかった。

 後ろから迫ってくる気配に対して言ったのだ。



「お前がここに来るのは2日後だと思っていた……その体で無茶をしたものだな」



 第一位冒険者の後ろでは、黒衣の銀狼が息を切らせて立っていた。

 ザクロースとの戦いでの傷は水薬で癒やしたにせよ、それでも疲労感はそのままだったはずだ。加えて水薬で傷を癒やすのも自然な回復ではないため、体への不快感が現れる。

 その状態で王城を一気に駆け上がってきたというのは尋常なことでは無かった。



「ミロォォォン……」

「やはり意思を持つ者は怖いな。ここを一区切りとするならば、守護者は灰王ではなくお前だったか、イサ」



 やはり相当に疲労している。喘いだ息が狼の面から漏れ出ており、まさに飢えた狼そのままの姿でイサはカタナを抜き放った。己を踏み台に、自分よりも先にここへと到達した。その屈辱を晴らすためにミロンを討ち取ろうとする気概に満ちている。

 そんな様にミロンは優しく諭した。



「全てを楽しむのではなかったのか? ならば俺に出し抜かれたことも楽しんでおけたはず……その矛盾に気付いているのか、お前は?」

「殺します」



 短く言い捨てる。その言葉からは喘ぎも消えていた。

 無理矢理にだろうが、一瞬で調息して肉体を戦闘態勢へと移行させたのだ。イサの力量のほどがミロンにも伝わったはずだが、浅黒い大男は静かに佇んだままだ。


 魔都の中枢……鐘が見守る前で決闘が開始されようとしている。


 されどふたりとも動かず、得物を構えたまま時が過ぎていく。

 ミロンとイサの間には階級2つの差がある。それは戦闘能力の差そのものではないが、実際にそれぐらいの差はあるとイサは認識している。かつて見たミロンの剣撃は異常とも言える威力を誇っていた。逆上していても、迂闊に飛び込めばそこで首が胴と分かれるぐらいの想像はできる。


 一方のミロンもいつものように気ままに相手を蹂躙することができないはずだ。理由はイサの愛刀〈好愛桜〉にあるだろう。いくらミロンの斬撃が人界を超越していると言っても、イサに刃筋を向けられるだけの時間があればミロンの大剣もあっさりと分割されて避けられてしまう。

 ミロンから見ればイサとはたかが2つしか差が無いのだ。そこで甘く見るようでは第一位となるまで生き残ってはいまい。


 だがミロンは悠々と待った。構えたままにらみ合いが続く……訳がない。

 イサはあらゆる要素を駆使して戦闘の構えを取っているが、体力が目減りしている事実がある。仮に万全でも体格差がある以上はイサの方が早く限界に到達する。

 技を発揮できる体力が無くなれば、それこそイサはミロンの敵では無くなる。ミロンはただ待っているだけで勝てるのだ。



「シィっ!」

 


 短い呼気と共に、イサは打って出る。

 そうしなければそのまま負けてしまうのだから当然だ。しかし、相手がそれを待っている程度は承知しているイサも普通に飛びかかりなどしなかった。

 彼の知る中で最も読み難い動き……レイシーの動きの模倣だった。

 中空で寝るような態勢からの横回転斬りという、奇怪極まりない動きだ。それをイサのような成人男性の体格でやるのだから意外性という点では比類無い。事実、ミロンはそれを予測していない。


 感じる手応え。切り倒れる金属の音。


 取った……そう思った瞬間、イサは己が手のひらの内であったことを知る。

 切れたのはミロンでも、ミロンの剣でもない。


 鐘だ。

 魔都の中心である鐘が、〈好愛桜〉の異能によって綺麗に割られていた。

 

 イサがどのような動きをしようが、ミロンに取っては問題の無いことだった。ミロンの狙いはイサの命などではなく、〈好愛桜〉の利用だった。

 イサの一撃を躱して、剣筋を鐘へと向ける。ミロンにとって想定外なのはタイミングだけで、イサが凡庸な一撃を見舞ってきても結果は同じだ。相手を倒すのではなく、剣筋をズラすことに専心すれば良い。



「……蛇口、というものを知っているか? 奇妙な仕掛けでな、溜まった水桶に付けてひねると水が出るそうだ。古代遺跡で見つかったらしい」

「……知りませんね」

「では洪水を止める堤でも良い。噴水の仕掛けもあるな。この鐘はそれ(・・)なのだ。水底の力を利用するための仕掛けであり、カルコサ全体が無秩序に飲み込まれないための防御でもある」



 半分に割られた鐘から暗渠のような、カビのすえた臭いがする。

 イサはそれを嗅いだことがある。ミミズ人間と戦った時、あるいはザクロースに敗れた後に。


 そして涙のように黒い液体が垂れ落ちて来ていた。

 イサだけでなく、この街の者なら誰でも知る下層区画を覆うモヤ……その紫を何らかの方法で集めて、煮詰めればこういう液体になるかもしれない。



「一応、理由を聞いておきましょうか」

「理由? 理由と言われてもな……俺がこの都市を冒険すると決めたからだが……水底の都市が本来の魔都ならば、前座の地上にさして興味も湧かないゆえな。お前と変わりは無い」



 イサとミロンは似ている。そうレイシーが評したこともあった。

 だが違った。ミロンが執着するのは結末のみであり、過程は攻略するだけのもの。山の頂上を征服しようとは思うが、道行きの景色や心を楽しもうという気はさらさら無いのだ。

 

 鐘にヒビが入る。それを堤防と見るならば、小川へと変わるような悠長な変化ではない。雫から一気に大河へと姿を変えるだろう。

 それにはイサもミロンも気付いている。



「さて……ではこれから……」



 ミロンが言い終える前にイサは動いた。

 半入身正眼からの激烈な突き。最短にして愚直。喋りながらも練り貯めた脚力を爆発させての剣、というよりは一矢であった。

 ミロンはそれを驚異的な跳躍で躱して、先ほどまで鐘が吊り下げられていた屋根の上に立つ。その顔にはやや驚きの念が……見えたと同時に黒い液体が炸裂した。



/



 液体が灰都を覆っていく。それほど大きくない鐘から、街一つ飲み込むような急流が発生していた。

 灰騎士達の死体も、探索者達の死骸も、全てが黒いドロドロとした粘液に沈み埋まっていく。


 ミロンは高所からそれを眺めている。

 崩落の轟音が響き、美しさを残していた建物は無残に本来あるべき石塊へと姿を変えていく。鐘が無くなり、鳴らす者がいなくなった街からは時間に対する守りが消え失せたのだ。


 遠くに豆粒のように見えるのは人だ。懸命に走って入り口街へと戻ろうとしている。



「カレルか。あれならば、逃げ切れそうだな……重畳」



 突然の異変によく対応してくれたとミロンは賛辞を送る。ただし、それも自分の目的に沿っていればこそである。カレル……というよりは太陽剣の担い手に死んでもらっては困るのだ。



「それにしても、冒険とはやはり上手くは行かないものだ」



 遠くから近くへと目を戻す。イサが抵抗を見せた所で、既にそこは粘液の流れに押し流されている。直近で堤防の決壊が起こったイサは当然に巻き込まれて、どこかへ失せた。



「巻き込まれた、とは違うか。まさかあそこで退避ではなく、攻撃を選択するとは。最後の抵抗とは言え、恐るべき男だった。おかげで〈好愛桜〉の回収はならず……都合良くは運ばなかった。イサよ、お前は見事に俺を妨害してのけた。見事」



 長い独り言はそのままミロンの不満の現れでもあった。

 全てはミロンが想定した通りに動いた。だがあらゆるケースを想定していたミロンにとって、上から5番目程度の成果なのだ。最上の結果としては数日開けてから他の探索者を待ち受けて、全ての遺物を回収したかった。

 そう上手く行く確率は高くないので、太陽剣か好愛桜のどちらかは手に入る計算をしていたのだが、イサの突出で最低限の成果に留まってしまった。



「……機会が再度訪れるのを待つか。デメトリオとザクロースが倒れ、イサが消えたのだ」



 驚異に上げることになるとは思っていなかった名。イサ。その姿を思い出しつつ黙祷を捧げるミロン。

 あの様子ではイサが生きている可能性は低い。万物断ち切る好愛桜を運良く見つけられる確率もだ。

 ならば持ち主が確定している太陽剣を手に入れなければならない。それとて一工夫講じる手間はあるだろうが……


 轟音が響いた。粘液の重みで時が戻ったカルコサが陥没して、地下都市が地上都市へと姿を変える。

 今はこの景色を楽しもう。これからミロンの冒険はようやく始まりを迎えるのだから。

 

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